望まない結婚
「王から「ラヴィニアをソティス家から追い出すように」といわれ、私とホークスとトーヴァが話し合って決めた結論だ。これでも手ぬるい形で決着をつけたのだ。王にもこういう形でいいかと確認し、多大なる慈悲で了承をもらえた。もう決定事項だ、納得して受け止めてくれ」
お父様がわたしの前でここまで饒舌にしゃべる事は珍しい。それがこんな事でなんて、皮 肉なものだ。
でも、それを鼻で笑う余裕なんてないぐらい、今のわたしは動揺していた。
「わたしが何でトールなんかに嫁がなければいけないんです!?」
「今の自業自得で王子から捨てられ、ソティス家とももう名乗れないお前を引き取ってくれる家など、アーゲンスト家以外いない。これ以外でソティス家を離れるとしたら、修道院に預けるか、市井に放り出すぐらいしか道がないぞ」
「わたしはそもそも王子がいうような事はしていません!」
「トーヴァにも聞いたが、お前がアンネ嬢をいじめていた事は事実だが、かなり話は膨らまされていたようだな。だが、証拠もあるようだし、向こうの言い分を覆すのは難しいだろう」
お父様がわたしの事を信じたのか、と意外に思う。お父様はわたしの事などその辺に飛んでいる塵のように思っているのに。
「そもそもいじめなんて事をするからこうなったのだ。原因をまいたのはお前だぞ」
「……人の婚約者を誘惑するような人も悪いのではないですか?」
サーシャともこんな風なやり取りをしたなと思いながら、お父様に言い返す。
「お前は血の繋がりがないのに、マヤに似た事をいうな」
「は?マヤ様と?」
マヤ様とはお父様の正妻で、わたしのお義姉様をお産みになった方だ。
世界で一番と言って良いほど嫌いな人と似てるといわれ、わたしは不機嫌な気持ちになる。
「トーヴァは婚約者がいたのにも関わらず、それを破棄して、もうソティス家の人間と名乗れない、妻にしても旨味のないお前を娶ってくれるといっているんだ。感謝して、よき妻となるんだな」
「……別に頼んでしてもらった訳ではないですから。トールと結婚するぐらいなら、修道院にでもなんでも行きます」
お互いの事を好いている婚約者がいた人間と、婚約破棄をさせてまで結婚するだなんて、そんな事しようとは思えなかった。そんなの、癪だけど人の婚約者を誘惑したアンネより質が悪いではないか。
どんな顔をして結婚生活を送れというのだ。トールに対して、わたしにだってそれぐらいの良心の呵責はあった。
「ラヴィニア様、急な事で驚かれたかもしれませんが、愚息はあなたとの結婚に乗り気です。我が家ではソティス家程生活水準の高い暮らしは出来ないでしょうが、こいつはあなたを幸せにするための努力ならいくらでもするでしょう。どうか我が家にきてもらえないでしょうか」
今まで黙っていたホークスが口を開いた。
わたしはホークスの事が苦手だった。トールより年季が入ったクソ善人っぷりが、面倒なのだ。
でも、今の発言は元からホークスの事をよく思ってない事を抜きにして、わたしの癇に触った。
……トールと婚約者が一緒にいる所をわざわざわたしの視界にいれ、仲がよくて将来安泰だとわたしに笑いかけたのは、ホークスじゃない……!
「……トールなんて全てにおいて格の低い男なんて、願い下げよ」
わたしは両想いの婚約者がいたのにこの女のせいで引き裂かれたと思われ続ける結婚生活を送るなんてごめんだ。
それがトールだったらなおさら、と何故かわたしは思った。
「僕は確かにあなたのお眼鏡にかなう男ではないかもしれません。ですが、あなたのためならなんでもできる自信があります。どうか、僕のあなたへの気持ちに絆されて、結婚していただけませんか」
トールはそういって笑いかけてきた。
その微笑みも、以前婚約者にみせていたものとはかけ離れている事が、どうしようもない気持ちになる。
確かにトールはわたしの側にいるといった。だが、わたしに対する想いより、婚約者に対する気持ちの方が大きいのは火を見るより明らかだ。
理由は簡単だ。トールは婚約者に恋してるから。
わたしはトールに返事をしないまま、踵をかえした。
「とにかく、わたしはトールなんかと結婚はしません。自分の部屋に戻ります」
そのまま歩きだそうとしたわたしの足をお父様の声が止めた。
「ラヴィニア、お前に修道院の質素な暮らしが出来るのか。町に放り出されて、庶民と同じような暮らしが出来るのか」
「……っ!」
「答えは否だ。お前も少しは分かっているだろう?今まで腐っても公爵家のお嬢様として暮らしてきたお前に、そういう暮らしは無理だ」
「……そんな事」
「ないとはいわせないぞ。トールのような出来た男に何の不満がある、お前は贅沢すぎるんだ」
そういってお父様は机におかれた使用人を呼ぶベルを鳴らした。
近くに待機していたのか、すぐに使用人は現れた。
「アーゲンスト家行きの馬車はもう準備出来てるか?」
「はい、準備万端でございます」
「ラヴィニアを連れていけ」
「かしこまりました」
そういって、使用人はわたしを羽交い締めにすると、布をわたしの顔におしあててきた。
何してくれてるのよと言おうとして、クラリと視界が暗転する。
「手荒な事をしてすみません、ラヴィニア様。当主様から預かったあなたの事は、一生大切にさせていただきますから、どうかお許しを」
「ラヴィニア。今のお前にとっては不本意かもしれないが、いつかこの選択が間違ってなかったんだと思ってくれたら嬉しい」
お父様とホークスの声がうっすらと聞こえた。ぼやけてく意識の中では、彼らが何をいっているかまでは分からない。
薄れゆく意識の中、トールと目があう。
トールは場違いな程優しく微笑んで、わたしを見ていた。