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第18話

お腹が空き過ぎて力の抜ける体に鞭打って食堂へ向かう。閉まっている扉の前にいた従業員に部屋の鍵を見せるように言われ、その通りにすると扉が開かれた。


煌びやかな格好をした人が何人か既にきていた。そこまで混んではいない。扉の向こうにいた別の従業員に席へ案内された。


そこには大きなテーブルの上に、全員分がひとまとめになった豪華なディナーが並べられていた。異世界でも現代でも食べたことがないようなものだ。燭台の蝋燭や天井のシャンデリアが煌めいている。


「わぁ〜〜〜すごいです!!!」

(ここは酒場ではありませんよ……!)


ロロが大声を出したので声帯を震わさないこそこそ声で諌める。何人かのお客がこちらを見ている。彼らの服装を見ると、わたしたちの格好は場違いだ。


(ごめんなさい!)


案内をした従業員に咳払いをされ、席に座るよう促される。


「他のお客様が揃われるまでお待ちください」


案内されている間もぞくぞくと他のお客が食堂に入ってきていた。やがて席が埋まった。


「それでは食事のご説明をいたします。まずこちら黄金小麦のパン。太陽のコーンスープにつけてお召し上がりください」


丸い、異世界ではまだ高級な白パンと、美しい白と黄色が混ざりかかっているスープだ。


「こちらの肉はドグリ豚のローストポーク」


黒っぽいソースのかかった塊肉。どんな味付けなのだろうか。


「野菜は新鮮な生の大大キャベツです。デザートを食後にお待ちします。では分配を館長が行います」


彼は食堂の入口に戻って行った。かわりに館長であろう人がテーブルの近くにきて、ナイフやおたまで料理を分け始める。


最後に紹介されたキャベツだけ格が落ちたように見えるがそうではない。キャベツの季節は春や冬、つまり今ではないのだ。それをこの世界で生で食べられるようにしてあるというのが高級なのだ。

これを可能にしているのは氷系スキルだろうか。それとも保存特化のスキル?


そういえば魔法で冷却といえば氷だが、考えてみれば水の状態変化である氷と必ず一緒にする必要はない。氷以外でも冷却技を探してみたい。ここに新しい技のヒントがありそうだ。


