第18話 白紙の日付と、家の言葉
延長を起動した翌日、天窓の光は透明な拍子記号をまた床に置いていった。
終わりの欄=白紙。透過の丸=在席。
**青—**を一本。黄はゼロ、必要なら1。緑四角は角で待機。
**赤■**は今日も「罪ではない」の横で眠っている。
朝、可視化シートの端に小さく書いた。
〈“白紙の日付”は、入口の証明〉
タ、タ。呼吸の中で、拍は静かに薄く鳴る。
***
月曜。
HRのあと、保健室の掲示に透過の丸(配布版)が増えていた。
〈“今は話さない/待つ/下がる”を、指示でなく存在の告知で〉
薄い輪とQR**。紙が家の言葉へ移住する速度は、いつだって**青—**に似ている。
昼休み、如月がパンの袋を結び直しながら言う。
「白紙の日付って、ずるいくらい強いな」
「“終わった”を空席にして、**“続ける”**を座らせる席札」
「席替え自由席かよ」
「緑四角が通路側」
笑いが一拍だけ転がり、ちゃんと戻る。戻れる笑いは健康だ。
放課後、扉越し一分。
合図二回。返ってくる二回。
白波の声は、輪の中心の温度。
「——家でも“白紙=署名”が通じた。母、冷蔵庫に貼った」
「家の言葉になった?」
「“指示じゃない告知”が、怒りを拍に変えた」
「翻訳成功だ」
フックに付箋が滑る。
〈火曜:図書館・閲覧席(家の言葉の翻訳メモ作り)/視線=天窓〉
***
火曜、天窓。
言わない自由。名前の四拍。
僕らは角丸付箋に、家庭向け翻訳の単語を二語ずつ並べる。
〈赤=下がる/罪ではない〉
〈黄=待つ/怒らない〉
〈緑=戻る/四拍〉
〈青=続ける/速度のやさしさ〉
〈白紙=署名/終わり欄は入口〉
〈透過の丸=消さずに告げる〉
少し離れた席に座った初老の男性が、透明カードを一瞥して頷く。
説明は要らない。存在の告知は、読む人の言葉で完成する。
写真のない写真を一枚。
〈日:火/翻訳=家/見る先:天窓/青点検=良〉
顔は写らない。やったことだけが残る。
***
水曜。
地域センターの保健師さんが、“家の言葉版・青点検”を持って来校。
〈“今、話せる?”/“待つ必要ある?”/“下がる?”〉
チェック欄の端に小さな緑四角。
成宮先生が言う。
「家庭はラボじゃない。——だから標識の詩がいる」
如月が親指を立てる。
「家電の取説より読むな、これ」
放課後、扉越し一分。
白波の声が少し心拍速め。
「——週末、母の弟(=叔父)が来る。“方法の説明”を頼まれた」
胸の中で拍が一つ増え、ゆっくり戻る。
「第三者+家。透過の丸を先に貼る**」
「了解。白紙=署名も用意」
付箋。
〈土曜:リビング/透過の丸→先置き/白紙署名→テーブル〉
***
木曜は無音日。
呼鈴は鳴らない。
壁に透過の丸を一枚、白紙を一枚。
〈日:木/無音/透過=1/白紙=1〉
今日の一行:“何もしない”を“やったこと”にする装置=白紙〉
深夜、ポストに白紙カード。
裏に青い—と黄点。
〈明日:青点検 良→黄0〉
続行の準備は、待てるを数えるところから始まる。
***
金曜。
授業後の廊下で、あの**“白紙=密会”の残党が最後の火花を散らす。
「白紙って、何も決めてないってことだろ」
僕は立ち止まらず、透明カードを掲示板端に重ねる**。
透過の丸は消さずに在る。
白波が**“罪ではない”の小紙を下に差し入れ、緑四角を角に貼る。
四拍。
笑いが一拍だけ起きて、すぐ均一**に戻った。
決めないのではない。決め方を決めたのだ。
夜、可視化シート。
〈今日の一行:“在る”を示すと、“否定”は疲れる〉
***
土曜、家の言葉テスト。
リビングのテーブル中央に白紙。角にQR。上に透過の丸。
叔父さんは最初、懐疑の顔をしていたが、輪郭に敵意はない。
「……これは“契約書”なのか?」
白波は、輪郭だけ強い声で答える。
「“指示”ではありません。“在る”の告知です。“終わり欄は白紙”にして、続け方を色と拍で運用します」
叔父さんは赤■のカードを摘み、「罪ではない」を読み上げる。
「下がる、のか」
僕は緑四角を示す。
「戻れます。四拍で」
保健師さんが同席していて、家の言葉版・青点検を並べる。
叔父さんは**青—**の欄に丸を付け、「速度のやさしさ……いいね」と呟いた。
輪郭は、家にも翻訳できた。
最後に、テーブル中央の白紙に、何も書かないで、透過の丸を重ね直す。
叔父さんが笑って言う。
「書かない署名。これ、好きだ」
好きは、方法の強い味方だ。
