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私の中のヒーロー  作者: マフィン
ノースフェイスとぬいぐるみ
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大きめのカバン

 荷出しを終えてひと段落した二人は、リビングになるであろう部屋に、小さめの座椅子を二つ並べ、その目の前に四八型の大型テレビを置いて、新しい生活空間を堪能していた。二人がいる場所以外はダンボールが散乱しており、新居のにおいとダンボールのにおいの覇者争いが、なんとも言えない臭いを漂わせていた。

 「今日のところはこれくらいにして、そろそろ夕飯にしようか?」

 「そうだね。残りは明日やろ。」二人は座椅子に根を生やして、トイレすら行くのがめんどくさくなっていた。

 「あっ、でも明日って言っても友花莉は学校だったね?」

 「まぁ、でも午前中で終わるから、その後すぐ帰って荷出しするから大丈夫だよ?」友花莉は明らかに嫌な顔をしていた。その矛先は少なくとも荷出しではなかった。

「でも新学期だし、転校初日だったら友達とどっか・・・。」母親の言葉に友花莉の眉間のシワが、どんどん深くなっていくのが分かった。

 「ないね。ごめん。」もはや友花莉は、今の言葉は母親の願望にも感じた。「ところで何食べる?私お腹空いたから結構食べれるよ?」

 「もうなんかデリバリーでも頼んじゃうか。」

 「確かに、引っ越し祝いだし家で食べよ。ピザ、ピザ。」友花莉は、スマートフォンでピザ屋を検索し、メニューを眺めた。

 「ママ何が良い?」和気あいあいとピザ論争が繰り広げられた。二人とも食へのこだわりが強いものの、注文はすぐに決まり、届いたピザをとりに行くじゃんけんまで済ませた。到着までは四十五分。ピザ屋にしては優秀な提示時間だが、友花莉はホールピザを五枚は食べれるのでは?と錯覚するほどの空腹だった。そこで、それをどうにか誤魔化すために、カバンからおもむろにスケッチブックを取り出すと、先ほど母親に見せていた絵を眺めながら、消しゴムと鉛筆を座椅子の脇で入れ替えながら、手直しをしていた。

 「よくそんな絵を描けるよね。」横で母親が感心しながら、テレビの午後のニュース番組をただ眺めていた。

 「うん・・・。」

 「誰に似たんだろう?」友花莉はごまかすかのように、鉛筆の動きが早くなった。母親は邪魔をしないように、テレビの音量を少し下げて、テレビに集中するふりをした。

 「なんか足りないんだよねぇ・・・。」友花莉はまた、スケッチブックを母親に見せた。「率直な感想をくれない?」今度ばかりは運転をしていないので、母親はしっかりとスケッチブックを見ることができた。やはりそこには、先ほど見たとても可愛らしい少女が、あどけないかわいい笑顔でこちらを見ていた。目を奪う可愛さ、次第に母親はこの少女に見覚えがあると思い始めた。

 「これは誰がモデルなの?」

 「え?別に・・・誰っていうのはないけどなぁ?なんで?」

 「いやなんとなく。」本人は自覚がないようだった。だが母親はどう見てもこれは、昔の友花莉にしか見えなかった。昔は友花莉も黒髪のロングだった。だがいつしか髪を切って以来、ショートヘアを維持していた。

 「なんか足りないんだよねぇ。」

 「具体的には?」

 「なんだろう?なんかありふれてるというか?」そう言いながら、いろんな小道具を持たせたり、服装を変えたりしていた。友花莉の周りはすっかり消しゴムのカスでいっぱいになってしまった。

 「確かに。なんかギャップがあったら面白いかもね。」

 「ギャップかぁ・・・。例えば何かあるかなぁ?」

 「例えばかぁ?」母親の対象を友花莉に変えてみた。

 「友花莉の好きなものは?」

 「好きなものって?ホラーとか?」

 「しかも尋常じゃないやつね。」母親は補足説明を加えながら、友花莉のSNSのプロフィール画像を見せてきた。一般的な人は、目を覆いたくなるような、この世のものとは思えない歪んだ顔に不気味な笑みを浮かべ、性別の判断をつけ難いものが写っている。母親は毎回、それを友花莉はかわいいと思っていることが、信じられなかった。

