雷様と天使
雷様は雲から東京を見ていた。もう何百年も東京を見てきた。何百年の中で、東京はとても変わった。自分が見始めた当時、東京は江戸だった。江戸は庶民文化のあふれている街だった。とても活気があって、今ほどじゃないけれど、とても賑やかだった。あの頃は東京はのどかで、いい風景が広がっていったな。
「東京はここまで変わったんだな」
1953年、黒船に乗ってペリーがやって来てから、日本は開国への道を歩んだ。そして、1968年に明治維新が起き、文明開化が起こった。そして、世界から様々な文化が伝わり、江戸は東京になった。東京は劇的に変わった。まるで江戸時代は何だったのかと思うぐらいだ。だけど、そんな中でも昔からある歴史的なものはしっかりと残っている。
明治5年の10月14に日本で初めての鉄道が新橋と横浜の間で開業してからの事、東京には網の目のように鉄道が張り巡らされた。そして、道路の上にも電車が走るようになった。東京はとても発展していったな。
「江戸から東京へ、そして風景はまるっきり変わってしまった」
だけど、1923年9月1日に関東大震災が起きた。天はどうしてこんな試練を与えるんだろうと思ったものだ。東京は焼け野原になり、多くの人々が亡くなった。多くの天使がここにやって来た時には驚いたものだ。どうしてこんなに多くの人々が死ななければならないんだろうと思った。だが、これが事実だ。
「関東大震災の頃はとんでもなかったな、本当に」
そして、日本は戦争への道を歩み始めた。関東大震災以前からも、日清戦争、日露戦争などがあったが、日中戦争が起きた。そして、第二次世界大戦、太平洋戦争が起こった。日本は徐々に形勢不利になっていった。その中で起きたのが、金属供出だ。鉄を売れば兵器などになると言われていて、様々な鉄が軍に持っていかれた。それで本当に有利になったかと思うと、そうでもなく、ますます不利になるばかりだった。
そして、1945年の3月10日には東京大空襲が起き、東京は焼け野原になった。雷様はそれを空から見ていた。どうして人間はこんなひどい事をするんだろうと思ったものだ。
そしてついに、飛行機に乗って敵艦に体当たりするという特攻隊も出てきた。実際に当たったのはほんのわずかだという事を知ると、本当にやってよかったのかと思う。これによって、若い人々が天使になってやって来た時は、とてもかわいそうになったな。それに、この頃は老若男女様々な人々が天使となってやって来た。どうしてこれだけの人が犠牲にならなければならないのかと疑問に思ったものだ。
「東京大空襲の時も、焼け野原になって」
でも、東京、いや日本は1945年8月15日に終戦を迎えた後から、急速に発展していった。まるで戦争をやっていたことを忘れてしまうかのように。その象徴みたいなものが、東京タワーだ。こんなに高いものが東京に立つとは、江戸だった頃には想像できなかったな。
「それから、東京タワーができて、人が増えて、東京が発展して」
そして、その後も東京は発展していき、当時の風景とは比べ物にならないほど近代的になっていった。そして今、戦後80年を迎え、戦争を経験した人々は少なくなってきた。だが、忘れないでほしい。この国はかつて戦争をしていたという事を。それで、多くの人々の命が失われた事を。
「果たしてここの人たちは、これだけ変わった東京をどう思っているのかな? こんなに変わると、誰が予想したんだろうか? そして、戦争の日々も薄れていくのかな? 忘れないでほしいな。こんな過去があった事を」
「あのー」
と、そこに1人の天使がやって来た。どうやら、最近やって来たようだ。まだ幼稚園児のような風貌だ。どうしたんだろう。何か聞きたい事でもあるんだろうか?
「どうしたの?」
「空から見たいと思って」
天使は空から東京を見た。天使は東京を興味津々で見ている。東京って、こんな風景だったのかと思っているようだ。どうやら、この子は東京の事をあまり知らないようだ。
「いいけど、やって来たばかりなの?」
「うん。たった今、天国にやって来たばかりなの」
やっぱり天国に来たばかりのようだ。一体、何歳で死んだんだろうか? 見た目からして、とても若くして死んだように見える。東京の事をあまり知らず、興味津々に見ているのは、東京の事を全く知らないうちに死んだからだろう。
「そうなんだ」
「東京ってどんな歴史を送ってきたのかな?」
「わからないの?」
どうやら、天使はこの東京の事を全く知らないようだ。どんな歴史を歩んできたのか、とても知りたいようだ。
「うん。それを覚える前に死んじゃったから」
「そうなんだ」
この天使は、小学校に入学し、様々な事を勉強する前に死んでしまったようだ。でも、どうしてこんなに早く死んでしまったんだろうか? 病気だろうか? 交通事故だろうか? 雷様には全くわからない。
「東京はなぁ、昔、江戸と言ったんだよ」
「そうなんだ」
東京は昔、江戸と呼ばれていたのか。その時は、どんな風景が広がっていたんだろう。天使は興味津々だ。
「そして、東京になり、大きな地震が起き、戦争によって空襲が起きたんだ」
「そんなひどい事があったんだ」
天使は絶句した。こんなひどい事もあったんだな。そして、多くの人々が亡くなり、天使になってここにやって来たんだろうな。雷様は彼らを見た時、悲しんだだろうな。
「だけど、東京はそこから元通りになっていった。そして、発展していった」
「そして今の東京があるんだね」
今の東京は、戦後になって発展していった建物がほとんどなんだな。そして、戦争をしていた頃の面影は日に日に薄れていくのかな?
「うん」
天使は悲しそうな表情を見せた。生きている時に、もっと東京の事を知りたかったな。そして、もっと賢くなりたかったな。
「もっと、東京の事、生きている時に知りたかったな」
「そっか・・・」
雷様には天使の気持ちがわかった。もっと生きたかった。そして、もっといろんな事を学びたかった。だけど、それができずに亡くなり、ここにやって来た。どうしてこんな運命になったのか。雷様にはわからない。
日本、東京はどんな未来に向かっていくのだろう。そんな中で、この子の生きていた記憶も忘れ去られていくものなんだろうか? いや、忘れないでほしい。