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求めていた「いつも通り」

 といっても、このままずっと監禁され、無理矢理抱かれ続ける生活を続ける訳にもいかないのも事実だった。

 こんな毎日を過ごしていたら、いつかわたしはトールの言う通り壊れてしまうかもしれない。今だって、食事が喉を通らない程度にはまいってしまっているのだから。


 だからこそ、わたしは「トールとずっと一緒にいる」という事は誓えないけど、ついその申し出には乗っかってしまったのだ。

 ……正直、この生活で感覚がおかしくなってしまっていたという自覚はある。いつものわたしだったら絶対しなかった事だろう。


「……何故?どうしてですか、ラピス様」

「あら、あんたが最初に言い出したんじゃない」


 毎日起きた時にトールにキスをすれば、わたしをこの部屋から出すのを考えてあげなくもない。


 わたしはトールに寝起きの際にそういわれ、キスをしてやったのだ。そうしたらトールは目を白黒させ、激しく動揺をあらわにした。

 わたしは慌てふためくトールをみて、気分がよくなる。こんな風にトールをやり込められたのはいつぶりだろうか。やっぱり、わたしはトールより精神的な立場が上になってるぐらいの方がちょうどいい。


 トールは段々落ち着いてくると、じわじわと嬉しそうな顔をし始める。


「でも、そうか。これからはラピス様に毎朝キスして頂けるんですね、なんて幸運な事でしょう」

「約束、覚えているわよね」

「……正直、本当にしてもらえると思ってなかったので言ったという面があるのですが」

「は?何ですって?」


 わたし史上近年稀にみるドスのきいた声がでてしまった。

 トールは一気に青ざめた顔になると、おろおろとする。


「約束は守ります!ちゃんと部屋からお出しする事も考えますから!」


 あまりにもトールは必死になるものだから、わたしは何だかおかしくなって笑ってしまった。


「ふふ、あはは、あはははは!」


 トールが物珍しそうにわたしをみる。

 わたしはここまで爆笑する事はあまりないので、当然ではあった。

 何というか、久々に昔みたいなトールが戻ってきたようだ。

 トールと以前みたいな感じの会話が出来た事に、認めるのは癪だけど嬉しさを感じる。

 トールがこのまま元のトールに戻ってくれたら、いいのに。


「……ラピス様?泣かれているんですか?」

「は?」


 トールはわたしの目からこぼれるものを指でぬぐった。

 ……わたし、泣いてる?

 トールの愉快な様子に笑ったり、かと思えば感傷的な気分になって突然泣いたり、今のわたしは情緒不安定なのだろうか。


「ラピス様……僕はやっぱり、あなたを追いつめすぎているのかもしれませんね」


 そういってトールは自嘲するように笑った。

 わたしのあんまりの情緒不安定っぷりにトールも何か感じる事があったのだろうか。

 トールは何かを決意したような顔でいった。


「ラピス様、今日、僕はあなたを抱かない事に決めました」

「……は?」


 わたしは耳を疑った。

 あんなに毎日毎日無理矢理わたしを抱いてきていたトールが?何でまたそんな急な心情の変化がおきたんだろう?

「言ったでしょう?別に僕は本心ではあなたを壊したい訳ではないと。あなたが泣かれるなんて、よっぽどです」

「別に悲しくて泣いたんじゃないわ。笑いすぎて涙が出てきたのよ」


 わたしは自分が感傷に浸っていたせいで泣いていたと、認めたくなかった。トールの前なら尚更だ。


「……ラピス様はどんな時も強がりだけは忘れませんね。困った人だ」


 トールはやれやれと呆れたようにため息をついた。


「とにかく、今日はあなたを抱きませんから。でも、朝起きた時にラピス様にキスをしてもらう事が出来なくなりますから、一緒に寝る事はします」

「それはするの!?」

「ええ。ラピス様も一緒に寝るぐらいはいいでしょう?最初はあなたからおっしゃられたんですから」

「は?」

「お忘れになったんですか?僕にとっては相当楽しみであり、相当忍耐が試される約束だったんですよ?」

「…………あぁ」


 そういえば、以前、アーゲンスト家主催のパーティーの晩から一緒に寝ようという約束をしていたっけ。結果としては、めちゃくちゃな事になってしまったけれど。


「あれは以前のトールだったら、の話よ。今の人を監禁してくる強姦魔なあんたと一緒に寝るなんて、嫌にきまってるじゃない」

「以前の僕も今の僕も僕は僕なんですけどね」


 トールはそういって複雑そうな顔をする。


 以前、わたしが今のトールは本当のトールじゃないといった時、一瞬敬語でなくなる程動揺していた事を思い出した。

 トールは以前の自分も今の自分も本当の自分だと思っているのだろうか?もしそうなら、わたしはトールをどういう目で今後見ていけば分からなかった。


 でも、今トールをこうさせてるのは誰?

 分かってる、わたしだ。わたしが王都へ行こうとした時ぐらいからトールはおかしくなかったのだから。


 だとしたら、わたしはトールにとって害がある存在じゃないかと、昨夜思った事と似た事を再び思う。だって、わたしがトールをまともじゃなくさせるなら、わたしはいない方がいい。

 なんでわたしの存在がトールをそうさせるのかは、分からなかったけど。


「でも、ラピス様がおっしゃる事が本当なら、以前より僕の事が嫌いになったんですね」

「……」


 それは、どうなんだろう。

 今のトールはあまりにも理不尽だ。怒りも恐怖も感じる。

 でも、だからといって、今のトールのせいでトールの事自体を嫌いになったかといわれたら、違った。

 今でもわたしはトールの事が好きだ。ここまで酷い事をされているのにだ。

 だからこそ、いつも抱かれる前に「ずっと一緒にいると誓ってくれますか?」といわれるたび、毎度毎度頷きそうになる。

 こんな事をされているのに、わたしもトールと一緒にいたいと望んでしまいそうになる。わたしはミツカと違い、トールの側にいていい人間じゃないのに。


 それに監禁されているのに、会話をふられたら一応は返事が出来るぐらいには比較的いつも通りに接しているのは、トールだからだと思う。トール以外の人間なら、絶対にまともな対応はしていかっただろう。


 ただ、トールはそんなわたしの気持ちを全く察していなかった。

 トールはわたしの沈黙を肯定と受け取ったらしく、大きなため息をついた。


「はぁ……自分のしてきた事を深く後悔しました」

「……あっそ。それが出来るなら、わたしをこの部屋から出して、毎晩抱くのもやめなさないよ」

「それは出来ませんね、抱かないのもあくまで今晩だけの話ですので……こういう所が僕も自分で自分が嫌になる所です」

「やめる気もない癖にうじうじ反省するのって鬱陶しいだけよ」

「そうでしょうね。でも、基本僕はあなた絡みの事ではこういう感じになってしまうんですよ」

「……めんどくさ」


 わたしは吐き捨てるように言った。

 内心では自分がトールの苦悩の種になっている事に複雑な思いを抱えながら。

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