表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/53

口づけ以上のこと

わたしはアーゲンスト家につき、トールの部屋に連れこまれた末に無理矢理押し倒されていた。

 馬車の中ではまだ少しは余裕はあったけど、今の状況では、流石に恐れと怒りと焦りしか湧いてこなかった。

 足の拘束からは開放されたが、手首は縛られたままだった。しかもその手首はベッドサイドと繋がれ、身動きがとれない仕様になっている。


 トールはわたしを組み敷き、恍惚とした顔で見てきていた。


「ラピス様をこうしてベッドの上で見下ろせる日がくるなんて、嬉しすぎてどうにかなりそうですよ。何度夢想し、いつの日かと恋い焦がれた事か」


 トールは本当に幸せそうだった。その横っ面をぶん殴ってやりたいが、腕が動かせないので残念ながら出来ない。

 なら蹴りとばそうかとも考えたが、わたしの足の上にはトールの足がのせられ、体重をかけられていたため、全然動かせなかった。


「はっ、あなたの言う、分からせるってこういう事なの?あんまりにも安直な発想で驚いたわ」

「ははっ、僕も所詮は俗っぽい男ですから」


 トールはわたしの震え声での嫌みもさらりと流した。


「でも残念です。あなたを抱く想像は、僕にそうされるなんて嫌だろうと思っていたせいか、いつも僕が無理矢理する形なものだったんですが……本当にそうなってしまいましたね。出来たら合意の元、こういう事をしたかったです」


 トールが本当に悲しそうな顔で、哀愁を感じさせる声音でそんな事をいうものだから、わたしは思わず叫んでしまった。


「そういう気持ちがあるならやめなさいよ!この性犯罪者!」

「あはは、やめませんよ?あなたが僕と一生一緒にいてくれると、僕からもう逃げないと誓ってくれるのだったら、今からでもやめてもいいんですけどね」


 少しだけ心が揺れる。わたしは正直、トールに無理矢理抱かれようとしているのが、怖くて恐ろしくてたまらなかったから。

 でも、絶対にそんな事を誓える筈なかった。

 わたしはまだ、ミツカとトールを結婚させるのを諦めていないのだから。


「そんなの、誓わないわ」

「僕をこんなに恐ろしそうに、屈辱そうに見ているのに?あなたは本当に自分を偽れない、まっすぐな方だ……愚かな程に」

「は?わたしが愚か?トールの癖に生意気ね」

「あはは、今日はいっぱいあなたに「生意気」な事をしたのに、今更ですか?」

「……確かに今日のあんたは態度も、わたしにしてる事も、何もかもが生意気ね。自覚があるならやめなさいよ」

「ラピス様が僕と一生一緒にいてくれると誓ってくださるなら、あなたに従順なトールに戻りますよ?」

「……あんた、何でそうもわたしに自分と一緒にいるといわせたいの?」


 わたしはそこが疑問だった。何でしつこくしつこく、ここまで強調するのか。

 トールはにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「僕の一番の望みだからですよ。それに、あなたは安易な口約束程度の覚悟でそんな事を言わないでしょうから、余計言わせたいという気持ちになるんです」

「……ミツカと」

「え?」

「……ミツカと一生一緒にいたい事が本当の望みじゃないの?」

「……」


 トールは顔を険しくさせた。

 ……ミツカと自分を引き裂いたわたしがよりにもよってこんな事を言ったから、苛ついたのだろうか?


「……ラピス様」

「何よ」

「あなたはミツカさんの事なんてずっと気にされていたんですか?」

「……」


 肯定したくなくて、わたしは無言でやり過ごす。

 トールは深いため息をつく。


「ミツカさんなんて、あなたが気にする必要はありません。他の人間の事なんて、今はどうでもいいじゃないですか」


 誤魔化されたと、そう思った。

 トールらしいなと思う。きっと今の妻であるわたしの前で本当に好きで一緒にいたい人の事は話したくなかったのだろう……わたしに気を遣って。

 今日のトールはいつものクソ善人なトールらしくなく、生意気で強引で無理矢理だ。でも、トールはトールなんだ。

 やっぱりわたしはトールとミツカをまた婚約者に戻さなければいけないと、そう思った。


 しかし、そんな事を考えていたわたしにトールが投げかけた言葉は、わたしが一切想像していなかった突拍子もないものだった。


「ラピス様、僕にこうして押し倒されてる時ぐらい、他の人間の事なんて考えてないでください。僕の事だけを見て、僕の事だけを感じて、僕の事だけを考えてください」


 そういってトールはわたしの手のひらに口づけた。


「そうしてくれないと、妬いてしまいますよ?」

「……トール」


 そんな事を言われなくても、今のわたしはトールの事ばかり考えている……なんて絶対に口に出したりしないけど。

 トールはわたしの服のリボンを解きつつ、言った。


「いいでしょう。これから他の人間の事なんて、考えるような余裕はなくなるような事をしてさしあげますから」

「はっ。やれるもんならやってみなさいよ。下手くそだったら笑ってやるわ」


 内心の怯えを封じ込めつつ、わたしはせせら笑った。わたしは悪役令嬢、空元気でも強気に振る舞うのは得意なのだ。


「あははっ、その勝ち気さ、僕の好ましいと思うラピス様です。ずっとそのままでいてほしいのに、何ででしょうね。あなたのその矜持が僕を拒絶させるなら、徹底的に折ってさしあげたいとも思うのは」

「……あんたに折られる程、わたしは柔じゃないわよ」

「ええ、そういうラピス様でいてください。その方がこちらとしても、犯しがいがあるので」

「趣味が悪すぎて吐き気がするわ」

「八方美人のいい子ちゃんな僕をこんなに最低最悪な男にさせるのは、ラピス様ですよ?だから、責任はとってください」


 自分のクソ善人さをトールがここまで皮肉げにいうなんてと目を瞠る。

 そういう所が色々な人に好かれてるのに。そういう所がミツカとお似合いなのに。


「自己責任でしょ、そんなの」


 八方美人のいい子ちゃん発言に動揺して、わたしは上手く答えられなかったかもしれない。


「いいえ、違います……誰かを救ったものは、自分が救ったものの人生に責任をとるべきなんですよ」


 誰かに救われたものは、自分を救ったものなしでは生きられないようになってしまうものなのですから、とトールは嘯いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