第8話
目を凝らすと、大きな荷物を背負った少女がすごい速さで走ってくるのが見える。その後ろにはこれまた大きな猪型の魔物がいる。
「そこのお人!!!助けて欲しいよ〜!!!」
直接魔物を受け止めるのはまず無理だ。あの速さの相手へオークやゴブリンと同じように枢壊撃を当てるのは難しいが、今のわたしにできるのはこれしかない。
「そのまま走ってきてください!横から攻撃します!」
「すみませ〜〜〜ん!聞こえなくてええええ」
仕方ない。伝わるかはわからないが、身振り手振りで横から何か発射して攻撃するということを表現する。
その後すぐに道の横に潜んで準備をした。失敗は許されない。
失敗を防ぐために工夫できることはあるか?……ある。
魔法の発生源を大きく、また発生させるものも多くすればいい。こうすれば脳を破壊できなくても致命傷を与える可能性は高くなる。消費魔力も大きくなるがそうしてもいい緊急事態だ。
少女と猪型魔物が走ってくる音が迫る。わたしは深呼吸をして集中した。
彼らが視界の中で重なっている間は位置調整が難しい……よく狙え……
今だ!枢壊撃!!!
破裂音と共に見事に魔物の首が吹き飛び、胴体が勢いで地面を滑った後に止まる。
「ほぇ?」
魔物から逃げていた少女が止まり、こちらに戻ってくる。
「後ろからの足音が聞こえなくなったと思ったらあなたのおかげでしたか!ありがとうございま〜〜〜す!!!あなたは命の恩人です〜!」
一気に捲し立てられ、右手を両手で握られて振られる。とても力強く、振動で肩や頭まで揺れる。
「い、痛いです」
「すみませえん!!!」
少女は慌てて手を離し、こちらをまっすぐと見た。
「申し遅れました〜!わすはロロといいます!」
「わたしは……」
今の名前を言ってしまうのは良くないだろう。どこからわたしが生きていることがセオドアに伝わるかわからない。
ロロが黙っているわたしを見て首を傾げた。
「どうかしたのです?」
「い、いえ。わたしはー」
「ア?」
「ア……アギノフと言います」
市民権もなくなってしまったのだ。もう元の名前は捨てるしかないだろう。アギノフ。咄嗟に考えたがいい名前だ。
「アギノフさん!お礼をさせてくださいな!」
「いえ、お礼のためにしたんじゃ……」
「だめなんです!恩は必ず返せ。これはわすの家代々の教えです!」
ロロは荷物の中を探りながら言った。ありがたくもらうことにしよう。
「アギノフさん、すごい怪我ですね!ゆるしてくださいな、わすのせいでこんな……」
「これはこの猪を倒したのとは関係ないので大丈夫ですよ」
ロロが顔を上げて目を見開いた。
「そうなんです!?それは……すごく強い魔物と戦ったんですね……ほんとうにすごい……!」
別にそんなことはないが、本当のことは言えないので黙っておく。
ロロは顔を上げている間も荷物の中で手を動かしている。
「はいな〜!これです!」
彼女の手には、蓋のある、丸い木の小さな容器があった。
「どうも。これは……なんですか」
「塗り薬です!よく効きま〜す!」
傷に効く薬。いま一番欲しいといっても過言ではない。これで少しは痛みが和らぐといいのだが。
「すごくありがたいですね」
「よかったです!」
ロロはまた荷物を探る。
「あとこれも!」
今度は葉で包まれた何かを取り出した。
「石鹸です!今のアギノフさんにはこれも必要だと思います!」
は、恥ずかしい。今朝までオークの生皮を着ていたのだ。ひどいにおいがしているに違いない。
「すみません……いろいろありまして」
「お役に立てそうなものを渡せてよかったです!でも命を助けてもらったことへのお礼には全然足りません……
また会ったらまたお役に立てるよう頑張るので!それではわたしはこれで!」
ロロは行商人だろうか。それならさまざまな場所について知っているかもしれない。咄嗟に彼女をひきとめる。
「待ってください」
「? なんでしょ?」
「ロロさんに聞きたいことがいくつかありまして」
ロロはにっこり笑って「はいな!」と返事をした。