第30話
大きな雨と風の音で目が覚めた。外の光からして、まだ早朝なのだろう。海のほうから、激しい波の音が聞こえる。
「う〜…ん」
体を起こして伸びをする。この雨の中外にいなければならないのは辛い。ナリナミに、雨が止むまで家にいさせてくれとお願いするほかないだろう。
海の方から、一際大きい波の音がした。
宿であれば追い出されていただろうから、ナリナミに家に泊めてもらったのは幸運だった。
そう思って立ちあがろうとしたその時。
硬いものが粉砕され、木が折れる音がする。一瞬何が起こったのかわからなかった。前言撤回、全く幸運ではない!
雨と風が吹き込む。屋根が無くなったのを理解した。
何かが後ろに落ちたようだ。見ると、大きな大きな魚が跳ねていた。全長20mはあるだろうか。
「なんだよ!?」
「おはようございます!?」
ナリナミとロロが起きた。
「陸の方に逃げましょう!ここは危ない!」
わたしは叫んだ。彼らも魚に気づいて驚いている。
「なんで今こいつがここに!?」
「うわあ!!!こうなったら!」
ロロはわたしとナリナミを持ち上げる。
「しっかり捕まっててくださいな!」
ロロは走り出した。素早く魚の横を離れて通り、あっという間に海が離れていく。街の中心部まで来て、彼女はわたしたちを下ろした。
「ぜぇ、ぜえ」
「ありがとうございます、ロロさん」
「ありがとうな……」
ナリナミは海の方をじっと見ている。とても元気がない。家が壊れたのだから当然か。
「鎧の……怪魚、ファラクセロ」
明らかにあの飛んできた魚のことを言っている。
「鎧の怪魚?ファラクセロ?この状況について知っていることを教えてください」
「あ、ああ。これが昨日言った50年に一度くる魚の大群だ。でも昨日言ったようにその50年に一度は半年後だし、こんなとこには来ないはずなんだよ!」
たしかに昨日はここではない島の近くに出ると言っていた。魚が飛んでくるという伝説もここではなく島が被害に遭っている。
建物が崩れる音がした。海からファラクセロが飛んできているのだ。陸に上がったファラクセロは跳ね回って被害を拡大させている。あちこちから悲鳴や怒号が聞こえだした。
「いやーっ!」
「逃げろ!海から離れるんだ!」
「お母さん!お母さん!」
「誰か下敷きになってる!」
「もうダメだ、血溜まりがこんなに……死んでるよ……」
「助けてください!脚が!」
わたしたちはまだ助かりそうな、大声で助けを求めている男性のもとに向かった。そこではファラクセロが暴れていて、近づけばいつ弾かれて死んでもおかしくない状況だった。
「くそっ、近づけねえ!」
そういうナリナミの横でファラクセロの頭に向かって枢壊撃を放つ。1、2回痙攣してそれは動かなくなった。
「なんだか知らねえが動かない今がチャンスだ!」
「たぶんアギノフさんの魔法ですよ!ですよね!」
とっさにロロが主張してくれる。
「はい」
自分のしたいいことが公になると嬉しいと同時に若干恥ずかしい。肯定を示しておく。
3人で協力して男性の右脚を挟んでいる瓦礫を持ち上げた。
「はいなっ!」
ほとんどロロの力だったが。
「あ、ありがとうございます。それだけの力があるのなら、どうか他の人も助けてやってください。あとはどうにか歩いて逃げます」
男性は片脚をかばいながらよたよたと避難していく。
この町から、避難すべきだ。
広範囲に予測不能な大砲が飛んでくる戦場から民間人を完璧に守れる冒険者はいない。少なくともわたしはそういう実話は見たことも聞いたこともない。
町に鐘の音が響き渡った。緊急事態を知らせているのだろう。
「逃げましょう、どこまでファラクセロが飛んでくるかわかったものではない」
「はいな!」
「……」
ナリナミは動こうとしない。わたしはナリナミの手を取って引っ張った。彼は抵抗してきた。
「オレは、逃げられない」
「なぜです」
「ギルドには冒険者がタダで寝泊まりできる場所があるって話しただろ。まだ低いランクの冒険者がよく利用してる」
ナリナミはギルド職員だ。彼のランクは6段階あるうちの上から4番目と言っていた。5、6番目のランクの人たちを助けたいということか。
「後輩の彼らを助けたいんですね?」
「そうだ、力を貸してくれ、アギノフ、ロロ」
「あついですね!力、貸します!」
ロロはすぐに答えた。すごいですよ、あなたは。
ナリナミは覚悟があるようでいて、わたしたちにすがってもいた。そんな声で頼まれたら、親しくした人に失望されることが怖いわたしには断れない。
ここで無理やり彼を引きずって逃げたら、彼に一生許されない。なんてひどい理由で、わたしは彼に答えるんだろう。
「わかりました。あなたは会ってその日のうちにわたしの話を聞いて、ついてきてくれるといった。わたしもあなたについていきます」
それでも、彼がわたしの大切な人であるのは間違いない。
「ありがとう、早速向かおう。たぶんみんな動かないでいる」
わたしたちは海の方を見ながら、飛んできているファラクセロを避けようと考えた。今の位置ならば海からファラクセロが見えた時点で当たらないように逃げられるが、海に近づくにつれて危険は増す。
「しかし、なぜ誰も迎撃しないんです?鮫ランク以上の人はどこに?」
「半年後って言ってもブレがあるし、相手も場所もわかってるんで今は島で備えてるんだ。だから、みんな出払っちまってる」
「なんと時機の悪いことでしょうか」
そういえばコモリエはシラクーラにはふたつ冒険者ギルドがあると言っていた。
「もう一つの冒険者ギルドはどうしているのでしょう」
「島にいっしょに行ってるらしい。最近こっちが大きくなった秘密を探るためだってオレよりランクの高い人たちは言ってた」
「ここに大きい戦力はいない、ということですか……」
もうまもなく冒険者用の宿泊施設に着くというとき、ファラクセロがまっすぐこちらに飛んできた。避けきれない……!
「はいな〜〜〜っ!!!」
ロロがファラクセロに向かって飛び出し、サッカーボールでリフティングするようにファラクセロを打ち上げた。
真上に打ち上がったことで、避ける猶予が生まれる。ファラクセロに当たらずに済んだ。
「ううっ」
ロロがうずくまる。見ると、脚が折れていた。片脚は地面につけて踏ん張ったのだろう、石畳が割れていた。かなりの衝撃を脚で受け止めたのがわかる。
「ロロさん!」
「ロロ!」
「防御の魔力が足りませんでじだあ……!」
彼女は泣いている。防御にまわす魔力量を見誤ったのだろうか。
「まだ魔力あるのに脚がこれじゃ……もう戦うの無理です……ぐす」
「いや、ありがとうございます。すみません、わたしがもっと動けたら……」
ロロは首を横に振る。
「わすの修行不足です……!」
本当に申し訳なく思う。しかし十分な謝罪をする時間はない。
「……おんぶしますよ」
「いや、オレが背負う。君の体じゃ君が折れそうだ」
情けない。
「すみません、お願いします」
なにか、わたしにできることはないのか。ファラクセロが弾丸突撃してくる前に枢壊撃で倒せればいいのだが、わたしに海の中は見ることができない。なんとかしてファラクセロの位置がわかる方法はないのか……!?




