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私の中のヒーロー  作者: マフィン
ノースフェイスとぬいぐるみ
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特別な女の子

 この物語の主役は、憂鬱な気分で車に揺られていた。彼女は特等席だった助手席に、約八年ぶりに腰をかけた。真っ黒なショートヘアが、ちらちらとなびくくらいに空調を強めるのが彼女のお気に入りで、昔から靴を脱いで足をきれいに畳み、三角座りをするのが癖だった。もちろん今も、当時のように、同じ座り方で空調の風で髪をなびかせていた。だが八年も経てば、当時とは少し変わってしまうところもあった。それは運転手。当時は、彼女の父親と決まっていた。しかしこの数年での大きな状況の変化が、その当たり前を変えてしまった。そしてその大きな状況の変化は、今も彼女を憂鬱にさせる悩みの種として猛威を奮い、彼女を更なる変化に向かって押し流していた。彼女はできればこれが最後の変化であってほしいと願いながら、運を天にまかせている。

 「友花莉、なんか曲かける?」運転手の母親は、フロントガラスの先を見ながら、手探りにカーオーディオを操作した。しかし、彼女にとっては運転中にハンドルの手の位置の十時五十分を崩すことは、自分と娘の命を危険に晒してしまう死活問題そのもの。満足に操作なんて出来るわけがなかった。

 「私は大丈夫だけど、ママがかけたければ私がやるけど?」

 「じゃあ、お願いしても良い?」

 「分かった、何が良い?」友花莉は、カーオーディオのアルバム一覧を、ざっと眺めた。「これとか良いんじゃない?」車に曲が流れ出した。想像より音量が大きく、二人の体が少し飛び上がった。

 「良いじゃん。」運転手の母親は、ようやく赤信号で停車し、ハンドルから手を離すことができた。

 「こんな曲、車に入ってたっけ?」

 「さぁ、私も久しくこの車に乗ってなかったから。」

 「確かに、昔はよくお父さんと・・・。」友花莉は、慌てて会話を止めた。その間に信号機が、日差しに負けず、二人を青く照らすと、車は再びゆっくりと走り始めた。車内は車のエンジン音とカーオーディオから流れている曲が、混ざりそうで反発しあいながら、響いていた。

 「ごめんなさい。」友花莉が会話を始めた。

 「何が?」

 「いや、話題に出しちゃって・・・。ママが辛いのに。」母親は笑い出した。

 「別に辛くなんかないよ。むしろせいせいしたから。」母親は清々しい表情を浮かべていたが、すぐに表情は曇りかかった。「友花莉こそ、パパのあんな姿見せちゃってごめんね。」友花莉も首を横に振った。

 「ううん、私も、あんなクソ野郎って早く気づけてよかった。」

 「クソ野郎なんて言葉、あんたみたいな可愛い子が使っちゃだめよ。」母親の叱責に対して、友花莉は先ほどまでとは打って変わって、意地の悪い顔になった。「でも、マジであんなクソ野郎の血が入ってると思うと、吐き気する。」

 「あんたは大丈夫よ。ママに似てるから。」

 「だと良いけど・・・。」友花莉は正直、その言葉を信じられるほど、自信はなかった。

そしてまたしばらく、カーオーディオが沈黙の場を繋いでいる状態が続いた。車は高速道路をしっかり法定速度を遵守し、途中煽られたりしながら、なんとか走り切ると、友花莉たちの新しい生活の地へ降りたった。降りて早々、大きな川があり、川岸に余す所なく桜が咲き乱れていた。二人は寄り道感覚で、その桜並木を走ることにした。

