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第35話

冒険者ギルド『セリトレイのイルカたち』のギルド長ドヅミが訪ねてきた翌日。


「いや、こってり絞られちまった……」


まだ脚の骨折が治らないロロの部屋にギルド職員としての仕事を終えたナリナミが来た。もうほぼ健康なため、わたしもそこにいる。


「機密事項と同等の情報を漏らして、お前はギルド職員として恥ずかしくないのか、とか、今度研修をやり直す!とか、ほんとにやり直すことになっちまったよ……」


ナリナミは来てそうそう愚痴を吐いている。だいぶやられたに違いない。


「はは……家は大丈夫ですか」


無理矢理話題をそらす。


「まあな。最初はへこんだけど、シラクーラにきたばっかりのときと同じだと思えば大丈夫だった。今はそのときよりランクも高いしな」

「よかったです」


ベッドの近くに置いてあるリュックを見て自分の荷物のことを思い出す。


「あの、実は全財産と持ち物があなたの家に置きっぱなしで、よければ取りに行ってもらえますか」


昨日言い損ねたことを言っておく。


「ああ、それならロロに頼まれてもう回収済みだぜ」

「ありがとうございます」

「ふっふっふ、お役に立ちましたか〜」


ロロは自慢げだ。ぶつかる寸前の弾丸突撃ファラクセロを蹴り上げたことと合わせて頭が上がらない。


「素晴らしい働きですよ。ファラクセロが飛んできた時はこちらが命を救われました。鯨ライセンスを進呈しちゃいます」


恭しく何かを渡すふりをする。彼女は受け取るふりをした。


「ありがたき幸せ!」

「英雄っていうか貴族だな」


貴族。ナリナミに言われて少しセオドアを思い出してしまった。……いけない。憧れられるような人間はこんな気持ちではいけない。恐怖の呪縛からは解放されたが、憎悪の呪縛からは解放されていなかった。


「ふぅ、ロロさんは怪我のほうはどうですか」


心の乱れを抑えてロロに怪我の様子を聞く。


「回復魔法を毎日少しずつかけてもらって、だいぶ早く治ってます!1ヶ月ぐらいで完全に治るって言われました。あと3日ぐらいで退院していいそうで〜す」

「それはよかった」

「よかったな!」


回復魔法と故郷の薬が競合しているとはいえ、特に拒否感はないようだ。


「痛みのほうは」

「移動しても我慢できるくらいです!」

「安静にお願いしますよ」

「それならずっとここにいてくださいな!退屈なんです!」


骨折していないほうの脚をばたつかせている。


「あっ、ああやめてください」


骨折しているほうに当たったら非常によろしくないので、焦った。


「オレは仕事終わりにしかこれねえけど、毎日くるからさ」


ナリナミも気を遣ってくれている。


「明日、看護長がわたしの体調を確認して退院できるかどうかみるそうです。退院できたらロロさんのこの部屋にずっといることができるか訊いてみますよ」

「はい……」


ロロはしぶしぶ大人しくなった。


「おっと、忘れるとこだった。アギノフ、ドヅミギルド長からの伝言だ。授与式は5日後で、寝泊まりする場所は提供するってさ。退院したらオレが案内するよ。授与式の日はギルドの施設に朝来てくれってさ。オレが迎えに行く。伝言は以上だ」

