出会い
「こらこらミーちゃん、どこへ行くんだ。」
リードを引きずった黒猫が目の前を横切る。
昼休みを終えて会社に戻るところだった私は、過ぎていった猫を追いかけひょいと捕まえた。
「あばあちゃんを困らせちゃダメでしょう。」猫にそう語り掛けると、大きな口でくわーっとあくびをした。
「ありがとうね。」後から追いついたおばあちゃんが、ふうと一息つく。「いつもわたしの隙をついて、するりと逃げだしちゃうんだよ。」
私は猫を渡して、いえいえとかるく頭を下げた。
「この子が走り出すといつも、ろくなことが無いんだよ。今朝だって、この子が走り出したすぐ後に、私の後ろの塀が崩れてねえ。」
私が、大丈夫だったんですかと尋ねると、大丈夫大丈夫とおばあちゃんは笑った。
「まあある意味、この子は私を助けてくれているのかもしれないね。」
「賢い猫ちゃんですね。」
賢いのかどうかは分からないけど、とにっこり笑っておばあちゃんは続ける。
「元気すぎて困るんだよ。魔法やスキルがあれば、ミーちゃんの言ってることも分かるのにね。」そう言って、優しい目で猫を見つめる。
私は目の前のおばあちゃんから、魔法だのスキルだのという言葉が出てきたのに驚いた。今どきのおばあちゃんは、漫画やゲームも嗜むのか。孫の影響?よく見れば、カバンに付いているマスコットも、何かのキャラクターのもののようだ。全体的にシックな服装なので、派手な色合いのそのマスコットだけが浮いているように感じた。
そんなことを話している間にも、猫はぎゅうぎゅうとリードを引っ張っている。
おばあさんは、さて、とそんな猫を抱き上げて、「それじゃあ、ありがとうね。」とくるりと来た道のほうへ向かって歩き出した。
その時だった。
急な爆音とともに私の視界は一瞬ぶれてゆっくりとかすんでゆく。ふと目線をおばあちゃんの方にやると、猫と一緒に倒れているのが見えた。一体何が起きたの、この後会社に戻らなくちゃいけないのに。
朦朧としていく意識の中で、「こ、これは異世界物の定番の――」と、おばあちゃんの声が聞こえてきた。