第40話
授与式当日の朝、わたしたちが朝ごはんを食べ終えたところで扉が叩かれた。
「お〜い!アギノフ!ロロ!起きてるか!」
ナリナミが迎えにきたのだ。空は薄暗く、日はまだ完全には登っていない。
扉を開けて挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよう!」
「おはようございま〜す!」
3人とも眠そうにはしていない。しっかり睡眠が取れている。
「アギノフ、君には申し訳ないけど2回ギルドの中で着替えてもらうよ。1回目はいつもの服に。2回目は着いてから渡す服に。いいね?」
「わかりました。しかしなぜ2回目の服を今渡さないのですか?」
「会場に着けばわかるよ」
ロロには寝室で着替えてもらい、わたしは居間でいつもの服に着替えた。
セリトレイのイルカたち支部の建物に着くとそこにはもう10人ほど人が来ていた。その人たちに見つからないようにということだった。
「2回目の服を持ってたらもし見つかった時に絶対騒がれるんだよな、鯨ランクなこと示す特別なやつだからさ」
ナリナミに案内され、裏口から普段はギルド職員しか入れない場所に入る。そして彼はわたしの前に服を差し出した。
「これがギルドからの贈り物、さっき言ってた2回目の服だ。授与式にはこれを着て参加してくれ」
「ありがとうございます」
受け取った服を広げる。黒っぽいトップスとボトムスだ。印象は学ランや軍服に近い。鯨が刺繍された白っぽく丈の短いマントが着いている。ちょうどセーラー服の襟の後ろくらいだ。
「かっこいいだろ、これ戦闘でも使えるんだぜ」
少し失礼だが大陸西部魔物研究会支部でもらった、制服であろうものよりふさわしい服だ。
「後ろ向いててもらえますか」
「はいな」
「オレは別にいいだろ」
本人がいいならと速やかに着替えた。採寸もしていないのに大きさが合っている。仕立て屋のスキルなのだろうか?
「お待たせしました」
「似合ってるよ!鯨ランクにふさわしい姿だ」
「かっこいいです!」
褒められて体が熱くなる。
「ありがとうございます……」
「あ!?顔が赤いですよ!」
「おいおい、今からそれで大丈夫か?」
2人に心配された。こういった場は得意ではない。悪いことでなく良いことで大勢の人の前に立つのだからもっと堂々としたい。思い切って胸を張り、姿勢を正す。
「ええ。授与式に参りましょう」
「良さそうですね!」
「よしよし」
ナリナミは腕を組んで首を縦に振っている。彼の思う授与式に臨む態度の基準に達したということだろう。会場に通された。
「授与式の説明をするぜ。依頼掲示板のある場所が式典会場になってる。」
依頼掲示板や受付、椅子と丸テーブルのあった広間は式典の会場になっていた。ギルド職員や関係者らしき人たちが準備をしている。
椅子と丸テーブルはほとんどそのままだが、受付のカウンターはなくなって壇上となっていた。壇上の近くにはいくつか椅子が並べられており、そのなかのひとつは他のものと離されている。
「ドヅミギルド長から名前を呼ばれたら壇上に上がってくれ」
ナリナミは壇上の近くにある他のものと離された椅子に座ってから立ち上がり、壇上へあがる。わたしが式でするべき動きだ。
「で、ライセンスを渡されるから受け取るんだ。そして席に戻る」
彼は壇上の台の前に立って受け取るふりをし、席に戻る。
「質問は?」
「ありません、わかりました」
「よし、じゃあ時間になったら呼びかけがあるから、それまでに席に座っていてくれ。ロロは壇上では受け取らないから、ここらへんに並んでる椅子以外のとこに座るんだぞ」
「はいな」
「じゃあ準備を手伝ってくるからな!」
ナリナミはその場から離れた。
「いい席を探してきますね!」
ロロもその場から離れて会場を動き回る。わたしはナリナミに指示された動きを練習したり、席に座っていたり立ったりした。
そのうちに授与式の時間になった。会場は人でいっぱいになっていた。入りきらなかった人の声や足音が外から聞こえてくる。
「それでは鯨ランクライセンスの授与式を始める!」
ドヅミの大声が会場に響き渡り、会場内は静かになった。外も遅れてゆっくりと静かになる。
「私はドヅミギルド長である。皆も知っているとおり半年後にファラクセロがガノワラ諸島西の海に大群で押し寄せるはずだった。しかし9の月29日、このシラクーラの町の海にそれはきてしまった」
