診察室①
診察室のドアの前に小柄で優しそうな女性が立っている。カウンセリングの先生だった。マスク越しにもその表情が笑顔なのが分かる。
診察室の柔らかなソファに座ると、綺麗な色のペルシャ絨毯が目に入った。壁に掛かったその絨毯は精緻な模様で丁寧に織られている。思わず見入っていると、先生はその壁掛けの絨毯を背景に、穏やかな笑顔で私の目の前に座っていた。
「今日はどうされましたか。」
今日ここに辿り着いた理由をどうやって説明したら良いのか分からない。
なぜならここ最近、以前は簡単に出来たはずの事が、かなりの苦労を必要とするようになった。買い物や掃除、料理をしようと思うと、何かしらの忘れや失敗があるし、そもそもやる気が起きないので、後回しにしているうちに何週間も経ってしまうのだ。
私は出来るだけ簡単に今の困り事を説明した。毎日、不安感や焦燥感で頭がおかしくなりそうな事、目眩やふらつき、急に動悸が起きる事、妊娠前は症状がこれほど酷く無かったし、以前は無かった症状まで出てきた事を話した。
「それは辛いですね。その辛い状況で子育てを良くやっていますよ。困り事を少しずつ解決していきましょう。」
カウンセラーの先生は大きく頷いた。
先生は続けて私にいくつか質問を始めた。
私は、生まれ育った環境や、仕事や結婚、出産と子育てについて正直に話した。
何とか状況を伝えられたと安心していると、先生はカウンセリングの注意事項の説明を始めた。
「カウンセリングを行う事で、これまでの努力家で完璧主義なあなたの性格が、穏やかでのんびりした性格へと変化してしまうこともあります。それでもカウンセリングを受けたいですか。あなたの周囲もあなた自身もあなたの変化を受け入れられますか。」
想定外の質問だった。この時、私の母が私の性格を度々けなしていた事を思い出した。頭の中で母の声がよみがえった。
「あんたは本当ダメ子やね。」
「あんたなんか誰も友達になってくれへんわ。」
「ほら、また一人友達居なくなったやろ。言わんこっちゃない。」
「あんたは土壇場で絶対失敗するわ。」
「仕事も結婚も失敗するに決まっとるわ。」
嫌だな、思い出したくなかった。私は、どうせ性格は変わりはしないだろうと思ったが、先生に答えた。
「この苦しさが軽くなるなら、性格が変わっても構いません。」
カウンセリングが開始して1時間が過ぎようとしていた。
私は、次回のカウンセリングの予約を取り、帰宅した。