第14話 青の続行と、輪の延長案
合意書に丸を押した翌朝、胸の拍が一段だけ軽かった。
約束が紙になると、呼吸が四角い枠の中で整う。タ、タ。
可視化シートの端に、青いペンで小さく丸を書く。〈青=続行〉。
残:39日。
***
月曜のHR後、如月がTシャツの袖(黄橙の点)を引っ張る。
「約束、紙でやったら“続行の運転免許”みたいだな」
「更新講習が要る」
「いつ?」
「残:7日で**“輪”を描いて延長合意**。——**“輪の延長案”**って名前がいい」
「バンドの再結成告知かよ」
教室の笑いが一拍ぶんだけ跳ねて、真面目に戻る。戻れる笑いは、いい。
放課後、成宮先生に案を出す。
〈延長合意(輪):残7日に**“輪”で合意/残3日に再確認/青=続行の条文を別紙で〉
先生は二秒で丸を描いた。
「“続行の条文”は青条文**でどうだ。青=進むだが、暴走しない青が要る」
——青条文。紙の武器庫に、もう一色。
***
夜、フックに付箋。〈青条文1.0 草案、投函〉
封筒の中には、白波の整った字。
『青条文1.0(続行の扱い)
第1条 “続行”=各自の拍で進む。相手の拍を上書きしない。
第2条 続行の前に“青点検”(疲労・熱・境界の確認)。
第3条 記録は最小(日・場所・見る先・拍)。顔は写らない。
第4条 “続行の失敗”は罪ではない。緑四角・四拍で戻る。
第5条 青の上に黄を重ねられる(待てる続行)。
付録:青の記号=—(拍線)。』
拍線。いい。進むの線が拍になる。
僕は余白に一行。
〈第6条:“外部拍”を青の燃料にする(川面・天窓・本・帯・雨音・星)〉
扉越し一分。合図二回。返る二回。
白波の声は、青い線みたいにまっすぐ。
「**採用。今週の青=“水族館の青”**でテスト」
「視線=水槽のガラス」
「記録=写真のない写真」
「了解」
残:38日。
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火曜は無音日。
まとめログに青い拍線を一本引く。
〈日:火/色:青—/見る先:雨音/拍:四〉
今日の一行:“進む”の前に“待てる”を置くと、青はやさしい〉
夜、ポストに白紙カード。裏に小さな青い—が一本。〈青点検:良〉
点検があると、続行は暴れない。
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水曜。
放課後の廊下、非常ベルのテスト音が一瞬鳴って消え、教室じゅうの会話が同じテンポで再開する。
如月が肩で笑う。
「お前らの“拍”が校内感染したな」
「感染というより共有」
「言い換え、行政的」
行政的でいい。長生きする言葉は、角が少ない。
帰宅前、管理人さんが呼ぶ。
「今度の地域講座、“星”も入れなよ。天窓の夜バージョン」
星。外部拍の新項目。
僕は付箋に一語。〈星=外部拍〉
夜、白波から返答。〈採用。水族館→プラネタリウム“青—星”〉
残:37日。
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木曜。水族館。
視線=ガラス。青—。
合図なし。名前だけ四拍で交換。
青のトンネルの細かい気泡が、拍みたいに真上へ昇る。
人の流れはあるが、境界条文に触れる赤の気配はない。
途中、アクリルの継ぎ目に手を置くと、振動が微かに指に伝わる。水の心拍。
白波が角丸付箋に二語。〈青点検:良〉
僕は一語。〈燃料=外部拍〉
出口で短いアクシデント。
通路が狭くて人が詰まり、背中に押される感覚。
胸で四拍、黄を上に重ねる。
青の上の黄。進みながら待てる。
詰まりがほどけた瞬間、緑四角・四拍で戻る余地を互いに確認。
青条文は、混雑にも効く。
夜、青ログ。
〈日:木/青—/見る先:ガラス/注記:青+黄 重ね成功〉
今日の一行:続行は、待てるほど長生き〉
残:36日。
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金曜。
先生がプリントを配る。〈模試日程〉
教室に小さな熱が走る。過剰拍の予兆。
如月が言う。「青で走って赤に突っ込むやつ、毎年いる」
「青点検を回す。黄を上に重ねる」
「宗派の安全運転講習、割と好きだわ」
放課後、扉越し一分。
白波の声が少し低い。
「模試、怖いが2割。名づけた」
「黄橙」
「うん。青点検、日曜のプラネタリウムでやろう」
「視線=星。拍線—」
付箋が滑る。
〈日曜 16:30/星/青—/黄重ね可〉
残:35日。
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土曜は無音日。
