第15話 天窓の輪と、青の誤差
日曜、図書館の天窓は雲を薄く切り分けた光を落としていた。
視線の置き場所=天窓。合図なし。“写真のない写真”のみ。
輪の延長案を、今日は紙でやる。顔は写らない。輪だけが写る。
四階の閲覧席、天窓の真下に二つの机を斜めに確保する。
16:00、白波が来る。足音ではなく、拍の重心が天窓の格子を一つ越えた音で分かる。
まず名前の四拍。
「ななせ」
「みなと」
タ、タ、タ、タ。
僕は封筒から角丸の薄い紙を一枚ずつ取り出す。
〈合図の外で会う・週一 合意書(輪郭版)〉の延長条項だけを大きく印刷したもの。
“残7日で輪/残3日で再輪”。青条文1.0の注釈(青点検/青+黄可/緑四角で戻る)を脚注にした。
——言わない自由を起動。
僕らはペン先で輪を描く。
ひと呼吸ごとに、線を少しずつ伸ばす。一拍=ひとかけ。
輪は一気に描かない。戻れるために、戻りしろを残して描く。
半周、青点検。
白波が角丸付箋に青い—を一本。「良」
僕は黄点を小さく重ねる。「待てる」
再び、輪。
——二周目の手前で、予定外が落ちた。
向かいの机で、誰かのシャッター音。
赤の手前の橙が胸の中で灯る。
境界条文1.0が立ち上がる気配。
白波が**■を小さく描き、紙の端に移す。〈赤:5分/代理拍=本〉
僕も同じ記号を写真のない写真**の片隅に置き、図書館員を目で呼ぶ。
言葉は使わない。図形だけで合図を回す。
職員が穏やかに注意し、顔が写る撮影が止まる。
緑四角・四拍。
解除。
輪の線は、まだ丸い。折れていない。
延長の輪を一周で止める。
止めるのも方法だ。
白波がB寄りHBで、輪の外側に小さな輪をもう一つ重ねる。〈再輪の予約〉
僕は**拍線—**を輪の下に二本、水平に引いた。〈青=続行の燃料:天窓・紙〉
最後に、**“写真のない写真”**を一枚。
〈日:日/場所:天窓下/輪=1+予備1/青点検=良/黄=1/赤→緑(5分)〉
顔は写らない。やったことだけが残る。
天窓の光が少し薄くなったところで、四拍×2。
終了。
合意の丸は、見えるところに、角がないまま置かれた。
——残:29日。
***
月曜。
HRのあと、如月が袖の黄橙点を弾く。
「輪、描けた顔してる」
「顔は写ってない」
「写ってないのに分かるの、宗派の弊害だな」
笑いが一拍だけ転がり、定位置に戻る。戻れる笑いは健康。
放課後、地域学級の掲示に新しい小ポスターが増えた。
〈“輪の延長案”とは?——“欲望”ではなく“設計”で続ける方法〉
棒、輪、青—、黄点、緑四角、赤■。
成宮先生が親指を立てる。「標識の詩、好評」
「標識は詩」
「分かってる」
夜、扉越し一分。
合図二回。返ってくる二回。
白波の声は、紙の端を触るときの静かな熱。
「輪、半周で止めたの、良かった」
「止められる延長は、戻れる延長」
「**明日、青=“雨のバス窓”**にしよう。外部拍の新項目」
「視線=流れる水滴」
付箋が滑る。
〈火曜:雨ならバス窓、晴れなら川面/青点検→良〉
残:28日。
***
火曜。
朝から雨。
下校時刻、バスの窓に水滴が走る。
視線=水滴。青—。
言わない自由を起動して、名前だけ四拍。
対面ではない。斜めの席で、同じ窓に視線を置く。
水滴は上から下へ一定の速度で滑るが、途中で合流したり分岐したりする。
輪の予行みたいだ。
白波が角丸付箋に「青点検:良/黄=0」と記す。
僕は「延長予約=輪(小)」と書いて、付箋の角を丸く折る。
折り目が、戻りしろの印になる。
バスの揺れで、窓際の子が半分泣きになった。
胸で黄を一本重ねる。
声は使わない。外部拍が速度を落としてくれる。
赤の出番はない。
緑四角が、窓の隅でじっと待っている感じがした。
夜、ログ。
〈日:火/青—/見る先:バス窓/注記:黄=1→0〉
今日の一行:延長は“増やす”でなく“戻れる”を厚くする作業〉
残:27日。
***
水曜。
青条文に初めての誤差が出た。
五限の後、配布物の混線で、僕らの**“言わないログ”の白紙カードが、隣クラスの連絡袋に紛れ込んだのだ。
昼休み、隣クラスの廊下で噂の芽が立った。
「白紙=密会」みたいな、理屈のない短絡。
