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知らない世界 2

私は遠くから見える城壁と、その根元に広がる街を目指して歩いていた。街並みはどこか西洋の都市を思わせるもので、煉瓦造りの建物が立ち並び、塔の根元に町全体が広がっているようだった。まるで、巨木の根に包まれるかのように塔がそびえ立ち、その根元に生活が息づいているのだ。


「本当に……異世界なのか?」


まだ確信は持てなかったが、目の前の光景は間違いなく彼の知る現実とは異なっていた。そして、次第に彼の足取りが速くなる。街が近づくにつれて、大きな城門が目に入った。しっかりと守られている様子で、両脇には二人の門番が立っていた。


彼らは中年の男性で、どちらも重厚な西洋風の甲冑を着ていた。その姿は、まるで映画で見る騎士のようだ。しかし、それだけではない。二人の持っている槍――一人は黒く怪しげに光る槍、もう一人は赤く不気味な光を放つ槍――が、さらに異様な雰囲気を漂わせていた。


「見たことのない服装だな……」


門番の一人が、私に向かって鋭い視線を送った。私は一瞬、緊張したが、次の瞬間、その言葉がはっきりと理解できたことに驚いた。言葉が通じる――それが今、彼にとって何よりも大きな安心感を与えた。


「こんにちは……ここはどこですか?」


そう尋ねたが、それ以上の言葉は出てこなかった。彼自身、何が起きているのか、どこにいるのか、全く把握できていなかった。自分は転生したのか、それともただ違う世界に転移したのか、あるいは死後の世界なのか――その答えは、彼自身にもわからない。


門番はさらに怪訝な顔をして尋ねた。


「なに?ここがどこかわからないだと?……お前、名前は?」


「リュウジ……リュウジといいます。」


「リュウジ?聞かない名前だな。」


門番たちは私の言葉に困惑した様子で、互いに顔を見合わせた。二人の間で小さな会話が交わされる。


「記憶を失っているのか……それとも何かの事故に巻き込まれたのか?」


「とにかく、このまま放っておけないな。とりあえず保護して、詳しく話を聞こう。」


その言葉に、私は少し安心した。彼らは敵意を持っているわけではなさそうだ。だが、この見知らぬ世界でどうなるのか、依然として不安は拭えない。


「こっちだ、ついてこい。」


門番の一人に促され、私は城門の隣にある階段を降りていく。広めの地下へと続くその階段は、清潔感があり、壁に掛けられたランタンの明かりが温かい光を放っている。暗闇に飲み込まれるような不安はなく、むしろ、この場所がきちんと管理されていることを感じさせた。


階段を降り切ると、そこには石造りの広い地下室が広がっていた。まるで、彼の想像する中世の牢獄のような光景が目の前に現れる。しかし、想像していたような暗く冷たい雰囲気ではなく、清潔で、どこか人の気配すら感じる場所だった。


「とりあえず、ここに入ってろ。」


門番に言われるまま、私は地下の牢の一つに入れられた。鉄格子――いや、よく見るとそれは普通の鉄ではない。どこか黒く、光沢を帯びた不思議な金属で作られた檻だ。その異様さに一瞬戸惑ったが、今はそれを深く考える余裕はなかった。


牢屋の中に入ると、彼は目の前に広がる光景に一層の困惑を覚えた。そこには、酒臭い老人が椅子を二つ並べ、寝そべっている姿があった。まるで、この牢屋が彼の日常の一部であるかのように、彼は完全にリラックスした状態でそこにいた。


私が牢屋に入り、扉が重々しく閉まると、椅子に寝そべっていた老人がゆっくりと目を覚ました。彼の顔にはまだ少し酒の影響が残っているようだが、目はしっかりとリュウジを見据えている。


「おぉ、お前さんは何して捕まったんだ?」


老人の軽い調子に、私は一瞬戸惑った。自分がどうしてここにいるのかすらわからない状況で、何とも答えに困る。しかし、考えても仕方がないと思い、彼は素直にすべてを説明してみることにした。


「正直……なんで牢屋にいるのかも、ここがどこなのかも、全くわからないんです。気がついたら、見知らぬ場所にいて……それで、門番に連れて来られました。」


私が自分の困惑を素直に話すと、老人は少し考え込むように顎に手を当てた。そして、彼をじっと見つめながら、呟いた。


「ほう……魔力にあてられて記憶が混濁しているのかもしれんな。まぁ、どれ、診てやろう。手を貸しなさい。」


私は驚いたが、なんとなくこの老人に逆らう気にもなれず、言われるがまま手を前に出した。老人はその手を自分の手に重ねると、突然、その接触点が蒼白い光を放ち始めた。


「えっ……!?」


私は驚きで思わず後ずさろうとしたが、老人がしっかりと彼の手を握り続けているため動けなかった。光はますます強くなり、まるで彼の内側を透かし見ているかのように、体の中まで光が浸透していく感覚があった。