写真のない写真を一枚。
〈日:土/場所:リビング/透過=1/白紙=署名/青点検=良〉
やったことだけ。顔は写らない。
***
日曜。
川面。
視線=水。合図なし。青—に黄0→1をうすく重ねる。
風は涼しく、欄干に挟んだ携帯版の透過の丸が薄く光る。
ジョギングの人が指で輪をなぞっていった。
存在の告知は、触れても消えない。
白波が角丸付箋に二語。
〈翻訳=通電〉
僕は一語。
〈続行〉
***
月曜。
掲示板に進路関係の締め切り。
終わりのカレンダーが教室に広がる。
如月が肩をすくめる。
「日付が喋り出す季節」
「白紙の日付も喋る」
「なんて?」
「“せーので青—を一本”」
「詩だな、やっぱり」
放課後、成宮先生が言う。
「“終わりの欄が白紙”、職員会議でも話題になった。“終了報告”を“続行報告”に一部置換する案だ」
先生は丸い武器をひとつ、机に置くみたいな声音だった。
終了の紙を、続行の紙に透過で上書きする。学校の言葉も、家の言葉に近づく。
夜、扉越し一分。
白波の声は透明な確信。
「**——“外伝:季節の外部拍”の章立て、できた。薄氷/花粉/夕立/蝉/星」
「冬の輪郭まで設計する」
「うん。終わりの欄=白紙で、季節に青—**を通す」
フックに付箋。
〈火曜:音楽室(A=440の外部拍)/視線=チューニング〉
***
火曜、音楽室。
調律のA=440Hzが、空気に細い拍線—を引く。
視線=譜面台の端。
名前の四拍。言わない自由。
ピアノの低音が床を震わせ、外部拍が胸の中の青—と整列する。
途中、窓の外でサイレン。赤■が脳内の棚で立ち上がるが、今日のは訓練だ。
黄を一つ重ね、緑四角・四拍で戻れるを確保。
赤は罪ではない——復唱すると、速度のやさしさが戻ってくる。
白波が角丸付箋に短いメモ。
〈音=透過の丸(聴覚版)〉
僕は一語。
〈長生き〉
***
水曜。
地域学級の子たちが作った家の言葉版ポスターが廊下に貼られる。
〈“待つ”は怒らないの友だち/“下がる”は罪じゃない/“戻る”は四拍〉
棒と輪、青—、黄点、緑四角、赤■、そして透過の丸。
如月が言う。
「家の国語、浸食速度はやすぎ」
「侵食じゃない、移植」
「行政的言い換え」
行政的でいい。長生きの言葉は、角が少ない。
放課後、扉越し一分。
白波が輪の中心みたいな声で言う。
「——“残”の表示、もうやめよう」
胸の中の何かが一瞬抗議して、次の瞬間理解に変わる。
「白紙の日付にしたから?」
「うん。“数える”を“続ける”に移したい」
「合意。残:——」
角丸付箋の空欄に、小さな透過の丸を描く。
残の枠を、在るの輪郭で置き換える。
***
木曜は無音日。
壁に白紙と透過の丸。
〈日:木/無音/“残”:透過〉
今日の一行:“残”は消さず、透過で置き換える〉
深夜、白紙カードの裏に輪と青い—。
〈在る=続行〉
***
金曜。
終業式前のざわめき。
黒板の端でチョークが四拍の粉を舞わせる。
成宮先生が短く言う。
「——この実験は“学校の”から“各自の生活の”に移った。在るを示せ」
それは指示ではなく、存在の告知として受け取れる種類の言葉だった。
放課後、扉越し一分。
合図二回。返る二回。
白波の声は、透明の輪のまま。
「——“終わったあと”の地図、“白紙の余白”が中心」
「“在る”で続ける」
「うん。——日曜、黄昏のグラウンド。視線=影。透過=在る」
「了解」
***
日曜、黄昏のグラウンド。
視線=影。
名前の四拍。言わない自由。
夕日が金属のフェンスに拍を刻み、影が青—の速度で伸びる。
僕らはフェンスに透過の丸を一枚重ねる。
在るだけが、影の上にうすく残る。
白波が角丸付箋に二語。
〈“残”=在る〉
僕は一語。
〈了解〉
写真のない写真を一枚。
〈日:日/場所:黄昏のグラウンド/視線=影/透過=在る/青点検=良〉
やったことだけ。顔は写らない。
呼吸をひとつ、四拍に割る。
タ、タ、タ、タ。
終わりの欄は白紙のまま、在るの輪郭だけが重なっている。
数字は出てこない。
代わりに、速度のやさしさと、戻れる余白と、罪ではない赤が、それぞれの位置で長生きしている。
生活は手順。恋は予定外。
予定外は、数えずに在るほうが、やさしく続く。
棒と輪、青—、黄点、緑四角、赤■、透過の丸、そして白紙。
どれもなにかを消さず、やったことだけを残すための道具だ。
僕らはその道具をポケットにしまい、また一拍だけ、在るほうへ進んだ。