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特別授業 歴史

「目が覚めたか?」

低く響く声が、意識の闇から私を引き戻した。重い頭を振りながら視界がぼんやりと明るくなり、目の前には見慣れた老人の姿があった。


「ロームさんじゃん。なんでロームさんがここに―?」


「ここに~?じゃないのよ!」とロームは呆れたように手を広げる。「ここはワシの書斎だぞ! お前さん、トンデモナイことをやらかしたんだよ?」


「そういえば審判の部屋……あの後どうなったんですか?」


ロームはため息をつき、大げさに肩をすくめた。「審判の部屋をぶっ壊したんだよ、お前さんがよ。お前の魔力量に部屋が耐えられなくて、部屋ごと吹っ飛んだんだ。」


「えぇ……」私は呆然としたまま言葉を失った。


「しかもな、ワシが身元引受人だから、あちこちから責任を押しつけられてんのよ! まったく、災難もいいとこだ。」


あの適当な選択で、まさかこんな大事になるとは思いもしなかった。だが、それ以上に私の中には 規格外の魔力を手に入れた という喜びがあった。人生で何も大したことを成し遂げたわけでもないのに、突然手に入ったこの力。


……ただ、努力をせずに得た成果には、なぜか実感が湧かなかった。以前の自分なら、喜びを抑えきれずに大騒ぎしていただろう。しかし今は、それよりも体のだるさが勝っていた。


「なんか……すいません。けど体がだるくて……」


「全く、塔の一部を破壊した奴の言葉とは思えんな。」ロームは頭をかきながら苦笑する。


「そんなに珍しいことなんですか?」


「歴史上初のことだよ!」ロームは呆れたように大声をあげた。「それより、魔力を抑えろ! ワシのペットが苦しんどる!」


ペット?部屋の隅を見ると、小さな生物がうめき声をあげていた。私の放つ無意識の魔力が周囲に悪影響を及ぼしているらしい。


「どうやって抑えたらいいんですか? こうかな……フンッ!」


「バカ! うちのペットを殺す気か! 力むな、もっとリラックスするんだ!」


「すみません……どうすれば?」


「内側に渦を巻くようにイメージするんだ。力を閉じ込めるように、優しくだ、無理せずやってみろ。」


私はロームの指示に従い、ゆっくりと目を閉じて胡坐をかいた。すると不思議な感覚が体を満たし、まるで自分の体内に力が循環しているような感覚がした。


「そうだ、そうだ。それでいい。思ったより筋がいいな。そして最後にその渦がだんだん小さく、静かに消えていくことをイメージするんだ……そう。渦の中心だけを残し、波を消すんだ。」


「こう……ですか?」


「うむ、これで落ち着いて話ができるな。」

ロームは安堵の表情を見せた。

「まずお前さんは来月からアカデミーで、しっかりそのバカみたいな魔力を制御する方法を学ぶことになるぞ。」


「そういえば昨日、簡単にこの世界のことを教えてくれましたよね?」


「そうだが……お前さん、思った以上に目立つ存在になっちまったからな。今後は、転移者だとバレないようにするため、この世界のことをもっと詳しく知る必要がある。」


ロームは腕を組みながら言葉を続けた。

「めんどくさいが、特別授業だ。これから1週間、みっちりと叩き込んでやる。」


「ありがとうございます。なんだか、よろしくお願いします。」


ロームは少し体を伸ばし、書斎の椅子に深く座り込む。私は彼の語りに耳を傾ける準備を整えた。

「お前さんも知るべきだ、この世界がどう変わってきたのかをな。」



「昔、この世界に塔なんてものは存在しなかった。世界は多くの王国や帝国が領土を保持し、互いに争いを続ける古代と呼ばれる時代だった。しかし、ある時、大災害が全世界を襲ったんだ。その災害は一年もの間続き、終末の年として後世に語り継がれるようになった。そして、その大災害が終わると、辺境の王国の領土に突如“塔”が現れた。」



「塔が現れた王国はすぐに調査隊を送り込んだ。戻ってきた隊員たちは見たことのない植物を持ち帰り、さらに奇妙な力に目覚めていたんだ。その植物は既存の食べ物を上回る味わいを持ち、隊員たちが得た能力は世界の常識を覆した。手に炎を纏ったり、足が金属に変わったり、体の一部が異形化するものもいた。しかし、全身を土に変える者や周囲の植物を成長させる者もいて、能力の種類は多様だった。」