「ふむ……やはり記憶が混濁しているだけではないようだな。お前さん、どうやら……この世界の出身じゃないな?」


その言葉に、私はさらに驚愕した。自分が異世界に来た可能性をずっと疑問に思っていたが、目の前の老人はそれを見抜いているかのようだった。


「あなたは……一体……?」


「まぁまぁ、そんなに驚くな。私も気になることが多いが、まずは落ち着いて……どうやら、これから面白い話が聞けそうだ。」


老人の言葉に、私はますます混乱した。しかし、彼の言う通り、まずは落ち着く必要があると感じ、深呼吸をして気を静めた。


私は、老人に言われるまま手を前に差し出した。すると、老人がその手を自分の手に重ねた瞬間、突然蒼白い光が二人の手元から放たれた。


「えっ……!」


驚きに目を見開き、私はその光景を見つめた。さっき老人が口にした「魔力」という言葉。そして今、自分の手元から放たれている現実に驚愕する。理解できない状況に、思わず笑ってしまった。喜びや戸惑い、さまざまな感情が一気に湧き上がり、言葉にならないまま笑みがこぼれる。


だが、次の瞬間、老人が目を開き驚愕の表情を浮かべた。


「おかしい……こんなことがあるはずがない。お前には魔力が全くない……」


その言葉に私は笑いを止めた。


「魔力がない?」


「そうだ、この世界に存在する全てのものには魔力が宿っているはずなんだ。なのに、お前にはまったく感じられない。これは一体どういうことだ?」


老人は訝しげな表情を浮かべ、私を見つめる。私の心には一瞬、魔力があるかもしれないという期待がよぎったが、それはすぐに老人の言葉で打ち砕かれた。「魔力がない」と告げられたことで、現実の重さが一気に押し寄せてくる。


息を呑んだが、何か説明しなければならないと感じ、とりあえず自分の状況を話すことにした。


「……実は、俺はここと似ているけれど、全く違う世界から来たんです。おそらく、死んだんだと思います。記憶は全部ありますが、ここがどこなのか、全く分からないんです……。」


その説明を聞いた老人は一瞬驚いた様子を見せたが、次の瞬間、大声で笑い始めた。


「ハハハハ!転移者か!」


その言葉に、私はさらに困惑した。


「…転移者?それって、この世界では珍しくないことなんですか?」


「いーや、珍しいもんさ。ただし、歴史上では存在が伝えられておるよ。お前さんがその一人ってわけだ。」


そう言うと、老人はまた嬉しそうに笑い出した。老人が楽しんでいる様子に少し気が抜けたが、同時に自分がこの世界で異質な存在であることが、少しずつ現実感を帯びてきた。


「魔力がないというのも、納得だな。お前さんはここの世界の生まれじゃないからな。だが、審判の部屋に行けば、もしかすると魔力が目覚めるやもしれんぞ。」


「審判の部屋?」


老人は私の問いに頷くと、すぐに説明を始めた。


「いいか、審判の部屋ってのはな、この世界の全ての人間が25歳までに訪れる場所だ。そこに入ると、自分の持っている能力や適性が見える。多くの者はそこで自分の魔力が発現する。魔力が目覚めれば、お前もこの世界の一員として塔に挑むことができるだろう。」


私は耳を傾けながらも、この「審判の部屋」というものに興味を引かれた。


「その審判の部屋に行けば、俺にも魔力が…?」


「まぁ、可能性はある。だが、それはお前の運次第だな。ここじゃ、塔に挑む者を『ランダー』と呼ばれてるんだが、ランダーになるには審判の部屋で適正が満たされる必要があるんだ。」


「ランダー…」


「そうさ、ランダーってのは、塔に挑む者たちのことだ。お前さんも塔を見ただろう?あの巨大な建物だ。あれは今、7本存在しているんだが、そのうち6本はもう踏破されている。どこに入っても、最後はこの塔に繋がっているんだよ。」


「塔が7本も?」


私は驚きを隠せなかった。これまで異世界に来たかもしれないと感じていたが、その異世界に7つもの巨大な塔が存在するという話は、完全に非現実的に思えた。


「そうさ。最初にあの塔が現れたのは今から1000年ほど前だ。塔はただの巨大な建物じゃない。あれは迷宮――そうだな、ダンジョンみたいなもんだ。塔の中は広大で、3階層しかないが、各階層はまるで別世界のように広がっている。そして、塔を踏破すると、一つだけ願いが叶うんだよ。」


「願いねぇ」


「そうさ。どんな願いでも叶うって話だ。そのために多くのランダーが塔に挑む。そして、その結果、6本の塔はすでに踏破された。だが、この塔だけは未だに征服されていない。」


私はその話に圧倒されながらも、徐々にこの世界の輪郭が見えてきた。この世界には塔があり、その塔を登る者――ランダーが存在する。そして、塔を征服すれば、どんな願いも叶うというのだ。


「まずは、お前さんが審判の部屋に行くことだな。そうすれば、自分の魔力が目覚めるかもしれんし、そこからお前さんの新しい人生が始まるかもしれんぞ。」


老人は楽しげに話し続けたが、私はその言葉の一つ一つに期待と不安を感じながらも、これからの自分の道が少しずつ見え始めているような気がした。






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