 「このプロフ画だけ見て、まさか持ち主が友花莉みたいな子だなんて、なかなか想像できないでしょ?」

 「なるほどね。なんかちょっとアンバランスな感じかぁ。」そう言いながら、友花莉はキャラクターにぬいぐるみを持たせてみた。

「小さい少女がでかいぬいぐるみを引きずってるって良いかなぁ?」キャラクターの少女の横に、少女の二倍くらいの大きさのぬいぐるみを描き足してみた。カバ、サイ、ゾウ・・・。友花莉はゾウのぬいぐるみを描いた時に、少ししっくりきた。だが、何かまだ足りない。

 「ゾウもちっちゃくしてみたら?」友花莉は母親のアドバイス通り、ゾウのぬいぐるみを小さく描き、小脇に抱えさせてみた。

 「え?なにこれ?めっちゃかわいいんだけど!」想像を超えた可愛さに、思わず二人は座椅子から転げ落ちた。

 「なんかのりおって顔してる。」そう言いながら、ゾウのぬいぐるみが手を振っているように、右腕を上に挙げさせてみた。

 「この子は動くぬいぐるみで名前はのりお。」

 「良いんじゃない?」

 「なんか話の路線も決まってきたかも。」友花莉は頭の中の霧が、晴れたような感じがしたが、まだ少し何かが引っ掛かっていた。

 「なんかでも、のりおを独立させたことによって、この主人公のアンバランス感がなくなっちゃったよね?」母親の言った言葉が、その引っ掛かりの正体だった。とそんな話をしていると突然、聞き慣れない音が家中に流れた。二人は少し考えてから、新居の来客を伝えるインターホンの音であると理解した。その瞬間、玄関からパン生地とチーズの香ばしい香りが二人の嗅覚を刺激し、空腹度をさらに底上げした。

 「私行くは。」じゃんけんであらかじめどちらが行くか決めたのに、結局二人で行くというのは、この家ではよくある現象だった。友花莉は誰が玄関先にいるか確認もせず、急に扉を開けた。そのおかげでピザを渡す準備をしていた宅配人の、前掛けにしていた大きなバッグが、思いっきり当たってしまった。

 「ああ、すいません。大丈夫ですか?」友花莉は必死で謝った。あまりの必死さに、宅配人は押され気味に「大丈夫です。」と消え入りそうな声で答えた。無事にピザの受け渡しと会計を済ませた配達人は、その大きなバッグを前から後ろに背負い直すと、「またお願いします。」と言い残し帰っていった。

 「あの人のカバンってもっとデカくなかった?」ピザと同じ大きさの熱々で香ばしい香りを漂わせた箱と、今度は胡椒と鶏肉のこちらも同様に香ばしい香りを発した箱を、両手で持った友花莉がおもむろに言い出した。

 「そう?あんなくらいじゃない?」

 「なんか最初前にかけてた時と、後ろに背負った時の大きさが違う気がしたんだけど気のせいかなぁ?」

 「遠近法とかじゃない?あとあの人身長結構あったし。」確かに自分の父親が175センチと考えたら、それよりあったに違いなかった。

 「多分私とか、それこそ友花莉が担いでたら、めちゃくちゃでかく見えるんじゃない?」その時、147センチの友花莉の頭脳にひらめきが訪れた。

 「カバンだ。」友花莉は、ピザを仮設テーブルのダンボールの上に雑に置くと、座椅子の上にあったスケッチブックを手に取った。

 「ちょっと。ご飯の後にしなさいよ。」そう言っている間に友花莉は、自分のひらめきをスケッチブックに書き起こしていた。

 「これだ。」友花莉が書いたスケッチブックには、先ほどの少女が右腕にゾウのぬいぐるみを抱え、自分の半分以上の大きさのカバンを背負っていた。

 「なんでノースフェイスのカバンなの?」

 「家にあったから。」友花莉は自分のアイディアに満足すると、自分が空腹であった事を思い出したかのように、仮設テーブルの上に置いたピザの匂いを感じた。


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