 「満開だね。」

 「風で花びらがめっちゃ舞ってるけど。」友花莉はその光景を笑いながら、スマートフォンで写真に収めていた。

 「これじゃあ、明日の始業式には全部散ってそうね。」

 「そうね。まぁ始業式なんて、学校行ってクラスに分かれて宿題出したら帰るし。」

 「まぁ確かにそうだけど・・・。でも友花莉にとっては、新しい学校じゃない。」友花莉は眉間にシワをよせ、笑みを浮かべた。

 「いやぁまぁそうだけど・・・。言うてあと一年だしなぁ。進路も決まってるし。正直、卒業できればなんでも良いかなぁ?」

 「まぁそうね。」母親は運転に集中しているフリをしながら、返す言葉を探したが、うまく返す言葉は見つからなかった。

 「まぁそれが一番難しんだけどね。」それを感じて、友花莉も笑って誤魔化した。

車はいよいよ新しい家の近辺にたどり着き、母親がカーナビと睨めっこをする頻度が上がっていた。

 「ところで、課題の方はどうなの?順調?」

 「絵の話?順調だよ。キャラクターのデザインは決まったから、あとは背景とかかなぁ?」友花莉が絵について話している時が、一番饒舌で声も生き生きとしていた。

 「そっちじゃなくて、」友花莉の頭の上には、はてなマークが三つほど浮かんでいた。「学校の春休みの課題よ。」

 「あー。多分・・・。」友花莉の声のトーンは、先ほどとは比べ物にならないくらい落ちた。母親は毎回、この時が一番親になって嫌な瞬間だと思った。

 「新学期早々、課題提出しないのはやばいんじゃないの?」しかし、友花莉は今まで一度も、文句や怒りの矛先を母親に向けたことがなかった。それは今回も例外ではないが、心穏やかではない。

 「そもそも私は、学校の説明会の時に課題渡してきた時点で、引いたね。」友花莉の言い方からして、相当苛立っていることを、母親は容易に感じ取ることができた。そんな話をしていると、母親が異様に辺りをキョロキョロし始め、ウィンカーを出して曲がる頻度が明らかに増えた。

 「ていうか絵は背景だけって言ってたけど、漫画でしょ?後のシナリオとかは?」母親は娘の気持ちを考えすぎて、道を間違え、今どこにいるのか分からない事を言えずにいた。

 「そうなのよ。キャラクターのデザインはいっぱい思いつくんだけど。」そう言いながら、友花莉は自分の鞄から、スケッチブックを取り出した。母親は今がチャンスとばかりに、カーナビと睨めっこをして、新しい道の目星をつけていた。

 「あれ?もしかして、道迷っちゃった?」

 「いや、大丈夫よ。いける。」母親は必死で誤魔化した。

 「私、カーナビ見ようか?」

 「大丈夫。」友花莉は出発してすぐカーナビを見ていて、ひどい車酔いに見舞われた事をすっかり忘れているようであった。母親はすでに、道の目星をつけることはできていた。

 「ねぇ、見て。」友花莉が横で、スケッチブックを広げているのを、視界の端で確認はしていた。目的地までの道のりは、あと次の角を右に曲がり、大きい通りの三つ目の信号を左に曲がったすぐ近くのアパートだった。恐らく到着まで五分。待ってもらうか、今見てしまうか。母親は悩んだ。

 「ちょっと待って。あと少しで着くから。」言葉でそう言いつつ、顔はスケッチブックを見ていた。そこに描かれていたのは、小さな少女だった。小さいとは言っても身長の話で、容姿年齢は、友花莉と同じ高校三年生くらいに感じた。目はぱっちり二重で、髪の毛は黒髪のストレートでロングヘアだった。とは言っても、まだ鉛筆での下書き段階なので、髪色は違うかもしれなかったが、他の見た目から考えても、黒髪じゃなきゃおかしいと母親は感じていた。そして何よりも、目を離したいのに、見続けてしまう、目を離しても何度も見てしまうほど魅力的で、我が子ながらに才のある絵だと感じた。母親は鑑賞し終えると、すぐに運転に集中した。隣で友花莉がいろいろと説明をしてくれてはいたが、今度は、どこの道を間違えたのか探すのに必死だった。

結局車は、大通りとはうって変わって、いくつも曲がり角がある裏道を右往左往し、ようやく予定時刻を三十分すぎて、目的地のアパートの前で停車することができた。もう既に引っ越しのトラックが、荷出しを始めてくれていた。

 「ご苦労様です。」母親は笑顔で、引っ越し業者に挨拶をした。そのすぐ後から、勢いよく車から友花莉が飛び出してきた。

 「ごめん、トイレ。」家にたどり着くために、やむ終えずカーナビを操作した友花莉の顔は、青白くなっていた。そして記念すべき新居初の、トイレユーザーの座を獲得したのであった。


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