強制送還
わたしが目を覚まして、はじめてみたものは、見慣れない天蓋だった。
……覚醒はしたけど、まだまだ眠い。二度寝してしまおうかと目を閉じる。
「ラピス様、まだ寝足りないですか?……少し強い薬を使いすぎてしまいましたか」
トールの声に一気に目が冴える。
きょろきょろと見回すとトールはベッドに腰かけて、微笑をうかべていた。
「あんた……!またわたしをアーゲンスト家に連れ戻したの!?」
寝起きの頭でも、状況的に分かる事だった。
「はい。あなたとノノが何かをたくらんでいたのは分かっていたので、2人きりになった時は警戒を強めてたんです。ラピス様が何か具体的に行動をした時におさえようと思ってました」
ノノとはわたしと手を組んだメイドの名だった。
「……つまり、わたしは泳がされてたって事?」
「あはは、申し訳ありません」
トールの全く悪いと思ってなさそうな微笑みが忌々しい。
「でも、恐らくラピス様は勘違いされていますね。ここはアーゲンスト家の本邸ではなく、別邸です」
「はぁ?何で?」
「ラピス様のワガママで、僕とラピス様はここに引っ越した……そういう設定をお父様や屋敷の皆を信じてもらい、この屋敷に引っ越しました」
わたしはトールが何をいってるのか、全く理解が追いつかなかった。
「ここに引っ越したいなんて事を言った覚えは全くないんだけど?」
「だから言ったでしょう?そういう設定だと」
頭が痛くなりそうだ。
とりあえずもっと詳細な説明がほしいと、そう思った。
「……どういう経緯でそういう設定になったのか話して」
「かしこまりました。実はラピス様がアーゲンスト家から抜け出した日は、ラピス様もお会いするべき方が来る予定だったんです。それを知ったラピス様はその事を嫌がり、僕はワガママに付き合い、別邸まで連れて来ました」
「はぁ!?」
「その後、ラピス様は今はそれ程でもないですが、本邸には色々な人が訪れてくる事が多いと僕に聞き、次期当主の嫁としてそれらに対応するのは面倒だ、もっと自由な生活が出来る所に行きたいとワガママを言いました。僕はこの別邸なら今より自由に暮らせますと言いました。じゃあここに引っ越すとラピス様は言いました……こういう設定で僕とラピス様は引っ越しする事になったんです」
「……はぁ!?」
そんな捏造だらけの設定、誰が騙されるんだと思った。
……が、自分の普段の言動を冷静に振り返ると、確かにそういう事を言い出してもおかしくないなと思う。わたしは若干いつもの自分の振る舞いを後悔した。
でも、ちょっと待ってよ。わたしがワガママを言い出すのはあり得ても、トールがここまでわたしのワガママに付き合うのはおかしいとお義父様なら分かってくださるのでは?
トールは常識的な男だ。わたしがあんまりにも非常識なワガママをいっていれば、諌めるものだと思うだろう。トールの事だから、多少のワガママなら聞くだろうけど、今回は多少の域を越えている。
「お義父様はあんたがそんなわたしのワガママに付き合うと思ったの?あんたならわたしを止めると思わなかったの?」
わたしは自分の疑問をストレートにトールにぶつけた。
「さぁ」
トールは心底どうでもよさそうに返事をした。
「さぁって何?ちゃんと答えなさいよ」
トールは苦笑しつつ、返事をした。
「半信半疑といった様子でした。僕がそんな事を許可する筈ないと。ただ、あの人は普段の僕の事はともかく、ラピス様が絡んだ時の僕は常識外の事をすると思っているようなので、そういう意味では納得もされているようで。おかしいですよね、僕は普段ならラピス様がそんな事をおっしゃったら、あなたと立場が悪くなるからと止めるのに」
「……っ!」
以前お義父様がおっしゃっていた事を思い出す。
『確かにトーヴァは基本的にはまごうことなく善人です。ですが、ラヴィニア様関連の事になると何をするのか私にも読めません』
『あいつはラヴィニア様に関する事では、頭がイカれてると』
わたしはあの時、これらの言葉を完全に否定した。今でもその気持ちは変わらない、変わらないけど。
『僕、ラピス様に関する事だと結構自分勝手なんですよ』
……トール自身がこういっていた通り、確かに最近のトールはいつもの善人のトールなら絶対にしないような自分勝手な事をわたしにしていたのも確かだった。
わたしの合意がないのに、無理矢理抱くなんて事、本来ならクソ善人なトールらしくない事だ。
何でトールがそうするのかは分からない。もしかしたら、わたしに対して好意的に接しつつも、心の底では憎んでいるのかもしれない……そう思うと心が痛むけど。
わたしは幼い頃はともかく、それ以降はトールに対して悪役令嬢らしい接し方をしていた。
いくら優しくされても突き放し、きつい言葉と対応でつらくあたり続けた。
トールみたいなアホみたいにまともな男はミツカみたいな可愛くてバカみたいに優しい子の事を好きになり、わたしみたいな女の事を疎んで当然なのだ。
「あなたも思っているのではないですか?僕はあなたが絡むと何をするか分からないと」
トールはふっと笑った。
わたしは内心考えていた事がバレたような心地になり、何となく気まずい気分になる。
「……最近のあんたはいつものトールと違うとは思うわよ」
わたしは質問の答えに微妙になっていないような、曖昧な言葉しかいえなかった。
「確かにそうみえるでしょうね。あなたはいつもの僕と最近の僕、どちらが本当の僕にみえますか?」
「……本当のあんた?そんなの、いつものトールじゃないの?」
「……そうですか。あなたからみて、最近の僕は僕じゃない何かなんですね」
トールは苦笑した。どこか悲しそうに、辛そうに。
……わたしは間違った事をいってしまったのだろうか?
「……だ、だって、クソ善人で、アホみたいにまともで、バカみたいに人に優しくて……それがトールじゃないの?今のトールはいつもと違う、例外なトールでしょう?」
言い募れば言い募るほど、間違いを重ねているような気分になる。わたしは正しい事をいっている筈なのに。
トールの顔はわたしが言葉を重ねれば重ねる程、顔を歪ませた。
「……あはは!ラピスはいつもこの世に何の希望をもってないみたいな顔してる癖に、変な所でおめでたいな」
トールの口調の変化に目を見開く。こんな事、以前のアーゲンスト家のパーティーのような例外な場所以外で初めてだった。
それだけトールの地雷を踏み抜いてしまったのだろうか。
「僕はそういう自分の見える範囲でしか、ものをいえないラピスの事は、憎らしく思うよ」
憎い……憎いだなんて。
わたしはトールに嫌われてるかもとは思ってはいたけど、本当に憎いといわれるとショックで仕方なかった。
「……別にわたしはあんたに憎まれてもいいわ。わたしだってあんたの事なんて、嫌に思ってるもの」
わたしはそう思ってもいない強がりをいうので精一杯だった。
「あはは、助かります。ラピス様がそうなら、僕も変にラピス様に好かれようなどと思わず、手段を選ばずあなたを自分のものに出来ますから」
トールの口調が敬語に戻った。さっきの言葉遣いは一時的に感情が揺さぶられて出てきたのだろうか。
トールはくるりとわたしに背を向けた。
「たくさん寝られて、ラピス様もお腹が空いたでしょう?何か軽くつまめるものをもらってきますね」
「……待って!」
「どうしました?」
トールはわたしの方へ振り返る。
何となくこの話をこのまま消化不良で終わらせてはいけない気がして呼び止めてしまったけど……でも、わたしは何を言えばいいんだろう?
わたしには今のトールにかける言葉なんてない事に気づいた。




