ep58 水路掃除と浴室での交渉
ララとベルガさんの手合わせが終わって宿へ戻ると、彼女の妹で冒険者ギルドの職員でもあるマリベルさんが"遺跡"への旅に同行したいと言い出した。
メルクスがその理由を聞く。
「どうして貴女が"遺跡"へ?」
「姉さんの近くにいたいからですね。親ももういませんし」
事情を聞けば……彼女達の両親は既に他界しており、職探しで実家のある村からこの街へ引っ越すことにしたらしい。
そこでこの街へ戻る行商人に同行したのだが、ベルガさんはその道中で魔物から襲われた際に身体能力を強化するスキルを自覚し、それをきっかけにして冒険者になったそうだ。
ならばと、マリベルさんは冒険者に関わる仕事としてギルドの職員となったらしい。
その後、ベルガさんは数人の冒険者とチームを組んで活動していたわけだが……そのチームが"遺跡"へ挑戦しようという話になり、その中でスキルもあってエースだったベルガさんも挑戦したいということでこの街を出ることが決まったそうだ。
「元々、そのときについて行こうとは思っていたんです。でも姉さんにまだ早いと止められまして」
「まぁ、"遺跡"の治安が特段良いというわけでもないそうですし、自衛手段のない人は行かないほうがいいでしょうね。治安が保たれているという話は高ランクの冒険者が諌めることもあるからだというだけのようですし、そういった方の後ろ盾があってこそのことらしいので」
メルクスの言葉にベルガさんが口を開く。
「そうですね。それで私が大手の"金戦華"で幹部になったのもあり、街での妹の安全もある程度は確保できるかと思うのですが……道中の安全までは保証できませんので、こちらとしても今回のご依頼は都合が良かったのです」
だったら女をアピールしてこちらを試すようなことをしなくても……とは思うも、都合が良いからと飛びつけばそれこそ付け入られ、護衛以外の仕事を要求される可能性に思い至ったのかと推察する。
ベルガさんはそこまで受け入れるつもりもなく、その場合には別の商隊や自分と部下たちだけで"遺跡"へ戻るつもりだったのかもしれない。
そうなっていれば、マリベルさんは街に置いて行くことになっていただろうけど。
何にせよ……こちらの依頼を引き受けることにし、更にはララの実力も確認できたということでマリベルさんを同行させても良いだろうと判断したようだ。
それでこのことを頼み込むために、俺達が宿に着いてもベルガさん達は帰らなかったというわけか。
「どうします?」
メルクスはこの判断を俺に任せるつもりのようだ。
商隊の代表で依頼人なのは彼なのだが、護衛としては俺が代表者になると考えているのか。
冒険者としてはド新人なのだが……まぁ、ここまでのことでそれだけ評価されているということだろう。
というわけで……少し考えた俺は、マリベルさんの頼みを聞くことにした。
「まぁ、1人分の荷物ぐらいは増えても問題ないでしょうし、許可してもいいのではないかと」
「そうですか。ではそのように」
メルクスが俺に即答すると、ベルガさんとマリベルさんが頭を下げた。
「「ありがとうございます!」」
「いえ。でもマリベルさんはギルドを辞めるとなると時間がかかるのでは?」
引き継ぎとかあるんじゃないだろうか?