「……ノフさん、アギノフさん!」


考え過ぎて周りが見えず聞こえもしない状態になっていた。


「はっ、な、なんですか。しかしまた大声とは関心しませんね」

「ご、ごめんなさい。全然食べないので、気分が悪いのかと思って」


こちらが悪かった。頭を下げる。


「それはすみません、考え事をしていて。食べます」

「はいな」

「いただきます」


食べようとして気づいた。ナイフはあるが、スプーンやフォークはない。あたりを見回すと、全員手づかみで食べている。汚れた手はテーブルクロスで拭いていた。

テーブルクロスで手を拭くのは避けて手づかみで食べる。異世界のわたしも今までこう食べていたのだ、特に違和感はなかった。


空っぽだった胃にいきなり油を入れるのは憚られたのでスープから飲む。とても美味しい。

食べる順番は気にせずに食べた。パンはコーンスープにつけるという指示だったがローストポークのソースをつけても美味しかった。


食事の最中は会話が聞こえてきた。まわりは地位のある人たちばかりのようだ。


「わたくしはエリス・ジョニコンナと申します……別荘へ向かう途中ですの」

「ジョニコンナ家のご令嬢でしたか、わたしは……」

「最近ニーノー山脈の向こうで上質な布団の材料になる羽毛が見つかったとか」

「あそこの山賊は厄介なやつら。護衛の料金で赤字になりそうですな」


自分からは話しかけずに料理を味わっていると、隣のお客から話しかけられてしまった。


「やあ、隣のお人。はじめまして、私はグレイン・ホクストリー。商人をやっております。あなたは?」


複雑な刺繍の施された上着を着ている上品な男性だ。テーブルマナーを除いて……わたしもひどいものだが……


「はじめまして、アギノフです。冒険者……をやるつもりです」

「ほほう、では今までは修行の身で?」


グレインは微笑みかけてくれた。地位がないわたしを見下すようなことをしない。肩の力を抜いた。


「そうですね」


北の森でカモフラージュゴブリンと複腕オークを倒した過程を修行といえるかは人によるが、今回はそういうことにさせてもらいたい。


「ここには旅立ちの祝いとして訪れたのですかな」


どう答えるべきか。研究所で無礼をはたらかれたのでそのお詫びとしてここに案内されましたというのはよくない。研究所の悪評が広まりそうである。ここは話を合わせよう。


「ええ、ここはそれにふさわしい場所ですね」

「それはよかった。私からもおめでとうを言わせてもらうよ」

「ありがとうございます」

「どのくらいの強さか、今まで倒した一番強い魔物を聞いても?」

「銀魔猪の変異種です」

「なんと!」


グレインの驚く声に少し場が静まりかえる。すぐに会話は再開されだしたが、中断したままこちらに聞き耳を立てている者もいる。


「失敬、いや銀魔猪はそれなりに強い魔物と存じております。それの変異種を……ふむ」


彼は顎に手を当てて唸っている。5秒ほどして手を戻した。


「アギノフさん、それが本当なら、私の馬車の護衛をしてみませんかな」

「ありがたい申し出ですが、出会ってすぐのわたしをそんなに信用なさるのですか」

「そこは冒険者ギルドが保証してくれると思いましてね、どうです」


今は早く白き獅子団の勢力圏から去りたい。そのためには遠くで冒険者になることが必要である。シラクーラの謎に包まれた魔導具にも興味がある。


「実は、ここから遠くで冒険者になりたいのです。冒険者になるまで時間がかかるので、今回はお断りさせていただきます」

「それはそれは、頼み事をして申し訳ない。だが気が変わったら私のもとにきてくれ。場所はこの街のホクストリー商会」


そう言ってグレインは紙とペンを取り出し、何か書き始める。


「しかしその護衛の用事に間に合うかは……」


いい終わる前に紙をわたしの前に突き出す。紹介状だ。


「あなたは強くなりそうだ。数年後でもいいさ」


受け取るとグレインは食事と別のお客との会話に戻った。わたしも食事を再開する。


普段は少食だが朝から何も食べていないとなると、この庶民の夕食ではでないであろう量も食べ切ることができた。デザートも入るだろう。

逆に考えると、明日の食事は残してしまうかもしれない。非常にもったいない。


ロロを見ると、とっくの昔に食べ終えていたようだった。


「ロロさん、わたしは明日からの食事はたべきれないかもしれません。そのときは食べてもらえますか」

「はいな、ぜんぜんいけま〜す」


親指を立てて返事をされる。親指を立て返しておいた。

すぐにデザートが運ばれてくる。梨のシャーベットだった。これもとても美味しかった。


食堂を出た。体を綺麗にしたかったので公衆浴場かなにかがないか探してみる。


「体を綺麗にする場所はありませんね」

「?なんですかそれ」


現代日本では毎日お風呂に入るのが当たり前だが、ここではそうではないのだった。


「いえ、水浴びをしたくて」

「ここは建物ですよ〜!」


ロロは笑っている。馬鹿にする意図は見えなかったが、少し恥ずかしい。


「贅沢ですが、お風呂に入りたいです」

「ああ、貴族が入るあれですね!アギノフさんそんな経験あるんですか?」


さすが石鹸を持っていただけあって知っているようだ。


「寒い時に沸かしたお湯を飲むときを思い出すと入ってみたいと思うだけですよ」

「あ〜そう思うとわすも入りたくなります〜」


わたしたちは部屋に戻った。お互いに体をみないようにして水で濡らした布で体を拭くことにした。


「布を洗いたいので待っていてください」


カモフラージュゴブリンの耳を入れていた布は流石に洗わないと使えない。水道は通っていないため魔法で水は出せても流せる場所がない。トイレは溜めておく形式だ。この部屋にもおまるが置いてある場所がある。

おまるを確認して、トイレで全く臭いがしないことに気がついた。何か消臭剤でもあるのだろうか。見てみると、天井から何か見慣れない花がぶら下がっている。壁にもそれそのものが魔導具になっていそうな装飾がある。結局原因はよくわからなかった。


窓から下をのぞいて水を捨てられるかどうか見る。この世界では汚物の処理を川や池など水のあるところに捨てるか、一箇所に集めて肥料として使うことで行なっている。しかし、多少汚れただけの水であれば窓から捨てても怒られることはない。

なんならし尿がよくそのへんにあって、水魔法を使って土のある場所に飛ばしたりしているのを見る。


窓の外からはホテルの庭が見えた。下には人がいないので、水を落としてもいいだろう。汚れた布を魔力で生み出した水で洗い、絞った。ついでに口の中もゆすいで綺麗にしておいた。


「いいですか?」

「はい」


お互い別のベッドに向かい、背を向けた。


「パーティーを組んだのですから、こういうことにも慣れなければなりませんね」

「そうですね〜、寝巻きがないので寝る時はすごく薄着ですしね!」

「た、たしかに」


しばらく無言で体を拭いていた。


「わすは終わりました」

「塗り薬を塗るので、待っていてください」

「はいな」


体を見ると塗り薬のおかげか、だいぶ火傷の痛みがなくなってきている。


「ちゃんと全身に塗れますか〜?」


背中に手を回して手同士触れるとは言え塗りにくいのは変わらない。やってもらってしまうか……?しかし、いざやってもらうと思うと心が……やはり少女にそんなことをさせるのはまずい!


「大丈夫です」


断っておいた。時間はかかったがいい感じに塗れたのではないだろうか。


ふたりとも体を綺麗にし終えた。もう寝た方がいいだろう。


「灯りを消しても?」

「大丈夫で〜す!」


部屋の蝋燭とランタンを全て消し、それぞれのベッドで眠りについた。

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