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11月15日

冷たい風が頬をかすめた。と思ったら肩に小さな雫が降りかかった。

「げ、降ってきた」

外回りで偶々街を歩いていたら突然の雨に見舞われるなんて逆に私、運いいんじゃないか。みたいな馬鹿なことを考えながら私は歩みを速めた。

                 ************

「ただいま戻りました~」

「おお、お帰りー。雨大丈夫だった?」

会社に戻り、席にカバンを置くと三年前私の教育係を担当していた佐々木先輩から心配の目を向けられた。

「いえ!ばっちり濡れましたよ!!」

グットポーズを掲げると苦笑いが返された。なんか、気を使われた気がする。

首元をハンカチで拭きながらカバンからさっきの外回りで先方の方から頂いた資料を取り出す。内容は半年後にリリースするCDの収録曲の候補が書かれている。というのもさっきの外回りは音楽事務所に行き、アーティストのKEMUさんとそのマネージャーの方との会議だったのだ。本来は前回リリースしたCDに収録されていない楽曲を収録するものだが、彼はカバーの活動、所謂「歌ってみた」もしているためその中でどの曲を入れるか彼自身も悩んでいるということで。そこで私が収録時間やCDの雰囲気から考えながらいくつか候補を挙げることになったのだ。簡単なことに思うかもしれないが、最近はCD全体を通して一つの小説を読んでいるかのような臨場感を出すアーティストもたくさんいる。それによってリスナーの印象も変わってくるだろう。ただ曲を順番に入れていくだけではだめなのだ。同時にリード曲などのもろもろも考えなくてはいけない。やばい、資料見てるだけなのになんか疲れてきた。

よくない、よくないと思い、私は頬を両手で挟んだ。

「あれ、夏目ちゃんお悩み中?」

またもや佐々木先輩に気を使わせてしまった。

「いえ~。ちょっと脳への糖分が足りなくなってきたなと感じてただけです。」

「それは大変だ。特別に今日の夜お疲れの夏目ちゃんを久しぶりにおすすめの飯屋に連れてってあげようかな?」

佐々木先輩からの何とも華やかな提案に私は目を煌めかせた。

「是非!!!」

「行くかー!あ、じゃあさちょっと夏目ちゃんに会わせたい人がいるんだけどそいつもいい?」

そいつって言い方に違和感を感じる。大雑把な性格な佐々木先輩だけど人をそいつ呼びするなんてとても珍しい。

「もちろん私はいいですけど、こんな急じゃその方に迷惑になりませんか?」

今の時刻は16時を少しすぎた頃だ。こんな時間に夕食のお誘いなんて誰だっていい気はしないだろう。

「大丈夫、あいつどうせ暇だから。」

「大丈夫ならいいですけど。その方ってお友達なんですか?」

砕けた話し方から察するにそうなのだろう。しかしだとしたらなぜ私に紹介したいだなんて言うのだろう。

「俺と昔何回か一緒にCD作ったコンポーザーだよ。いいやつなんだけどさ思いつめやすくてさ今活動休止してんだよね。先月一緒に飯いったんだけどさ、もうそろそろ誘わないと多分やばいんだよね。」

「…やばいと言うのは?」

先輩の眉が歪んだ。

「あいつほっとくと飯食わなくなるんだよね。今までに何回か倒れたこともあってさ。」

おお。大丈夫か先輩のお友達。

「是非ご一緒しましょう。私も心配になってきました。アーティストの方でそういう方いらっしゃいますもんね。」

音楽に限らないが、アーティストには大きく分けて二通りの人がいる。自分の作品を作り上げるときに自分の命を活性化させる人と、逆に削る人だ。創作活動をすることで、自分の生活に彩をもたらす人もいれば反対に活動以外が灰色のように見える人もいるのだと、この仕事をして沢山のアーティストの方と出会い身をもって感じてきた。

「それに色んなコンポーザーと会っとくのは大事でしょ。」

多くの人と関わることが必要になるこの仕事には人脈は大きな意味を持つ。

「そうですね。では私は定時までこの案件に全力で取り組むとします。任せてください。」

「頑張れ~」


終業の甲高い鐘がなった。

あれから夢中で作業に没頭していた私は突然の大きな音に肩が上がった。

時計に目をやると針は6を指していた。もう定時か。日に日に時間が過ぎるのが早くなっている気がする。歳を取っているということだろうか。そういうことだろう。やばいなんか落ち込んできた。

「おーい。夏目ちゃん飯行くよ~」

佐々木先輩の声に顔を上げると上着を着て準備していた。

「はーい!」

急いで席を立つと私もコートを羽織った。


今日は花金というやつで街灯の光が目立つ道には仕事終わりのサラリーマンやOLが沢山歩いていた。

私と先輩もそのうちの一組で。星が見えない夜空を見上げていた私の隣で先輩はスマホを見ていた。その姿を横目で見ながら、歩きスマホだめですよーと言おうとして口を開いた瞬間

