第16話 階段の影と、透過の丸
火曜。
放課後の校舎は、エアコンの止まった廊下が薄い水気をまとっていた。
視線の置き場所=階段の影。青—に黄を一本だけ重ねるテストの日だ。
踊り場の四角は、緑に似た落ち着きを持っている。戻れるの形が最初から床に描かれている感じ。
名前を四拍で交換して、言わない自由を起動する。
「ななせ」
「みなと」
タ、タ、タ、タ。
僕らは斜めに立ち、同じ影を見つめる。階段を降りる足音が外部拍になり、青の速度は自然に整う。
青点検:良。
白波が角丸付箋に短く書き、黄点を小さく添える。〈待てる〉
僕は踊り場の四角の端を指で示す。緑はいつでも起動できる——という黙った説明。
その時、下の階から笑い声。
「白紙=密会」の古い噂の残党らしい。
脳内で黄が一つ跳ね、赤の手前で止まる。
“続行の失敗は罪ではない”を思い出して、胸で四拍。
白波がポケットから小さな透明シートを出し、踊り場の掲示板に重ねた。
角にQR、中央に薄い輪。
透けていて、下の紙を消さない。ただ輪郭だけを上書きする。
「新作?」
と僕の口が**“す”の音で危うく言いかけて、緑四角・四拍で自分を戻す**。
彼女は声を使わず、付箋に二語。〈透過の丸〉
——透過の丸。
文字じゃなく輪郭で、ここは方法で守られている場所だと告げる透明な標識。
噂は、透明の上で疲れていく。
踊り場の影は、今日も角がない。
残:21日。
***
水曜。
朝のHRで、成宮先生が学外講座の最終案内を掲示した。
〈“青の誤差”と“緑四角”の実演/“赤は罪ではない”の家庭版〉
「棒と輪と透過の丸も持っていくぞ」と先生が冗談みたいに真面目に言う。
如月はTシャツの袖を弾いて笑う。
「宗派の新興教具が増えていく」
「教具は凶具にならないのが条件」
「お前、言葉のゴロで安全運転するな」
昼休み、地域学級の掲示に新しい小さな紙。
〈“透過の丸”とは?——情報を消さずに、方法の存在だけを重ねるシート〉
棒と輪**の横に、うすい輪が印刷されている。
消さないのが、今日のやり方だ。
夜、扉越し一分。
合図二回、返る二回。
白波の声は、ガラスを指でなぞるみたいに静謐だ。
「透過の丸、市報の増刷に同梱できるか、先生に聞いた」
「了解。消さない告知は、たぶん長生きする」
「明日、無音日。——透過の丸テスト、壁」
「やったことだけ、残す」
残:20日。
***
木曜は無音日。
呼鈴は鳴らない。
壁に、透明の輪のシートを一枚。角に小さなQR。
下のログは隠れない。上に**“方法がここにいる”**だけが重なる。
まとめログにはこう書いた。
〈日:木/無音/透過の丸=1/見る先:黄
今日の一行:“消さない上書き”が関係をやわらかくする〉
深夜、ポストに白紙カード。
裏に淡い輪と、小さな緑四角。
〈透過ログ:受理/戻れる余白:確保〉
言わないのに、届く。
残:19日。
***
金曜。
模試の個票が返り、教室は少し青ざめた速度。
過剰拍がクラスの床を薄く振動させる。
如月が「青点検シート貸せ」と言って、三人分の呼吸を一枚にまとめてやった。
青の上に黄。緑はいつでも。赤は罪ではない。
標識の詩は、今日も読みやすい。
放課後、扉越し一分。
白波の声が、輪の中心に似た落ち着き。
「日曜、川面に“透過の丸”を置いてみよう」
「視線=水。透明=重ね」
「写真のない写真と透明の輪、二重の長生き」
「了解」
付箋が滑る。
〈日曜 16:00/川面/透過の丸(携帯版)〉
残:18日。
***
土曜。
学外講座・続行編。
成宮先生がMC、保健師さんが青点検の家庭版、管理人さんが緑四角の実演。
僕と白波は誤差対処として、「“す”の一音から緑で戻る」デモをやった。
会場の空気が一度だけ笑って、すぐ元の拍に戻る。戻れる笑いは、やっぱり健康。
質疑で、お父さんらしい人が手を上げる。
「“透過の丸”は、“注意書き”との違いは?」
白波は輪郭だけ強めた声で答えた。
「注意書きは指示。透過の丸は存在の告知。相手の紙を消しません」
その言い方が、妙に会場にやさしく伝わった。
夜、講座ログ。
〈日:土/場所:地域センター/拍:四×2/透過の丸=説明〉
今日の一行:“指示”より“存在の告知”のほうが、長生き〉
残:17日。
***
日曜。川面。
視線=水。合図なし。
風は弱く、雲は薄い紙みたいに流れる。
名前を四拍で交換して、言わない自由。
白波が携帯版の透過の丸——名刺サイズの透明カード——を欄干の内側にそっと挟む。
輪とQRだけが光を拾う。
下の金属も水も消えない。ただ、方法がここにいると静かに言い続ける。
数分後、ジョギングの人が足を止め、透明の輪を覗き込む。
読んで、頷いて、去る。
説明もしない。誤解も生まれない。
消さない上書きは、やっぱり角がない。
帰り際、白波が角丸付箋に二語。
〈延長=輪(再確認)〉
僕は一語。
〈合意〉
——残:16日。
***
月曜。
朝の職員室で、成宮先生が小さな紙束を配った。
透過の丸(配布版)。
「相談室と保健室に貼る。消さずに守るを学校の言葉にしたい」