授与式の開始を呼びかける声よりは大きくない声で言葉を発している。
ファラクセロは本来ガノワラ諸島という場所にくるはずだったのか。ファラクセロを生きたまま捕まえる方法をドヅミに聞くだけでなく、そこに向かって情報を集めるのもいい。
「ファラクセロの災害はこの町にとても大きな被害を出してもおかしくはなかった。町に飛んできていたものの及ぼした被害と、港に沈んでいたものの数を調べたところ、元に戻すまで5年はかかる状態になっていたかもしれないとわかった」
観覧席にざわめきが起こる。
「本来は町に飛んできていたものを沈めている。これを成し遂げた人物に、今日はこのギルドで最高ランクのライセンスを授ける日だ」
再び観覧席がざわめく。今度は明るい雰囲気だ。そんな中ドヅミがこちらを向いた。
「壇上に上がるのだ。新しい鯨ランク、アギノフ」
わたしは席を立ってドヅミの前まで歩いた。
「このドヅミ・グンジョウギルド長の名において鯨ランクの冒険者ライセンスを授与する。おめでとう」
ドヅミが差し出したライセンスを両側でつまんで待ち、礼をして受け取った。
盛大な拍手が場を包む。思わず口角が上がった。心臓から血が送られる感覚が胸に広がる。
「アギノフ、そのまま席のほうを向いてくれ」
周りに聞こえないくらいの声量でドヅミに言われる。そのとおりに後ろを向いた。
「この傑物がシラクーラを救ったのだ!賞賛の次は感謝の盛大な拍手を!」
観覧席を見回す。椅子に座りきらない人が後ろの方にびっしり立っている。100人くらいはいるだろうか。ロロとナリナミを見つけ、目が合う。顔を隠したくなるのを堪えて拍手が止むのを待った。
席に戻った後もしばらく緊張や嬉しさからなる熱が抜けなかった。何回か深呼吸をした。
「既に鯨ランクである4人の中の2人が本日の授与式に来ている。ひとりずつ言葉をもらおう。イムロア」
名前を呼ばれた1人がドヅミに代わって壇上に立った。
「まずアギノフくん、おめでとう。僕は君と同じで名字を持ってない」
彼はわたしに語りかけた後、前を向き直した。
「つまりいいところの出じゃない。ここまで家血筋の助けなしで這い上がってきた人間がどんなか見たくてここにきた」
イムロアは出自や遺伝による環境の差にこだわりがあるのだろうか。現代ではインターネットでその環境の上から下までを大体知ることができたため、気持ちはわかる。
彼の期待とは違う道でここまできているので、彼にはよりわたしがここまで来ることのできた理由を知られたくない。
「アギノフくんの努力を讃える。以上です」
イムロアが話し終わり、ドヅミが戻った。次の鯨ランクの名前が呼ばれる。
「カボシ・グンジョウ」
ドヅミの血縁だ。壇上でライバル対決になっていると勝手に想像してしまう。
「おはようございます」
イムロアと違い、観覧席を向いたままだ。次の文を述べない。挨拶を待っているのだろう。
「「おはようございます」」
わたしを含めてこの場から挨拶が返される。
「ファラクセロの災害を退けた傑物へ言葉を贈れて光栄です。ガノワラ諸島で報告を聞いた時は驚き、被害へ心を痛めました。しかしその後は心が踊りました」
「なんだって?」
「そんなやつだったのか」
観覧席側から否定が起こる。カボシはそれを意に介さない様子で続けた。
「あの数のファラクセロの体を遠い場所から、周りに被害を出さずにえぐる」
身振り手振りが激しい。両手を広げ、指をまっすぐにした手を前に突き出す。
「そんなことができる人物がシラクーラにいる。考えてみてください。伝説のような存在に、心が踊りませんか」
否定の声は消え去った。
「私は燃えました。今も燃えています。この存在とともに戦ってみたいと。そうすれば学び、成長し、より強くなることができると。とにかく、アギノフさんは私にいい刺激をくれました。最後に、シラクーラを代表してお礼を言います。ありがとう。以上です」
鯨ランクの人たちからの言葉が終わり、ドヅミが授与式を終わりにかかった。ファラクセロとその日の嵐による被害を修復することとしたことへの激励、なぜか時期がずれたファラクセロの災害の調査をすることを言っていた。
「これを持って授与式を終わる。そして、これから食事会を行う!ファラクセロ料理をたっぷり楽しんでくれ!」
歓声が上がった。