そう思っていると彼女が答える。
「前々からギルド長には"遺跡"へ向かうつもりだとは言ってありましたし、道中の戦力に問題がないことを確認できれば向こうへの転任という形を取ると言っていただいていたので」
「じゃあ、彼が今日の手合わせに来ていたのはその確認のためでもあったと」
「はい。ギルド長も自分の目で確認したいということでしたので」
「なるほど……で、出立の準備はどれぐらいで出来ますか?」
「姉さんが帰ってきてから同行できる可能性があるかもと準備を進めていましたので、明日にでも旅に出ることは可能です」
それを聞いてメルクスに問う。
「こちらの準備は?」
「食料以外の物資は調達できております。食料のほうも、言えばすぐに納品していただけるよう話はついていますよ」
「では2日後で」
「了解しました」
続けてベルガさん達にも確認する。
「そちらもいいですか?」
「「はい!」」
こうしてマリベルさんの同行も決まり、2日後にこの街を発つことになった。
ザアアアアアア……
暗い中で水の音が響き渡る。
匂いはあまり良くない、というか臭い。
その理由は……ここが地下水路だからだ。
大きな街だということは多くの人が住んでおり、そうなると必要な水も廃棄される水も多くなるのでこういった水路は必要となる。
そんな水路でランプを片手に、俺が何をしているかと言うと……
ジャバババババババッ……
魔石に水を集めさせ、ゴーレムとして"格納庫"へ仕舞っているところだった。
今後の予定が決まったので、商隊や護衛が使う水を確保しに来たのである。
俺は水の魔法を使えるということにしているが、実際には確保している水がなくなれば使えなくなってしまうからな。
本物の魔法使いは魔力を水や炎に変換しているらしいが……そうでない俺は可能な限り水を確保しておき、水が切れて魔法使いでないことがバレないように準備をしておく必要があるのだ。
地下水路の水は地上を流れる川に比べて汚れていて臭いのだが、"飲用可能な水"だけを収集することできれいな水だけを確保できているので問題はない。
しかし、ここで採水した水だと知れば気を悪くする人がいるかもしれないので、ここへ来る別の理由として地下水路の掃除という依頼を受けてあった。
これで水を集めるために地下水路へ来ているとは思われないだろう。
見られても問題がなければ地上の川でも良かったのだが、ゴーレムの核となる魔石を隠したとしても川から水を集めていることを不自然に思われそうだしな。
というわけで結構な量の水を収集すると、表向きの用事である水路の掃除に取り掛かった。
ゴポッ、ゴポポッ……
この仕事はやれる範囲で良いとのことで、壁などの比較的掃除がしやすい部分は他の人がやっている。
それほど危険もないので、臭いさえ我慢できれば小銭稼ぎでやる人もいるそうだ。
なので俺はやる人が少ないであろう水路そのものの掃除を行うことにし、底に溜まっているヘドロなどを片付けることにした。
下流へ押し流してもいいのかもしれないが、一気に大量のヘドロを流せば悪影響が出かねない。
というわけでヘドロもゴーレムとして回収して"格納庫"へ入れておき、街を出てから適当な場所に少しずつ捨てていくことにした。
少なくとも、中で臭いなどが移ることはないということが食料などで確認できていたから取れる手段である。
この仕事における魔石の消費について不安はあったが、それはメルクスが調達してくれていたからな。
そうして作業を進めていると、たまに変わったものを感知することがあった。
誤って手放すことになったであろう、貨幣や小物のアクセサリーだ。
幸いにも人や動物の死体が沈んでいることはなかったが、何かがあれば真っ先にここが怪しいと捜査されるからだろうか。
まぁ、それはいいとして。
拾った物は自分の物にしていいとのことだったが、貨幣はともかくアクセサリーは持ち主にとって思い入れのある物だったりもするだろう。
持ち主を探すのは時間がかかるだろうし、出立を控えている俺が直接探すわけにはいかない。
となればギルドか役所に預け、拾った物を届けてあると告知すれば……
ここでふと思い留まる。
持ち主を主張する人がいたとして、それを証明する手段はあるのか?