「王国はさらに塔を調査するため、再度調査隊を送り込んだ。塔の下部には、自然物とは思えない五角形の柱が存在し、その中に入ることができた。それが『審判の部屋』だ。そこで覚醒した者たちは、単に身体の一部が変わるのではなく、周囲に影響を与える強力な力を得て戻ってきた。さらに、調査隊はこれまでの金属を上回る硬度を持つ鉱石も持ち帰ることに成功した。」


「だが、二度目の調査は順調ではなかった。被害者が出たのだ。その被害者は塔の内部で突然異形の存在となり同じ調査隊を襲い出した。更には襲われた被害者が次々とウォーカーへと変貌したのだ。これが最初のウォーカー出現と初のウォーカー事件だった。王国に戻った調査隊は、ウォーカーの危険性を国王に伝えたが、塔で得られる資源の魅力に取り憑かれてしまい王は聞く耳を持たなかった。結果、王国はウォーカー被害を無視して塔の探索を続け、災害後の食糧問題を解決し、軍事力を強化していった。」


「やがて、塔の資源を得た辺境の王国は周辺国家への侵略を開始し、征服した領土をまとめ上げ、『神聖王国』を名乗るようになった。当然、この覇権を見過ごす帝国はなく、帝国は同盟国と共に神聖王国に宣戦布告した。こうして世界大戦が勃発したんだ。」


「戦争の初期、神聖王国は異能者の力で圧倒的な優位に立った。しかし、流れは一変し戦争の長期化に伴い、疲弊した兵士たちは次々と倒れていった。追い詰められた神聖王国は、全国民を塔で覚醒させて兵士化しようとする愚策に出た。だが、その結果は最悪だった。塔での覚醒に失敗した国民のほとんどがウォーカーとなり、塔の内部を徘徊するようになったんだ。」


「その結果、戦争は帝国側の勝利で幕を閉じ、神聖王国の国王と政府関係者は処刑された。しかし、その時点で王国の人口の80%、数千万人がウォーカーとして塔の第一層に存在していることが判明した。幸い、塔の内部は広大で、入場場所も不規則だったため、入ってすぐにウォーカーに襲われることは稀だったが、塔の探索は以前に比べて格段に危険なものとなった。」


「帝国は覚醒者による反乱や革命を恐れ、『審判の部屋』を貴族専用とし、塔の資源を独占した。また、塔で覚醒した強力な者には爵位を与え、帝国に取り込むことで支配体制を強化していった。しかし、王国の時代とは異なり、資源を独占することで民との間には深い溝が生まれていった。」


「そんな時、一人の転移者が現れ、塔の第一層を突破し、世に第二層の存在を知らしめた。その出来事が後の歴史を大きく変えることになった。」



ロームはニヤリと笑いながら続けた。


「どうだ?お前さんと同じ“転移者”の登場さ。塔がもたらした繁栄と破滅、その裏で突如として現れた異世界からの来訪者。そいつが、この世界の歴史を大きく変えたんだよ。」


私は興味を引かれながらも、戸惑いを隠せなかった。

「その転移者って…どうやって塔を攻略できたんですか?しかも、どうしてわざわざこの世界に?」


ロームは肩をすくめて言った。

「そいつが何を思ってここに来たのか、どんな目的を持って塔に挑んだのか――それは誰にもわからん。ただ、記録に残っているのは、彼が塔の第一層を突破したことで世界が新しい時代に突入したってことだけさ。」


