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契約、そして地下聖堂

 翌朝の授業は、てっきりロームさんが担当するものだと思い込んでいたが、私の予想は見事に外れた。教室に入ってきたのは黒髪の悪魔ことクロエ先生だった。クロエが現れると、それまで騒がしかった教室は急に静まり返る。低い声が教室に響き渡った。


「皆さんはこれより、いくつかの制約を守るために“契約”をしていただきます」


 彼の静かな口調に、教室の空気は一層引き締まる。


「内容は二点。まず、学園聖堂でのルールを順守し、聖堂に関する事柄を学外で口外することを禁じます。そして、学内在校中、魔力を規定範囲内に制限すること。この対価として、講師は学内の生徒に悪意ある危害を加えない」


 ここで一拍置き、冷静な声で続けた。


「この二点の契約を何らかの形で破った場合、"ペナルティ"を受け入れてもらいます」


 クロエがそう告げると、各生徒の前に魔方陣が現れる。規則的な幾何学模様が浮かび上がり、柔らかな光を放っていた。


「同意した方を正式に学園生徒として認めます。そして、聖堂へご案内します。心の準備ができた方から魔方陣に手をかざしてください」


 私は静かに魔方陣に手をかざした。他の生徒たちも、躊躇する者、あくびをしながら同意する者、それぞれの反応を見せていたが、最終的には全員が同意した。その瞬間、魔方陣が強く光り出し、鎖のようなものが生徒たちの胸に吸い込まれていく。体内のどこかに巻き付く感覚と鈍い痛みが走った。


 クロエは淡々と確認するように言葉を続ける。


「では、これで全員の契約が完了しました。質問のある方はいますか?」


 お約束のようにエドガーが手を挙げた。


「今の魔方陣、いや"契約"って先生の能力なんですか?なんか、人の域を超えてません?」


 クロエは微笑を浮かべながら答える。


「ご質問にお答えしましょう。皆さんもご存じの通り、私は無属性──6属性の講師です。そして契約は、私の固有能力です。ただし、この能力にも多数の制約や代償があります。決して万能ではありません。6属性は希少かつ覚醒が難しい能力ですが、皆さんも塔に入ると時々こうした能力者に出会うことになるでしょう」


 エドガーは納得がいかない様子で眉をひそめながらも、しぶしぶ席に戻った。他の生徒たちはそれぞれ静かに頷く。事前にこうした話を知っていたかのような態度を見せる者もいた。


 クロエは区切りをつけるように言った。


「他に質問がなければ、聖堂に移動します。私についてきてください」


 聖堂はアカデミー校舎の裏手、寮の近くに位置していた。小さいながらも精緻な装飾が施された祠のような建物だ。クロエが建物の前に立つと、地面がゆっくりと開き、地下へ続く階段が現れた。


「ここから先は私語を慎むように。静かについてきてください」


 クロエの言葉に従い、私たちは無言で階段を降りていく。階段の両側にはさまざまな石像が並び、不気味さと荘厳さを兼ね備えた空間だった。降りる時間が異常に長く感じられたが、ようやく広い踊り場に到着した。目の前には重厚な両開きの扉がそびえ立ち、階段はさらに下へと続いている。


 クロエが扉を押し開くと、静かな光が空間を満たした。そこに広がっていたのは、大量の水晶が整然と並べられた巨大な部屋だった。大小さまざまな形の水晶に、人が閉じ込められているのが見える。その姿は、まるで生きているかのようでありながら、どこか非現実的だった。微笑む者、苦しげな表情を浮かべる者、それぞれの顔が水晶越しに映し出されている。


 私は直感で感じ取った。この場所は“墓”だ。


 クロエが静かに語り始めた。


「ここが聖堂です。この人々は、ウォーカーになるはずだった者たちです。生きているとも言えますし、亡くなっているとも言えます。塔内の特定の場所に存在する水晶石──特殊な鉱石の力によって、ウォーカーになる前に水晶化したのです」