如月が駆けつけ、背中で廊下の空気をひと押し払う。
「白紙=成功って書いてあるだろ」
「読まずに叫ぶのが彼らの宗派」
「こっちは標識の詩**」
僕は青条文 第4条に従って、緑四角・四拍で戻る。
“続行の失敗は罪ではない”を、壁に一枚追加。
〈青の誤差ログ:白紙紛れ込み/緑四角→戻る/説明=輪郭ことばのみ〉
顔は写らない。やったことだけ。
午後には噂が黄になり、放課後には青の速度に戻った。
夜、扉越し一分。
白波の声に、拍の乱れはない。
「誤差、戻ったね」
「緑が効いた。輪は崩れてない」
「日曜、再輪の下書き交換。視線=天窓」
「了解」
残:26日。
***
木曜は無音日。
交差点の黄で四拍。
〈日:木/黄=四/注記:青休符〉
今日の一行:速度に休符があると、誤差は熱にならない〉
深夜、白紙カードの裏に青い—が短く一本。「良(短)」
短く進める日を、善いという語で受け止めるのが今の宗派だ。
残:25日。
***
金曜。
地域センターの掲示に次回講座の予告。
〈“青の重ね方”——家で使える続行の標識〉
保健師さんが「家族内・青点検」の小シートを配る。
棒と輪が、冷蔵庫や玄関に引っ越していく。
成宮先生が言う。
「延長の輪、校内にも寄付してくれ」
「輪は公共財」
「詩だ」
放課後、扉越し一分。
白波の声は、少し高めの透明。
「土曜、図書館の天窓。——再輪」
「四拍×2で入る。赤は0」
「青点検:明朝」
付箋が滑る。
〈土曜 16:00/天窓/輪(小)→輪(本)〉
残:24日。
***
土曜、天窓。
今回は再輪だ。
言わない自由を起動して、四拍×2。
紙の上で、半周+半周。
途中で一度だけ、青の誤差——僕が不用意に一言をこぼしそうになる。
呼吸の隙間から「す」が一音。
緑四角・四拍。
戻る。
白波が**“失敗は罪ではない”の赤小字を輪の外に書き、輪の線は切り取られずに済む。
戻れるは、やっぱり輪**の味方だ。
一周が閉じた。
輪の中心に、僕は青い—を一本、横に引く。〈続行〉
白波は輪の外に黄点を置き、再確認の余白を作る。〈残:3で再輪〉
写真のない写真を一枚。
〈日:土/輪=完了/青点検=良/緑四角→使用/黄=1〉
顔は写らない。やったことだけが残る。
帰りぎわ、エレベーター前で小さな予定外。
同じフロアの子が泣き声を上げ、廊下がわずかに詰まる。
スイッチバックは口の形だけ。
肩に最小の触覚で触れ、緑の矢印へ視線を置く。
黄四拍で離れる。
赤の出番はなく、青は待てるに重ねられた。
夜、輪ログ。
〈日:土/輪=1/再輪予約=1/緑→使用/誤差→戻る〉
今日の一行:延長は、輪の“継ぎ目”を可視化して初めてやさしい〉
残:23日。
***
日曜。
川面予定だったが、天気は晴れすぎて外部拍が少し速い。
青点検:良/黄=1を重ね、視線=木陰に変更。
続行はできる。速度は落とす。
白波が角丸付箋に二語。〈速度=やさしさ〉
僕は一語。〈戻れた〉
それだけで、今日の合流は十分だった。
夜、可視化シートの余白に二行。
〈“す”の一音を緑で戻せた日〉
〈青は休符を食べると長生き〉
残:22日。
***
月曜。
成宮先生が学外講座の最終台本を配る。
〈“青の誤差”の扱い——緑四角・四拍の実演〉
如月が笑う。「お前らの“す”の一音、全国区」
「全国区でも顔は写らない」
「そこは譲らない宗派」
「紙は長生きだから」
放課後、扉越し一分。
白波の声は輪の中心みたいに静か。
「——“輪の延長案”、“残7で輪/残3で再輪”**を正式運用に」
「合意」
「**青=“校舎の階段の影”**でテストも追加」
「視線=踊り場の四角」
付箋が滑る。
〈火曜:階段影/青—+黄1〉
僕は最後に、角丸付箋の端に小さな輪を一つ描いた。
延長の輪は、増やしても角が立たない。
増やせるから、戻れる。
戻れるから、続けられる。
生活は手順。恋は予定外。
予定外は、輪の内側で青い拍線—を走らせ、黄を重ねて待ち、緑で戻る。
赤は下がるの記号で、罪ではない。
天窓にも、川面にも、バス窓にも、拍は置ける。
紙は長生きだ。
残り22日。
棒と輪と青—と緑四角をポケットに、僕らはまた一拍だけ、誤差を含んだ続行を選んだ。