「続きはまた明日だ!」

そう言って立ち上がった。


「今日はここまでにしておこう。お前さんも疲れてるだろうし、明日はもっと面白い話が待ってるさ。」


その軽い調子に、少し拍子抜けしたものの、私もまた疲労がじわじわと押し寄せてくるのを感じた。


「そうですね、今日はゆっくり休むことにします。」


「その意気だ。」

ロームは背中を伸ばしながらドアへ向かい

「審判の部屋の後処理もまだ残ってるからな、ワシも忙しいんだよ。さぁ、おやすみ!」

と笑いながら去っていった。


部屋に残された私は、ロームとの会話を反芻しながらロームの書斎を出た。

「いやここどこだよ??」


場所は恐らくアカデミーなので校内を徘徊しながら校門を探す。

校門は思ったより簡単に見つかり、校門を出るとポケットに入っていた地図を見て地図の光る道筋に沿って宿舎へと向かった。

この時自分が無意識に地図を使いこなしていることには気が付かなかった。


宿舎に戻り、ベッドに横たわりながら今日聞いたことを思い出す。初めて聞いたこの世界の歴史、そして自分と同じ“転移者”の話――その内容が頭の中でぐるぐると巡った。


さっき目を覚ましたところなのに体のだるさが全く抜けないな。


そんなことを考えながら明日の特別講義を楽しみにして私は静かに目を閉じ、いつしか深い眠りに落ちていった。


人生は思ったよりも短いものだ。10代前半の出来事が昨日のことのように感じられる。きっと30歳になったとき、20歳の自分のこともつい最近のことに思えるだろう。そして老いた頃には、人生全体がまるで1週間のように過ぎ去ったと感じるに違いない。




 まるで1週間のギフトのような人生。その短い贈り物をどう生きるか、この世界では自ら選べるようだ。




 この世界の歴史は、元いた世界と同じように争いが絶えないものだったと聞いた。しかし、今自分の目に映るこの世界は「理想」に近い。まるで、人生の最適解が与えられるような世界だ。




 審判の部屋――この世界の人々はそこで人生の指針を受け取る。まるで、自分に適したレールを引かれるかのように。前の世界ではそんなものは誰にも与えられなかった。与えられないどころか、幸福と不幸の落差が激しすぎて、それぞれの価値すら曖昧だった。




 だが、ふと考える。もし、人は意図的に不幸を選び、その底から幸せを見出せるのだとしたら? それは初めから幸福に浸る人生よりも価値があるのだろうか? 人間は慣れる生き物だ。人生の長さにすら慣れてしまう。もし、不幸を楽しむことで幸せの質が高まるなら、それはもはや不幸とは呼べないのではないか。




 そんな取り留めのない思考に、私は突然支配されていた。




 そして気づく――「俺の人生のレールはどこだ?」




 笑いがこみ上げる。自分でもおかしくなってくる。審判の部屋で私に告げられたのは、ただ「何を望むか?」という問いだけだった。そして、心の声を一方的に読み取られて、そのまま部屋が壊れたのだ。




 適正を教えてもらうどころか、勝手に願望を探られて挙句の果てに壊れるなんて。いっそクレーマーになってやりたいところだ。




 与えられたのは大量の魔力。それはまるで、前の世界で宝くじに当たったかのようだ。宝の持ち腐れと言えるかもしれない。魔力の使い方も知らないのに、どうやって活用しろというのだろう。




 しかし、昨日の身体の重さが嘘のように今日は異常なほど元気だった。その変化に、自分が躁鬱患者のように思えてしまい、少し不快だったが――まぁ誰かに見られているわけでもないからいいだろう、と自分に言い聞かせた。




 私はベッドから起き上がり、昨日と同じように机を見た。だが、今日は古紙に加えてビー玉ほどの水晶、そして食事が置かれている。




 まずは古紙に触れてみる。




「お前さんは今有名だから、外に出歩くのは控えたほうがいいぞ!とりあえず飯と移動用の水晶を置いておく。水晶には魔力を吹き込むと指定の場所まで飛べる仕組みになっておる。その吹き込み方を今日の課題にする!夕方までにできなければワシが迎えに行くから、それまで頑張れよ。ガッハッハ!」




 脳内に直接響く肉声のようなメッセージに、思わず笑ってしまった。何度聞いても新鮮で、妙に愉快だ。




 まるでスカイツリーの頂上に登った観光客が光を放ってタワーをぶっ壊したような出来事に思える。もしこれが前の世界で起きたなら、YouTubeで一躍有名になるだろう。まるで、客寄せパンダのような存在だ。




 そんなことを考えながらも、私は水晶を手に取る。そして、この課題をどうクリアしようかと頭を巡らせた。

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