交差点の黄で四拍。
今日の一行:“青”の前夜は“黄”で寝かす〉
深夜、白紙カードに青い—が二本。〈青点検:良・良〉
良が並ぶだけで、胸の中の熱が落ち着く。
***
日曜。プラネタリウム。
視線=星。
投影が始まり、天井いっぱいの光点が拍のように瞬く。
言わない自由を起動して、四拍×2。
星座解説の声が外部拍になり、心臓が仕事を減らす。
途中、隣列の子が泣きそうになっていたので、胸で黄を重ね、エントランスへ最小の誘導視線。
スイッチバックの出番は来なかった。戻れるの気配だけが、場を守る。
投影が終わり、照明が上がる。
白波が角丸付箋に短い詩みたいな二行。
『暗闇は、拍が見える部屋。
青—は、目に優しい速度。』
僕はその下に、輪を一つ描いた。
延長の形の予行として。
夜、青ログ。
〈日:日/青—/見る先:星/注記:青点検→良/黄重ね→1〉
今日の一行:続行の上に待機の影を置く——速度のやさしさ〉
残:34日。
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月曜。
朝、掲示板に模試の座席表。
紙の上で、数字と名前が冷静に並ぶ。
如月が拳で肩をコツン。「青—で行け」
「黄はいつでも上に」
成宮先生が廊下で小声。
「終わりの前に“続行”を教えるの、実験として最高」
「続行の練習=“その後”の練習です」
先生はうなずく。「輪の延長案、楽しみにしてる」
放課後、扉越し一分。
白波の声は透明で、少し固い。
「模試、青点検 良/黄×1。終わったら川面」
「了解。視線=水。青—」
付箋が滑る。
〈明日:模試→川面/記録=写真のない写真〉
残:33日。
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火曜。模試。
開始前、胸で青点検。良。
途中で過剰拍が一瞬上がるが、黄を一本重ねて速度を下げる。
終了のチャイムが外部拍になって、全員の手が同時に止まった。拍の均一は、安心に似ている。
夕方、川面。
視線=水。青—。
四拍で名前だけ交換して、言わない自由。
風は弱く、岸のコスモスが少しだけ揺れる。
白波が角丸付箋に二語。〈青点検:良〉
僕は一語。〈延長:輪?〉
彼女は小さくうなずき、輪を指で空に描いた。
輪の延長案は、形になり始めた。
夜、青ログ。
〈日:火/青—/見る先:水/注記:延長の輪→準備〉
今日の一行:“続けたい”は“続けられる”の設計から〉
残:32日。
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水曜。
地域学級の掲示に新しい小テキスト。
〈“青の重ね方”入門——黄・緑・赤との相互運用〉
棒と輪、青—、黄点、緑四角、赤■。
如月が言う。「標識メーカーみたいになってきた」
「標識は詩。行ってもいい/戻っていいを短く伝える」
「お前、やっぱり小論文」
放課後、扉越し一分。
白波の声が、少し照れた透明。
「——“輪の延長案”の初稿、書いた。期限:残7日で輪、残3日で再輪」
「輪の多重化、好き」
「輪は拍に似てるから」
付箋が滑る。
〈日曜:下書き交換/視線=天窓〉
残:31日。
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木曜は無音日。
黄で四拍。
今日の一行:“続ける”日は“休む”が混ざってると長生き〉
深夜、白紙カードの裏に輪が小さく二重で描かれていた。
〈二輪=再確認〉
輪は増やせる。増やしても、角が立たない。
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金曜。
保健室の掲示に「“赤は罪ではない”」のコピーが増えた。
保健師さんが手を振る。
「青点検、保健の言葉に翻訳したよ。“進める/進めない”の自己判断シート」
方法が他分野で母語を得る。長生きのサインだ。
放課後、扉越し一分。
白波の声は、決めた人の明るさ。
「日曜、天窓。——“輪の延長案”、“写真のない写真”だけで合意しよう」
「顔は写らない。輪だけが写る」
「うん」
付箋が滑る。
〈残:30日/青条文1.0 運用継続/輪の延長案 進行〉
夜、可視化シートの余白に二行。
〈青=続行の文法/速度のやさしさ〉
〈延長は“欲望”ではなく“設計”でやる〉
生活は手順。恋は予定外。
予定外は、青い線—の上を、黄を重ねたり緑で戻ったりしながら、輪へ向かって進む。
川面にも、天窓にも、星にも、拍は置ける。
紙は長生きだ。
残り30日。
棒と輪と青—をポケットに、僕らは“続けたい”を“続けられる”に変えるため、また一拍だけ進んだ。