第17話 延長の輪(本番)と、白紙の署名
木曜、残:7日。
図書館の天窓は、雲を薄く切り分けた光を、紙の上に見えない定規で落としていた。
視線の置き場所=天窓。合図なし。“写真のない写真”のみ。
今日は延長の輪(本番)。透過の丸は、すでに机の隅で薄く光っている。
四階の閲覧席、天窓直下に二つの机を斜めに確保。
16:00、白波が現れる。足音ではなく、拍の重心が天窓の格子をひと目盛り越えた気配で分かる。
まず、名前の四拍。
「ななせ」
「みなと」
タ、タ、タ、タ。
言わない自由を起動。
僕らは角丸の薄い紙——合意書(輪郭版・延長条項)——をそれぞれ前に置き、透過の丸を上に重ねる。
下の文字は消えない。ただ、**“方法がここにいる”**が輪郭だけ乗る。
輪を描き始める。
一拍=ひとかけ。
戻りしろを残して、一気に閉じない。
半周で青点検。
白波が青い—を一本。〈良〉
僕は黄点をひと粒。〈待てる〉
再開。拍に合わせて輪が育つ。
——二八目で、予定外。
館内アナウンス。〈本日は停電点検のため、17:00に一時消灯〉
青—の上に黄を重ね、速度を一段下げる。
白波が角丸付箋に二語。〈青+黄/続行可〉
僕は透過の丸の上に小さな緑四角を描き、戻れるの余白を示す。
16:45。
輪は九分通りまで来た。
そこで白波がペン先を止め、B寄りHBで小さな短冊を一枚取り出し、ただの白紙を机の中央に置く。
付箋に三語。〈白紙=署名〉
——白紙の署名。
名前を書かない。顔も写らない。
**“消さない上書き”**の極端なかたち。
やったことだけが残るように、何も書かないで残す。
僕は白紙の端に透過の丸を一枚重ね、QRを角に添える。
読み込めば、延長条項の全文(顔なし・記録のみ)に跳ぶ。
白紙=署名、透過=存在の告知。
紙は長生きだから、この組み合わせは時間に強い。
16:59。
輪の最後の接続点を前に、館内の照明がふっと落ち、天窓の光だけになる。
閲覧室のざわめき、椅子のこすれる音、子どもの息。
青は黄に守られて、暴れない。
胸で四拍×2。
白波が輪の継ぎ目を、紙の繊維に沿ってそっと結ぶ。
閉じた。
輪の中心に、彼女は青い—を一本。〈続行〉
僕は輪の外縁に小さな輪をもう一つ。〈残:3で再輪〉
職員の懐中ライトが通り過ぎる。
僕は透明カードを指で立て、透過の丸をほんの少し濃く重ねる。
消さない上書きの濃度を上げても、下の紙は消えない。
角は、今日も立たない。
写真のない写真を一枚。
〈日:木/場所:天窓下/輪=完了/署名=白紙+透過/青点検=良/黄=1/緑=待機〉
顔は写らない。やったことだけが残る。
照明が戻る。
緑四角・四拍。
終了。
合意の丸は、透明と白の層の中に置かれた。
——残:7→延長中。
***
金曜。
朝のHRで如月が僕の机を指でコツン。
「白紙に署名って、詩の悪ふざけ感があって最高」
「悪ふざけじゃなくて長生きの設計」
「わかってる。——白紙=成功の宗派、校内定着」
昼休み、地域学級の掲示に小さな紙が増えた。
〈“白紙署名”とは?——“消さずに残す”の実用〉
透過の丸の薄い輪、角にQR。
成宮先生が親指を立てる。「指示じゃない告知、やっぱり効く」
指示の紙は反発を生む。告知の紙は余白を増やす。
放課後、扉越し一分。
合図二回。返る二回。
白波の声は、輪を閉じた翌日の静けさ。
「白紙、胸が楽」
「**“書かなかった”が“残った”**は、過剰拍を食べる」
「日曜、川面。——延長の“青—”を薄く運用」
「視線=水。黄=0→必要なら1」
残:延長カウント 6日目。
***
土曜は無音日。
壁に、白紙署名のコピーを透過の丸で重ねる。
〈日:土/無音/透過=1/白紙=署名〉
今日の一行:“書かない勇気”は、方法の親戚〉
深夜、ポストに白紙カード。
裏に小さな輪と青い—。
〈延長:稼働〉
***
日曜。川面。
視線=水。
名前の四拍。
風は薄く、鴨は相変わらず議論を放棄して流れる。
僕らは青点検:良を確認して、川面の欄干に携帯版の透過の丸をそっと挟む。
ジョギングの人が一度だけ覗き込み、頷くだけで去る。
説明はいらない。
存在の告知は、言葉より長生きする。
白波が角丸付箋に二語。
〈速度=やさしさ〉
僕は一語。
〈戻れた〉
延長カウント:5。
***
月曜。
学校に文化祭引き継ぎの正式資料。
〈“公開ログ”運用/“写真のない写真”/透過の丸/白紙署名〉
棒と輪の横に、うすい輪。
