第3話
「完 全 勝 利 っと。スキルがあっても俺の前では無術者と変わんねえな」
セオドアはわたしに近づいてそう呟いた。彼の見下す顔が見える。死ぬことはなかったが、今までの嫌がらせで一番酷い被害だった……痛みと惨めさで涙が勝手に出て、傷に染みる。
セオドアは盛り上がっている見物人を見渡し、語り出す。
「みなさん、よく聞いてください。こいつは悪魔のスキルを持っていたのです」
見物人たちの盛り上がりが少し収まる。いったいどういうことなのかと疑問の声も聞こえてきた。
「いつも陰険で怪しかったこいつを俺は監視していました。今日鑑定したところ、とんでもないスキルを授かっていました!ついに世の秩序を乱すような人間だとはっきりしたのです!」
セオドアは演説を始めた。
わたしはそんなことはしないと言ったが、掠れた声は誰にも聞こえない。
「質問をしてもよろしいですか?」
見物人のひとりが貴族を前に手を挙げる。貴族は見えるように地位を示す階級章を付けているため、平民はできるだけ失礼のない態度が求められる。
「質問を許します」
「本当にとんでもないスキルなら、今の模擬戦で大変なことになっているのではないのではないですか?」
自分に味方してくれる意見に、暗雲が立ち込めたようになっている心に一筋の光が差すのを感じた。
「いい質問です。大変なことになる前に、私は悪の芽を摘んだのです!」
セオドアはわたしを指さした。
「こいつの授かったスキルは、邪王の加護!」
嘘だと叫びたい。セオドアの鑑定はスキルの名前や詳細までわかる鑑定ではないと説明したい。だが見物人には嘘とわからない。一気に騒がしくなる。
「なんだって!」
「は、はやくそいつをこの街から追い出してくれ!」
「そのスキルを授けられるなんて、とんでもない悪人が近くにいたのね……!」
スキルは人々の価値観によって尊さが変わる。ものによっては邪悪とみなされ、迫害されるものもある。邪王の加護はそのひとつであった。
加護と付くスキルは強力で、得られたものは非常に幸運とされる。しかし邪王の加護というのは災害とも言える被害を及ぼす魔物を鑑定した際に多くみられたスキルである。
人間でも強大な力を持って破壊行為をした者がこのスキルを持っていることがある。今まではなぜかそれは破壊行為という実際の被害が現れてからその人間に邪王の加護がついていたことがわかるものだった。
「まだこいつのスキルは危険な段階にまでは育っていません。ですから、市民権を剥奪の上追放、北の森に流刑とします!おい、連れてゆけ!」
北の森への流刑は戦う力を持たない者には死刑に等しかった。魔物が多くいるからだ。白き獅子団には街の近くにきた魔物を迎撃する役割もあった。彼らによって所持するスキルによって危険とみなされた人物は街から遠ざけられる。
わたしは縄で縛られ、馬車に投げ込まれる。人々と目が合ったが、どれも汚いものを見る目つきだった。
数時間、馬車に揺られた。歯を軋ませて拳を握る。傷ついて敏感になった皮膚が揺れで硬い床に叩きつけられた。うめき声がもれる。
心はこれからの不安と火傷の痛みに支配されていた。
なぜわたしがこんな目に遭わなければならないのか。スキルを授かるというのはとても嬉しいことのはずなのに、こんなに台無しにされることがあるものか……!
北の森に着いた。ここまで運んできたのはセオドアたちだった。馬車からセオドアに蹴り落とされる。
「てめぇのことを見るだけでイラついてた。無術者がこの白き獅子団にいるなんて許されねぇんだよ。その罰として、ただ殺すんじゃ生ぬるい。市民権を無くして人じゃなくしてやった。畜生、いやゴミが。飢えて、病気になって、苦しんで死ね」
火傷の一番酷い左腕を踏みつけられる。
「う……ぐ」
「最後に教えてやるけど、てめぇのは邪王の加護なんていう大層なスキルじゃねーよ、ぎゃはははは!」
下品な笑い声とともにセオドアは去っていった。わたしは自分の受けたさまざまな損傷に耐えきれなかった。
肉体を傷つけられた痛み。真面目に生きてきて積み上げてきた無害な者であるという信頼の失墜。弄ばれ、無様な姿を晒された屈辱。
その暴力に精神が叩き潰された。胸の中にある、育ててきたもの、が、砕ける。
回想、終わり