「ええ、わかりました」


ナリナミはわたしたちの正面に立つ。


「そろそろオレは宿泊施設に戻るよ。じゃあな!」

「また明日」

「さようなら〜」


入院中の患者が部屋から出ることは異常を知らせるとき以外禁止だと今日の昼にメリンに言われた。怒られる前にわたしも戻らなければ。


「わたしも自分の部屋に戻ります」

「はい」


さっきほど不満そうではないが、あまり元気がなさそうだ。なにか退屈を吹き飛ばす面白い話ができればいいのだが。


部屋に戻ると、扉を叩く音が聞こえた。


「どうぞ」


今日のお客は昨日ドヅミの後ろにいた人たちのひとりだった。


「こんばんは。昨日はお騒がせしました」

「勝負はつきましたか」

「俺、このルコルが一位です。お会いできて光え―――」


ルコルが話している時に扉が開き、ベルナが入ってきた。


「またあなた方ですか!窓の外にいるのもわかっているのですよ!病院内に入るくらいなら教会でお祈りでもしていらっしゃい!」

「「「すみませんでしたあ!!!」」」


看護長に怒鳴られてルコルや窓の外にいた冒険者たちは退散していった。少し不憫だが、わたしが退院するまで待ってもらいたい。



授与式4日前。朝、ベルナ看護長が部屋に入ってきた音で目が覚めた。


「おはようございます」


相変わらず落ち着いた優しい声だ。挨拶を返す。


「おはようございます」


彼女は前と同じように、わたしの腹に直接手を当てて診察をした。頭も触られた。


「はい。もう異常はありません。いい回復力ですよ、さすがに若いですね」


左腕も全身も、火傷を確認すると跡は残っているものの治っている。

さすがに若いですね、とはベルナ看護長は何歳なのだろうか……そんな疑問を飲み込んで、品のある質問を口に出す。


「わたしはあまり医療のことはわからないのですが、なぜ回復魔法を使わなかったのか教えてもらえますか」

「お答えいたします。回復魔法というのは回復力加速魔法ともいいましょうか、人間の回復力を早く働かせているようなものです。そして病気には効きません、外傷のみです。

当人の力による回復の上限を越えることは不可能ではありませんが、これは回復魔法とは別のくくりです。わかりますでしょうか」

「はい。ちぎれた腕の再生などは難しいということですね」


ベルナ看護長はにっこり笑った。


「そのとおりです。回復を早める魔法……これは使いすぎると自分自身の回復が遅くなるのです。さらに、自分の体で実験したわたくしの師匠は、時間の流れが早くなったかのように老い、早くに亡くなりました。

我々はこれを怪我戒(かいがかい)、怪我に対する神の戒めと呼んでいます」


対象の生物が持つ再生の力を越えるのは難しいということは、代謝を早めて回復させているのだろうか。それとも教会との結びつきが強いだけあって神の如き力ともいえる時間魔法か?

どちらにせよテロメア……細胞分裂をするたびに減る命の回数券を早く消費するということになる。

歳を取っていると考えれば病気には効かず、そのうち再生力がなくなり老いて死ぬのは合っている。


確かに使わずに済むのなら使わない方がいい魔法だ。火傷を自分の魔力で治そうとしていたのはよろしくなかったか。しかしあの規模の火傷はさすがに早く治したかった。これからは大きな怪我をしないように気をつけたい。


「使用を控えたい魔法ですね」

「理解していただけましたか!」


彼女はベッドに横たわるわたしの手を握った。


「みなさん生き急いでいるのか回復魔法の使用を望まれることが多くて……師匠の最期を見たわたくしには心苦しいのです。アギノフさんに聞いていただけてよかった……」

「痛いことは皆早く終わらせたいですから」


知らず知らずのうちにベルナ看護長の精神を癒していたらしい。それに浸る間も無く、わたしにはまた疑問が浮かんでいた。


「火傷は治っているようですが、これは何か治療はしましたか」

「ええ、傷に効く塗り薬を塗りました」

「毒や病気に効く魔法は回復魔法とは別にあるのですか」

「あるにはあるようです。この教会にはその技術を持つ者はおりませんが……解毒薬や症状に応じた薬での治療はしております」


体の不調全てが回復魔法で解決するわけではないということか。毒素を取り除く解毒魔法は回復魔法より希少なのだろう。


「そろそろわたくしにも別の仕事がありますので、よろしいでしょうか」

「費用のことと、退院したのでロロの部屋にずっといていいかだけ聞かせてください」


大事なことを聞きそびれるところだった。


「費用はいりませんよ。ここは教会ですから、必要なお金は寄付により賄われております。ロロさんの部屋のことは、特別に許可いたしましょう。特別、ですから、内密にお願いします」


驚いた。ここまでの治療でも費用を請求しないのか。


「わかりました、ありがとうございます」

「それでは。退院おめでとうございます」


ベルナ看護長は会釈して部屋を出て行った。

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