紙と図形のほうが、人事異動より長生きすることがある。
昼休み、保健師さんが小さなカード束をくれた。
〈青点検(家庭版)/赤=下がる(罪ではない)/白紙=署名〉
「冷蔵庫の国語にするね」
「長生きします」
言葉の寿命を延ばすのは、だいたい角を落とすことだ。
放課後、扉越し一分。
白波の声は、輪が定着した人の明るさ。
「火曜、星。——“延長の外伝”の試作」
「視線=秋のプラネタリウム。青—+黄0→1」
延長カウント:4。
***
火曜。プラネタリウム。
秋の星座が外部拍になり、続行は勝手にやさしくなる。
名前の四拍。言わない自由。
途中で、隣席の小さな子が暗闇に不安の息を吐く。
胸で黄を一本重ねる。
スイッチバックは口の形だけ。
最小の視線で係員へ橋をかけ、緑四角・四拍で離れる。
赤は出ない。青—は待てるの上で走る。
終演後、白波が角丸付箋に短い詩。
『暗闇は、白紙の親戚。
書かなかったものが、よく見える。』
僕は透過の丸を、その下に小さく置いた。
延長カウント:3。
***
水曜。再輪の前日。
成宮先生が学外講座・最終回の台本を配る。
〈“白紙=署名”の実演/“緑四角・四拍”で“す”の一音から戻る〉
如月が肩で笑う。
「お前らの“す”の一音、メジャーデビュー」
「顔は写らないけどね」
「宗派の強み」
強み——という言葉が、今日は怖さを少し削った。
放課後、扉越し一分。
白波の声は、透明の輪みたいに落ち着いている。
「——明日、再輪。“残3で再輪”、紙にする」
「合意。白紙署名+透過で」
延長カウント:2。
***
木曜、天窓。
四拍×2。言わない自由。
机の中央に白紙を置き、その上に透過の丸。
輪の継ぎ目だけを、小さく確かめる。
青点検:良。黄=0。
緑は角に待機。
——再輪、完了。
写真のない写真を一枚。
〈日:木/再輪=完了/署名=白紙+透過/青=—/緑=待機〉
天窓の光が少し陰って、秋が紙の上に色のない影を落とす。
延長カウント:1。
***
金曜。
朝、地域センターの掲示が更新され、“白紙=署名”の方法が家電の取説みたいに分かりやすく並んだ。
保健師さんが言う。「“書かない”で残す、意外と家で受けたよ」
書かなかったをできたに変えるのは、だいたい拍の仕事だ。
昼休み、如月がTシャツの背中(赤■)を指でなぞる。
「延長って“もっと”じゃなくて“戻れる”の強化だな」
「うん。輪は増やせるから戻れる。戻れるから続けられる」
「標識の詩、盤石」
放課後、扉越し一分。
白波の声は、出口の前の入口みたいに静か。
「——明日、残:0に向けて“日付の白紙”を用意しよう」
「白紙の日付」
「終わりの欄に何も書かないで、透過の丸を重ねる。“続ける/戻る/下がる”は色と拍で運用」
胸の中で、拍が一つ増え、しずかに戻る。
「合意」
延長カウント:0(手前)。
数字は着地点に近づく。
けれど、紙の上では白紙が入口を確保している。
***
土曜。
学外講座・最終回。
棒と輪、青—、黄点、緑四角、赤■、そして透過の丸。
最後の実演は**“白紙=署名”。
成宮先生が締めた。
「——“消さない上書き”で、関係は長生きする**」
拍手が均一に広がり、戻れる笑いが一度だけ転がって、静かに止まる。
夜、壁に延長セットの最終ログ。
〈日:土/延長=稼働/署名=白紙+透過/備考:日付の白紙→準備〉
今日の一行:“終わり”の欄が白紙だと、“続く”の方法が働く〉
——残:0(白紙)。
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日曜。
天窓は、雲をさらに薄く切って、紙の上に透明な拍子記号を落としていた。
机の中央に白紙。角に小さなQR。上には透過の丸。
僕らは四拍で名前を交換し、言わない自由を起動する。
終わりの欄には何も書かない。
代わりに、輪の中心に青い—を一本、静かに置く。
白波は黄点をひと粒、緑四角を角に待機。赤■は、今日も罪ではないの文字と並んで遠くで眠っている。
写真のない写真を一枚。
〈日:日/延長=起動/署名=白紙+透過/青=—/黄=0→必要なら1/緑=待機〉
顔は写らない。やったことだけが残る。
紙は長生きだ。
白紙は入口だ。
透過は存在だ。
輪は戻れるだ。
呼吸をひとつ、四拍に割る。
タ、タ、タ、タ。
終わりの欄は、白紙のまま光っている。
——続行は、ここから透明に始まる。
生活は手順。恋は予定外。
予定外は、消さない上書きで、今日も長生きの準備を整えた。