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お義父様じゃ当てにならない

「ちなみにそれが理由の二つ目ですか?」

「違います。理由の二つ目はこんな無茶な要求を一度受け入れたら、アーゲンスト家はミツカ嬢の家から舐められかねないという事です」

「どういう事ですか?」

「先ほどもお話しした通り、既に成立した結婚をそう簡単に離縁とはいきません。それにラヴィニア様は元々は我が家の本家である公爵家のお嬢様です。そんな大事な方との結婚を覆すなんて無茶だ」

「もうその立場は完全に失ってるのだけど」


 今のわたしは本当に何の価値もない人間だ。


「それでも、元々はそうでしょう?とにかく、そんな事をミツカ嬢の家と商売がしたいが為に認めてしまったら、後はミツカ嬢の家より心理的な立場が下になりかねません。それがミツカ嬢の家のみに限られず、他の家にまで伝播してしまったら?我が家も一応は侯爵家。矜持は崩す訳にはいけません」


 ホークスがそんな事を言うなんて意外だったけれど、言い分としては理解できた。


「……三つ目の理由は?」

「ラヴィニア様との結婚は本家であるソティス家からの命令だからです。我らがアーゲンスト家はソティス家には絶対服従に生きるしかない、そういう一族ですから」

「……哀れな一族ですね」


 トールがわたしにやたらと尽くすのはわたしが元とはいえソティス家の人間で、あいつがアーゲンスト家の人間であるから、という事を突きつけられた気がした。


「まぁ、私はともかくトーヴァは違いますけどね」


 わたしは目を見開く。


「……どうしてそんな事がいえるのですか?」

「あいつは困った事にソティス家に忠誠を誓う気がさらさらありません。あなたに尽くすのは、あなたの事が何よりも大好きだからです」

「そんな、事はありません」

「あなたはそうやって否定されるのですね。まぁいいです。時間をかけてでいいですから、あいつのあなたへの気持ちを理解してやってくださいね」


 そういってお義父様は話は終わったとばかりに「ラヴィニア様、パーティーの際にろくにものを食べていなかったでしょう。よろしければ何か部屋に運ばせますよ」と笑いかけてくる。

 そんな言葉を無視し、わたしはお義父様に問いかけた。


「それならお義父様、ソティス家に、例えば当主のお父様にトールとミツカに再び婚約しろといわれたら、言うことを聞くのですか?」


 お義父様は軽く目をみはった後、静かに頷いた。


「そんな事があり得るかは置いておいて、そんな事態がもし起きたら、私は頷くしかないでしょうね」

「……そうですか」


 お義父様の言葉で、わたしの頭の中にある考えが浮かんだ。

 無茶な考えだとは思う。でも、もしかしたらもうこれしかないのかもしれない。

 お義父様はそんなわたしをどこか危ういものをみるかのような目でみていた。


「ラヴィニア様、逆に私から質問させて頂いてよろしいですか?」

「……どうぞ?」


質問って何だ?


「ラヴィニア様はなぜ今、無理に私を呼び出したのですか?急がなくてもパーティーが終わった後でもよろしかったでしょうに」


 わたしは内心厄介な質問をしないでほしいとお義父様を毒づいた。お義父様はパーティーを無理に抜け出させられたのを引きずってるのだろうか。


「パーティーが終わった後はトールと約束していて、あなたと話せないからです」

「それなら、後日すればいいでしょう。別にそこまで急ぐ話でもない筈だ」

「……わたしは自分のしたい時に自分のしたい話をしたかった、それだけです」


 わたしはツンと澄ましてそういった。

 こういえば、悪役令嬢なラヴィニアならやりかねないと勝手に納得してくれる筈だ。


「やれやれ、ラヴィニア様は困ったお方だ。これからはそういった事は控えてくださいね」

「さぁどうでしょうか。またやるかもしれません」

「勘弁してください、そう何度も無茶は通りませんよ」


 やっぱりお義父様は納得してくれた。

 わたしは日頃から身勝手に振る舞っているもの、当然ね。


「ラヴィニア様、お腹は空かれてませんか?厨房でつまめるものを用意させますが」

「いらないです」

「ですが、今日はトーヴァとその、初夜でしょう?何か食べ物をいれておいた方がいいですよ」


 思いっきり誤解されてる。この誤解を解くべきなのか解かないべきか迷ってしまう。

 このまま誤解され続けるのも将来的に面倒な事になりそうだけど、本当はするのは添い寝だけなんて話すのもそれはそれで面倒な事になりそうだ。


「……別にいいです。いりません。それより、部屋に使用人を近づけないよう頼めますか?一人になりたくて」


 わたしは誤解を解かない事を選んだ。今起きる面倒事を回避する方を選んだのだ。

 それに考えていた計画を実行するなら、別に誤解なんて解かなくていいと思った。


「分かりました。その、心の準備とか必要ですよね。私はおじさんなのでうら若き乙女のそういった心情に疎いのですが」

「そういう事をわざわざ言っちゃう所が乙女心が分からない感じがしますもんね」

「なっ……申し訳ございません、ラヴィニア様」

「悪いと思うなら、さっさと出ていってくれませんか?」

「本当にラヴィニア様はお手厳しいですね……今回は私が悪いんですけどね」


 そう苦笑しつつ、お義父様は部屋を出ていった。

 扉がパタンと閉められる。


「……はぁ」


 わたしはベットに座り、虚空を仰ぎ見た。


「どうしてパーティーの途中なのに無理にお義父様を呼び出したか、ね」


 本当の理由はいえなかった。お義父様に言える筈がなかった。

 それは「わたしとトールが別れ、トールはミツカと結ばれた方がいい」と思えている内に、早くお義父様と話さなきゃいけなかったから。少しでも遅らせたら、もしかしたら躊躇ってしまうと思ったからだ。

 そして、何で躊躇ってしまうのかといったら、ここでの生活とトールの側にいられる事があまりにも……いや、これ以上は考えるのをやめよう。

 今まで目をそらし続けてきたものを、嫌でも見なければいけない日は近い。そんな事を感じながら。

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