「あいつもう店ついてるって」

先輩の声に遮られた。本人は自覚がないだろうけど。何となく負けた気がしながら今度は私が話す。

「今日は焼肉ですか?」

「惜しい。寿司屋です。」

「どこら辺が惜しいのか詳しく伺いたいです。」

私の軽口に口角を少し上げた後、斜め前の方向を「あそこ」と言いながら指差した。

都心では珍しい木造で造られており、如何にも美味しそうなお寿司屋さんという雰囲気だ。自然と口角が上がり歩幅も大きくなる。

「先輩!急いでください!お友達待たせてるんですから!」

「急に急ぎだしたな」


店内は枯山水の中庭があったり、店員さんが着物だったり全体に雅な雰囲気だ。

先輩は慣れた手つきで受付の店員さんと話をしている。行きつけなのだろうか。

「佐々木様ですね。先程お連れ様をお部屋にご案内させて頂きましたが、よろしかったでしょうか。」

「はい。ありがとうございます。」

上品に「恐れ入ります。」と言った店員さんは個室に先導してくれた。あ、着物の柄、桜だ。

綺麗だなと見惚れていると、「失礼します。佐々木様とお連れ様がお越しくださいました。」と襖の向こう側に声をかけた後、しゃがんで開けてくれた。

襖の向こう側に姿勢よく座っていた彼は、派手な青色の髪色に全身真っ黒の服装でネックレスとピアスを付けていた。若そうな外見に反して、肌は透き通るように白く、体幅は木の板のように狭かった。

先輩が心配する訳だと一人納得しながら、敷居を跨いだ。


「久しぶり。さっき連絡したように今日は後輩を連れて来たから。名前は夏目雪ちゃんね。」

「夏目と申します。よろしくお願いします。」

頭を下げて改めて名乗ると、慌てて立つ音が聞こえた。目線を上げると彼が腰を上げ同じように頭を下げてくれた。

「あ、えっと、アオという名前で活動しています。こちらこそよろしくお願いします。」

外見のキラキラした印象とは違い、慎ましく丁寧な自己紹介をして頂いた。いい人そうだなと思いながら「顔上げてください」と声を掛けるとはにかんだ表情と目が合った。つられて私も笑顔になってしまう。

腰を掛けた椅子は座る部分が畳になっていて少し柔らかい感触を感じる。荷物を椅子下の籠に置き、店員さんに注文をした。早くもお寿司が楽しみだけど、初対面の方を前にして少し緊張してしまう。

「夏目ちゃんこいつチャラそうに見えるけど本当は幼女アニメ大好きなオタクだから緊張しなくていいよ。」

先輩がアオさんに細めた目を向けながらからかったような口調で突然なんかすごいことを言った。

「わー!!佐々木くん急に何言ってんの!やめて!」

「だってほんとのことだろ」

「だからって今ここで言わなくたっていいでしょ!!」

「じゃあ、いつ言えばいいのさ」

「どんな時でもそんなこといわなくていいの!」

兄弟のようなやり取りに思わず笑ってしまった。

すると二人と目が合い、先輩は爆笑し、アオさんは恥ずかしそうに俯いている。あ、笑うの感じ悪かったかも。

「笑ってしまいすみません。どんなアニメがお好きなんですか?」

顔を上げたアオさんは意外そうにこちらを見る。なんだろうか。

「…引かないんですか?」

「…何にですか?」

「…僕がそういうの好きなことにです。」

幼女アニメが好きだということだろうか。別に人が何かを好きになるのは個人の自由だ。何を好き嫌ってもそこに優劣などない。むしろ人の好みにケチをつける人のほうが私のドン引き対象だ。

「全くですね。ただアオさんはどんな作品が好きなのか気になるくらいです。」

そう言うと、少し目線を机の上にやったかと思うと直ぐに私のほうを見て微笑んだ。

「そう言っていてだけて嬉しいです。見た目と反した趣味にいつも顔をしかめられることが多いので。」

容易く想像がつく。そういう偏見と自分の価値観がこの世界の全てだと思っている人がそういう表情をすることも、次の瞬間なんと発言するかも。「意外ですね。」「想像と違いました。」あなたは何を想像して、何に期待して、こちらに何を言ってほしいのだろうか。それをなぜ押し付けられなくてはならないのだろうか。理不尽すぎやしないか、なんて考えていたら目の前の人が瘦せすぎている理由の片鱗に触れた気がした。

「私は好きなことがあるだけで素晴らしいと思いますよ。」

私も同じように微笑んだ。彼はその細い背中にどれ程の荷物を背負っているのだろうか。

その後アオさんが好きな作品の話や最近あった出来事などを話し、お店を出て別れるころには緊張などなくなっていた。


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