第15話
ここは後ろのハンターや冒険者には反応せず、ソレイユの誤解を解くことに集中したほうがいいだろう。
「まず第一に、前提としてソレイユさんの推理は全て間違っています。おかしいところはなくても、ただの作り話で事実ではありません」
ソレイユは眉間にシワを寄せて口をきつく結んでいる。怒っているのか。あの推理をして、それが事実だと思っているのなら義憤にかられるのも当然だ。
「ではその事実というのは?」
彼女は怒りからか早口だ。わたしのほうは焦って早口になりそうだが、説得力を持たせるために努めて冷静になる。
「第二に、わたしが変異種の銀魔猪を倒したということです」
「それがありえないというのです」
さて、どうやって証拠を提示すべきか。
「第三に、今からその証拠をお見せします。」
後ろを振り返る。間髪入れず深緑の短髪である男が持っている斧の刃に、発生源を少し大きくした水の枢壊撃を放つ。
水であろうが空気であろうがなんであろうが、内部に割り込むように発生してしまっては硬いものはどうしようもない。斧の刃は一気に粉々に砕け散る。
「おっ……おれの斧があ!!!??!??、ここっこなこな粉々っ、」
男は膝をついて叫ぶ。
「水魔法なんかで壊れるわけがねぇんだ!こんなの、ありえねえ!」
ハンターや冒険者の使う武器には火や水、風といったものに対して壊れにくいように魔力がこめられているものだ。
ただこれは原理として生き物が自分で魔力を練って体を覆い、対抗することを念じて外部からの刺激に耐えるのと同じである。
いくら服を着ても内部からの攻撃は避けられない。筋力を上げるなど、ものの性能を高めることはできても魔力はものの強度そのものを強くすることはできない。
内部に物質が発生することには対処不可能なのである。
「どういうことだ!?持ち主は無傷で斧だけを壊したのか!?」
「軌道が見えなかった。体術スキルにしても魔法スキルにしてもすごい練度なんじゃ」
「強い……僕には、この人を捕まえることなんて……」
「これなら他人を洗脳する必要はなくないか?」
「それもそうだな」
そう。そうなんです。それを証明したかった。他人を洗脳する必要はないのだ。
「わたしは変異種銀魔猪を倒せます。これで、わたしがソレイユさんの言ったことをする理由はありません。納得していただけましたか」
「し、しかし……あのスキル表示はおかしいのです……スキルを偽装している正当性は……」
ソレイユからは怒りが消え、困惑がみられる。その様子から、人を操って本心でないことをやらせるような人だという誤解は解けたとしていいだろう。よかった。
「スキルは自分の戦法を知られてしまう可能性のある大事な情報。知能のない魔物相手にスキルを見られても大丈夫ですが、人間相手に因縁を付けられる可能性を考慮したいのです」
「たしかにそのような理由で……上流階級や有名人は、偽装していたり見えないようにしている者は多い……」
もう一押しだ。
スキル偽装の件は自分自身でもよくわからない。なのでややこしくなるのを避けるため、偽装しているしていないどちらとも明言しないでおく。
「どうかご理解ください、これは人を傷つけるのではなく自分を守るための判断なのです」
ソレイユから困惑が消える。そして謝罪の表情に変わった。
「警備員のみなさん、持ち場に戻ってください」
警備員たちは会釈をして戻っていく。ご苦労さまです。
「……すみません、間違いでした」
ハンターや冒険者には気まずそうにする者や軽く謝罪する者がいた。
大丈夫ですという意味を込めて、微笑み返しておいた。
「アギノフ様。とんでもないご無礼をしてしまいました……誠に、申し訳ございません……!」
ソレイユは最敬礼をしている。
「いえ、誤解が解けたなら、よかったです」
彼女が体を起こし、こちらをまっすぐに見る。
「このことは上に伝え、また後日正式な謝罪をさせていただきます」
これは断ったほうがいいのか、受けておいたほうがいいのか。
もしソレイユが疑いをかけたことを隠そうとしたり横暴な態度を取ったのなら上に言った方がいいだろう。
しかしこれは彼女が真面目ゆえに起きたことで、謝罪の意を見せていることからも罰を受ける必要はないとも思える。だが再発防止のために上に言った方がいいのか……
わたしひとりにはわからない。ここはソレイユへの正しい処遇は複数人の判断を仰ぐということにしよう。謝罪も受けておこう。
「わかりました。わたしは旅人なのでずっとこの街にいるわけではありません。何日待てばよろしいですか」
「それは……わかりません。今から上に報告し、訊いてまいります」
ソレイユは急いで裏に回っていった。しばらくして彼女は慌てた様子のコモリエ所長とでてきた。
「本当に申し訳ない。わしはあなたが人を悪意で操るような人間でないとわかっております。ソレイユには相応の罰を受けさせます」
「ソレイユさんからの謝罪の意はわたしに充分伝わっていることを伝えておきます」
ソレイユには真面目さを捨てないでほしい。そんな思いから出た言葉だった。
「……承知いたしました」
コモリエは頭を下げてそう言った。彼が頭をあげるとソレイユが説明の続きを話し始める。
「2日お待ちください。宿をご用意します。今日を含めその間にかかった宿泊費は負担させていただきます」
2日ほどならセオドアに見つかることもないだろう。
「わかりました」
「時間になりましたら迎えの者がまいります。以上になります。何か不明な点はございますか」
「いいえ、ありません」
「ソレイユ、アギノフさんに研究所の制服を差し上げてから宿にご案内を」
説明が終わるのを見計らって、コモリエが指示を出した。
「はい、所長」
返事をするソレイユを横目に、特定の団体に属する人間のみが着れるものをもらうと聞いて心配になった。
所長が言っているから良いのだろうが、聞いておこう。
「それはもらっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。もうこの時間では衣料品店の営業時間を過ぎてしまっていますし、これから案内させていただく場所にはふさわしい服をきていかなければなりません」
おそらくこの破れてとても使えるとはいえない服を着替えてほしいということなのだが、よくわからない。
「ふさわしい服が制服なのですか?」
「……ここの制服がふさわしいとは言えませんが、ここにはその他の服は置いていないのです」
やむを得ず、ということのようだ。だとするとそれなりの格式の宿屋に向かうのだろう。
「理解しました」
「ありがとうございます。ではこちらへ」
誰もいない部屋で制服に着替えた。
コモリエに見送られ、ソレイユに連れられて、ロロと共に研究所を後にした。