特殊な仕掛けでもあれば、それを説明することで持ち主であると証明できないこともないが……ギルドや役所に面倒を掛けるだけか。
そういうこともあるから、拾った物は拾得者のものにしていいということになってるんだろうな。
そんな事を考えていると、入口の方から足音が聞こえてきた。
入口は複数存在するが、これは俺が使ったギルドから直接入る入口の方だな。
となると時間か。
時計がないので地下では時間の確認ができず、ある程度の時間が経ったら知らせてほしいと頼んであったのだ。
俺は作業を切り上げ、足音の方へ戻る。
するとしばらく進んだ先に俺と同じランプの明かりがあり、それに近づくと持ち主の姿も確認できるようになった。
そこにいたのは……ギルド員のマリベルさんだ。
俺は彼女に声を掛ける。
「お疲れ様です。時間ですか?」
「はい。そろそろ受付が込み始める時間ですので」
汚れはないが、臭いは付いてしまっているだろう。
なので依頼の報告で来た冒険者やギルド職員の迷惑にならないよう、本格的に受付が混む時間を避けるためにこの時間を指定しておいたのだ。
まぁ、受付へ行く前に身体は洗うつもりだが。
マリベルさんと共に地下水路を出ると、そこは解体場の一角だった。
ここでは魔物や動物の解体などの後始末で水を大量に使うので、だからこそここからも地下水路へ入れるようにもなっているのだ。
地下から出てきた俺達に、別のギルド員が声をかけてくる。
「お疲れ様です。作業の成果を確認してきます」
そう言ったギルド員は防護服のようなものを着ており、地下水路の掃除がなされているかを確認しに行く役目なのだそうだ。
そんな彼に俺は言葉を返す。
「はい。掃除したのは水路なので、水底を確認できるように棒でも持って行ったほうが」
「あぁそうですか。追加報酬はありましたか?」
落とし物による臨時収入のことを言っているであろうギルド員に、俺は持っていた革袋を掲げて答える。
「ええ。それなりに」
「そうですか。良かったですね」
そう言うと彼は長い棒を持って地下へ降りていった。
あのギルド員が戻り、その報告内容がこれから受付でする俺の報告と一致すれば今回の依頼は完了となる。
しばらくは掛かるだろうし、体を洗う時間は十分にあるな。
確認へ向かったギルド員を見送り、俺はマリベルさんの案内で解体場の脱衣所へ入った。
解体場では時に酷い臭いを放つものを扱うこともあり、施設の中心にある大きな水車を使って上流のきれいな水を汲み上げ、そこから水路を引いてシャワーを浴びられる浴室があったのだ。
大きい街なので解体場は大きく、それに応じて作業員の数も多いのだが……その割には狭いな。
シャワーが必要になる機会はあまりないのか?
まぁ、それはいいとして。
きれいな水とはいえ川の水なのでゴーレムとして飲用可能な水にし、さらにはお湯にして使うつもりである。
せっかくメルクスに石鹸を調達してもらったしな。
これは俺の自腹なので、高い割には前世ほどの品質でないことに不満はあるが仕方ない。
とは言え、その効果を確認することを楽しみたいと思っている。
なのだが……なぜかマリベルさんが一緒に脱衣所へ入ってきていた。
「あのぅ……」
「わかっております」
貴女がいると脱げないということを案に伝えるも、彼女はそう返すだけで出ていく様子を見せない。
「では何故?」
わかっているのならどうして入ってきたのかと尋ねると、マリベルさんは恥ずかしそうにしながらそれに答える。
「その……これからお世話になるわけですし、お背中を流すぐらいはしようかと」
「えーっと……別に、そういうことをしなくても"遺跡"までお連れしますよ?」
「でも、"何か"があった時の優先度はあるでしょう?」
「それは、まぁ」
「ですので、そういうことでその優先度をなるべく上げておこうかと思いまして」
その口ぶりから、どうやら彼女はヤる気のようだ。
護衛として雇われているベルガさん達は護る対象としての優先度が低く、マリベルさんについてもベルガさんの連れというだけで護衛対象として依頼したわけではない……と考えてのことだろう。
実際、何らかのトラブルで逃げることになれば優先度でその対象を選ぶことにはなるが、最悪の場合でも俺が全員を運ぶことはできるので彼女の心配は不要である。
それを伝えてみるも、マリベルさんの意向に変更はなかった。
「これは保険です。ルルさんは貴方の指示に従うようですし、メルクスさんも貴方の意向を無視できないようでした。なら、"何か"が起きて選別が必要な場合に備えてのことだと考えていただければ」
「そうなる前に逃がしてみせるつもりではありますし、そんな保険を掛けられてもお約束はできませんよ?」