 クロエはさらに説明を続ける。


「この水晶石は、年間わずかしか採取できない貴重な資源です。アカデミーを卒業する際、生徒たちに1組につき1つが与えられます。ただし、この水晶石は死を回避するものではなく、死を一時保存するものに過ぎません」


 生徒たちは静まり返ったまま耳を傾ける。


「私たち講師は、数多のランダーを教育する者であり、同時に墓守でもあります。皆さんがランダーになった後、私と再会する場所がここでないことを祈っています」


「この下には何層もこういった場所がありますが、知人がここに安置されない限り、ここへの立ち入りは禁止されています。当然、水晶に触れることも禁止されています。」


「以上で聖堂のルールと説明を終わります。もう少し見学した後退出しますので自由に回ってください。」


 クロエの言葉が響き渡る中、私は不思議な感情に包まれていた。この水晶の中の人々──その美しさと悲しさが入り混じった存在に、どう向き合えばいいのかわからなかった。


 生徒たちは思い思いに部屋を歩き回り、水晶を眺めていた。中でも目立ったのは二人。カインが声を荒げてクロエに何かを抗議しており、イリスは水晶の前で祈りを捧げていた。どちらも他の生徒たちとは異なる真剣な表情を浮かべている。


 私はただ静かにこの場所を歩き回りながら、水晶に込められた何かを感じ取ろうとしていた。


 聖堂の参拝が終わり、教室に戻ると講義終了がクロエに告げられた。午後の講義までの昼食休憩となったが午前中の重い空気を引きずる生徒たちは、誰もが沈黙を守りがちだった。そんな中で唯一、エドガーだけはいつも通りの調子を崩さない。


「カインく~ん、何を先生に抗議してたの?」

 唐突に放たれたその言葉に、教室の全員が一瞬息を呑む。エドガーらしいといえばらしいが、このタイミングでその話題に触れるのは無神経すぎる。誰もが聞き耳を立てていたが、反応はあくまで慎重だった。私も例外ではない。


「お前には関係ないことだ。失礼を知らないのか?」

 カインが冷たい視線を投げかけながら、静かに突き放す。予想通りの返答だ。


「くぅ~、言ってくれるね~。まぁいいや、そんなこともあるよね!なんでも心配事があれば相談乗るぜ~!」

 エドガーは意に介さず、軽い調子で返す。しかし、教室の誰もが思った。**「お前にだけは相談しないだろう」**と。


 そんな空気の中、予期せぬ相手から声がかかった。


「おい、飯食いにいこうぜ」

 声の主は、まさかのレオンだった。私は驚いて振り返る。


「お前さ、昨日俺に攻撃しようとしたのに今日は飯の誘いっておかしくないか?」

 警戒心を隠さずに問いかける。


「俺は弱くない奴としか関わりたくないだけだ。昨日は実力を知りたかっただけだよ」

 レオンはあっさりと言い放つ。その率直さに、逆にこちらが気を抜けてしまう。


「まぁ、いいか。行こうぜ」

 私は軽く肩をすくめ、誘いに乗ることにした。


 予想外の組み合わせに教室の全員がドン引きしている。その中で、再び空気を壊す男が現れた。


「あれあれ?仲直り?くぅ~、青春ってやつ?俺も混ぜてよ~」

 陽気な声を響かせてエドガーが割り込んでくる。場違い感を完全に無視している。


「雑魚は失せろ」

 レオンが鋭い目つきで一蹴する。


 だが、エドガーは全く怯まない。流石は教室一の陽キャだ。負けるどころか、さらに調子に乗る。


「ケチだね~、レオンちゃんは~!ツンデレか~?」

 にやにや笑いながら食い下がるその姿には、呆れるほかなかった。


「ったく、仕方ねぇな。ついてこいよ」

 レオンがため息交じりに許可を出す。その表情はどこか諦めが混じっているようにも見えた。


 こうして、奇妙なトリオが成立し、私たちは食堂へと向かったのだった。

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