先生の声が、珍しく誇りの色を含む。
如月は透過の丸をスマホケースの中に入れて見せる。
「持ち歩ける安全、いいな」
「鍵じゃなく合図だからね」
放課後、扉越し一分。
白波の声は、少しだけ速い拍を含んでいた。
「——“終わったあと”の地図、“輪の延長案・外伝”を書き始めた」
胸の内で、拍が一つ増え**、ゆっくり戻る。
「外伝」
「“合図の外”に、“季節”を入れる。外部拍の拡張」
「星→蝉/天窓→夕立/川面→薄氷」
「そう。続行を季節**でやる」
付箋が滑る。
〈水曜:夕立テスト(屋根付き回廊)/青—+黄1〉
残:15日。
***
火曜は無音日。
壁に、透過の丸を二枚重ねる。
重ねても、下のログは消えない。輪が濃くなるだけ。
〈日:火/無音/透過の丸=2〉
今日の一行:“濃くする”と“消す”は別物——方法は前者〉
深夜、白紙カードに輪が二重。
〈再輪の予告:残3日〉
輪は増やせる。増やしても、角が立たない。
残:14日。
***
水曜。夕立テスト。
屋根付き回廊。
視線=雨脚。青—に黄を一本。
名前の四拍。
雨音が外部拍になり、続行は勝手にやさしくなる。
回廊の端で、小さな事故——一年生が濡れた床で滑りそうになって踏みとどまる。
スイッチバックは口の形だけ。
肩に最小の触覚で触れ、緑の非常口へ視線を置く。
黄四拍で離れる。
赤の出番はない。青はまた黄の上に重なる。
白波が付箋に二語。
〈季節=外部拍〉
僕は一語。
〈戻れた〉
残:13日。
***
木曜。
再輪前夜。
教室の空気は落ち着いて、透過の丸が掲示の隅で薄く光っている。
如月が机をコツンと叩く。
「お前らの“存在の告知”って、けっこう効くんだな。ケンカの貼り紙が減った」
「消すと反発、重ねると収まる」
「標識メーカー、今日も順調」
放課後、扉越し一分。
白波の声が、輪を閉じる前の透明。
「——明日、再輪。天窓。青点検→朝」
「了解。四拍×2で入る」
付箋が滑る。
〈金曜 16:00/天窓/輪(再確認)〉
残:12日。
***
金曜、天窓。
言わない自由。四拍×2。
紙の上で輪が静かに閉じ、中心に青い—を一本。
途中、一度だけ過剰拍が上がりかける。
原因は不明。
感情条文1.0を呼び出し、黄橙の点を付箋に置く。〈熱=0.5/冷却=四拍×2〉
代理拍=天窓。
冷える。戻れる。
透過の丸が輪の隅にうすく重なった。
写真のない写真を一枚。
〈日:金/輪=再確認/青点検=良/熱→0.3/透過=1〉
今日の一行:“消さない上書き”は、熱にも効く〉
残:11日。
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土曜。
地域センターの掲示が新装され、棒と輪と透過の丸が家電説明書みたいに整然と並んだ。
保健師さんが言う。
「“存在の告知”を冷蔵庫に。——夫婦げんかの“赤■”の前に置くと、“下がる”がやさしくなる」
方法は、別の生活へ引っ越し**を続けている。
夜、可視化シートの余白に二行。
〈透過の丸=消さずに告げる/角が立たない保護〉
〈延長は線より輪で。輪は増やせるから、戻れる〉
残:10日。
***
日曜。
川面は秋の色に近づき、風は紙の角をさらに丸くする。
視線=水。
名前の四拍。
白波が付箋に短く書く。
〈延長:輪(残7)=準備OK〉
僕は輪を空中に描いて、透過の丸を小さく重ねた。
存在の告知を、延長の告知に重ねる二重丸。
消さずに続けるの最新型。
帰り道、交差点の黄で四拍。
今日の一行が胸の中に先に浮かんだ。
〈“消さずに続ける”は、“終われる”の友だち〉
残:9日。
***
月曜。
掲示板の隅に、文化祭の次年度引き継ぎメモが貼られた。
〈“公開ログ”の運用——“写真のない写真”/QR照合/透過の丸〉
紙は、別の時間にも引き継がれていく。長生きの証拠。
昼休み、如月がパンの袋を指で結び直す。
「終わり、見えてきたな」
「輪を描いてから、終わりが入口に見える」
「お前、やっぱり詩」
「標識の詩」
放課後、扉越し一分。
白波の声は、延長の手前の静けさ。
「——“残7”で輪、やる。天窓。透過の丸=あり」
「合意。青点検→良で臨む」
付箋が滑る。
〈木曜 16:00/天窓/延長の輪(本番)〉
残:8日。
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火曜は無音日。
壁に透過の丸を一枚。
下のログに**“延長準備”**の小さな拍線—を足す。
〈日:火/無音/透過=1/準備=—〉
今日の一行:準備の線は、延長の輪の“見えない骨”〉
残:7日。
輪の日。
紙の上で、透明と青と黄と緑が、角を立てずに並ぶ準備はできた。
生活は手順。恋は予定外。
予定外は、消さずに重ねると、長生きに近づく。
棒、輪、青—、黄点、緑四角、赤■、そして透過の丸。
最新型の丸い武器は、何も消さないで、そこにいることだけを告げる。
戻れる道は濃く、続けられる速度はやさしく、終われる出口は明るい。
僕らは一拍だけ深く吸って、輪の場所に向かった。