「でしたら……姉さんについて行けることになったお礼だとでも思ってください」
プチ、プチ……
そう言うと彼女は服を脱ぎ始める。
スッ
滞りなく進むその手は目立っていた胸元を開き、その中身を下着で包んでいる様子を顕わにした。
「いや、人が来たらどうするんですか?」
「掃除中で立入禁止にしてあります。解体場はこれからの仕事ですし、しばらくは使う人もいませんけど」
夕方に冒険者達が仕事を切り上げれば、それを引き受けた解体場はそれからが本番になるということのようだが……
「いやいや、朝から仕事をしていた人もいるでしょう?」
翌日に持ち越せる作業もあるだろうし、となれば朝から働いている人もいるはずだ。
その指摘にマリベルさんはにこりとして答える。
「大丈夫です。ここは女性用で解体作業に就いている女性は少ないですし、今日はお休みのはずですから」
「えっ」
彼女の案内でここに入ったのだが、狭いのは利用者が少ない女性用だったからか。
事前に預けておいた俺の着替えも置いてあったので、こちらで正しいのだろうと思い込んでいた。
しかし……
「でも、浴室の入口はここしかありませんでしたよね?」
「男性用はもっと手前の方にありますね。防犯や間違いでここへ入らないように」
「途中では見かけなかったような……」
「男性用は使う人の数を考慮して入口が広くなっていまして、出入りがしやすいようにドアもないので外から中が見えやすいのです。それもあって通ってきた通路からは見えにくい位置に作られているのです」
それで気づかなかったのか……と、思っている間にマリベルさんはスカートも脱いで下着姿になる。
パサッ
「あの……そちらもどうぞ」
例によって紐パンだ。
恥ずかしそうではあるものの、止める気はないのか俺に脱衣を促してきた。
まぁ……人だけでなく魔物にも襲われる可能性を考えると、この世界での旅は危険である。
そこにたった2人で30人以上の賊を生け捕りにできるだけの実力者がいるとなれば、なるべく強固な関係を持っておこうと考えるのも理解はできるんだよな。
ギルドの職員であれば連中から取り調べした内容を把握していてもおかしくはないし、リスクを考慮して旅に出ないという判断をしなかったのはそういうことだろう。
彼女は"遺跡"の街へ転任という形になるそうだし、そこのギルド員に最初からコネがあることになるのは悪い話ではないな。
とは言え、"遺跡"の街に滞在するのなら彼女の姉であるベルガさんとも顔を合わせることもあるだろう。
それがマリベルさんと一緒のときである可能性もあり、彼女の態度から俺との関係性を察してしまうのではないだろうか?
ベルガさんは"女"を使うことを避けていたし、マリベルさんにもそういうことは避けてほしいと考えているかもしれない。
そうなると……バレたら怒られそうだよな。
ベルガさんは大手のグループで幹部なので、その立場から他のメンバーに通達を出してもおかしくない。
となれば俺の件が広まり、向こうで活動しづらくなる可能性がある。
しかし、ここで断ればマリベルさんとの関係が悪くなるかもしれず、それはそれで痴情のもつれなどという形で噂になりそうだ。
ここは……間を取ろう。
「では、無事に向こうへ到着したらというのはどうでしょう?」
「うーん、でもそこまで私を抱きたいと思えますか?」
ヤるために護ろう、と思えるほどの価値を感じるかということか。
「……」
「……」
ポニュポニュ……
言われてマリベルさんの身体を眺めれば、彼女は手で胸を弾ませてアピールする。
別にそれだけが護る基準ではないのだが……まぁ、惜しいとは思えるほどの美貌と身体ではある。
その思考は雰囲気で伝わったようだ。
「ご興味はお有りのようですね。でしたら向こうへ無事に着いたら、ということにしましょう」
「あ、はい。じゃあそれで」
よし。
これでそれとなくベルガさんに相談し、彼女が止めるべきだと判断すれば止めてもらえばいいだろう。
そう安堵していると……マリベルさんは残っていた下着に手を掛ける。
「では……」
シュルッ……
「え、いや何故脱ぐんですか?」
「シないとしても、背中を流すぐらいはいいかと思いまして」
「えぇ……」
そのぐらいならセーフなのか?
これ以上は譲歩する気がなさそうだし、ベルガさんにバレてもギリギリ許されるかもしれないのでこちらも譲歩しよう。
お湯が使いづらくなるが、魔法を使っているようになんとか見せかけるか。
そう決めた俺は自分の服を脱ぎ始め、そこで全裸になったマリベルさんが手伝い一緒に浴室へ入るのだった。
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