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と思ったけど簡単にいく筈はなかった

「ラヴィニア、待たせたね」

「本当にそうですね、お義父様」

「パーティーの途中に「適当な理由で抜け出してこい」って無茶ぶりする君も君だと思うけどねぇ」


 わたしはお義父様を自分の部屋へと呼び出していた。

 お義父様と一緒に来た、お義父様への言付けを頼んだメイドのターニャは困ったような顔をしている。


「ターニャ、あなたは下がって、自分の仕事に戻りなさい」

「かしこまりました」


 ターニャはお辞儀をして去っていった。

 後にはわたしとお義父様が残される。

 お義父様は後ろ手で扉を閉めると、ため息をつく。


「ラヴィニア様、パーティーの時に人に当たりを強くしないという注意だけでなく、途中でフケないという注意も必要でしたか?」


 完全に二人きりになったからだろう、お義父様は敬語で様づけな口調になった。

 トールといい、本当にこの親子はわたしへの扱いが公爵家時代から、変えられないらしい。


「フケてないです。体調が優れなかっただけです」

「その割には元気そうにみえるのですが」

「なら不愉快なパーティーを抜けた事で回復したのかもしれないですね」

「ラヴィニア様……確かに同情の目というのはあなたにとっては忌避したくなるものなのかもしれませんが……」

「は?同情?」


 同情……いわれてみれば今回のパーティーには哀れみのこもった目でわたしを見る人がいたような気が……。


「……ご存知なかったのですか?それなら……はい、後々お伝えします」

「……そう、ですか」


 気になる所だが、今はお義父様にはお話ししなくてはいけない事がある。

 わたしは握っていた書状をお義父様の前に突きだす。


「これをエリーゼという子から、ミツカの父親から預かったといって渡されたのです」

「エリーゼ嬢とはミツカ嬢の友人ですよね。なぜミツカ嬢の父君から……?」

「またミツカとトールの婚約関係を結び直したいからでしょうね」

「それは……とりあえず見せてください」


 お義父様は難しい顔をすると、わたしの手から書状を抜き取った。

 お義父様は時折表情を歪ませながら書状に目を通していく。


「はぁ、ミツカ嬢の父君は思っていたより随分と諦めが悪いようですね」


 お義父様は深いため息と共に書状を畳み、床へ投げ捨てると、ぐりぐりと踏みつけた。


「ちょ、ちょっと!何してるんですか!?」


 わたしは慌ててお義父様の足元にしゃがみこみ、書状を拾う。


「ラヴィニア様、仮にもドレス姿のお嬢様がそのような事をされるのは、いかがなものかと。それにその書状は汚れてぐしゃぐしゃになってますから、ラヴィニア様がお拾いになる必要はありません」

「いや、汚してぐしゃぐしゃにしたのはあなたですよね」


 わたしは呆れながら書状についた汚れを手ではらったり、しわをのばそうとする。多少はマシになったけど、完全に元の綺麗な状態に戻すのは難しそうだった。

 お義父様はわたしの様子をみて、「その書状を随分と大切になさるんですね」と憂いのこもった声でいった。


「ラヴィニア様はこの書状に何が書かれているのかご存知で?」

「ええ。わたしとトールが別れればミツカとトールはまた婚約していい、と書かれているのでしょう?」

「ええ、そうです。そうだと分かっていて、その書状をそんなに大切に扱ってらっしゃるのは何故ですか?まさかトーヴァと別れたい訳はないでしょう、あなたにとってここでの暮らしはそう悪くはない筈なのに」

「それはトールが嫌いだからです」


 本当の理由は違うけど、それはいわない。

 わたしみたいな悪役令嬢にしては感傷的すぎる理由だという自覚があったから。


「そんな分かりやすい嘘をつかれないで下さい。あなたはトーヴァの事が好きだ。違いますか?」

「……っ!違います!」


 わたしはお義父様から目をそらす。

 今まで目を背けていた事を無理矢理見ろといわれているかのような、そんな痛みが心を刺す。


「何をいうのです、あなたのような境遇でトーヴァの事を好きにならない方がおかしいでしょう。それに本当に嫌いなら「トール」なんて愛称をつける筈がありません。確か努力家で人を大事にできる、そんな絵本の中の男の子から取ったのでしょう?トーヴァはそんな男の子だから、と」

「……どうしてそれを知ってるのですか」


 わたしは呆然としてしまった。それはわたししか知らない筈の事だった。


「あなたにあだ名をつけられて浮かれに浮かれていた当時のトーヴァが私に口走ったのです。まだあいつも可愛い所があった頃でした」

「あ、あいつ……」


 まさかその事を理解していたとは、私も今まで察せられなかった。

 このあだ名はわたしがまだ甘っちょろかった頃につけたあだ名だったから、由来など今更どうでもいいものなのだけど、トールはその辺をきちんと理解できているのだろうか。

 わたしは手のひらをぎゅっと握りしめる。うっかり書状まで握りつぶしてしまい、わたしはくしゃくしゃにしてしまった所を必死にのばした。


「その書状はもういらないものですよ」

「どうしてそう言い切れるのですか?わたしとトールが別れて、ミツカとトールが婚約する事ってそんなに難しい?」

「ええ、それは間違いなく」


 お義父様はそういって頷く。


「問題点は三つあります。一つは貴族の結婚をそう簡単になかった事には出来ないという事です」

「それは分かりますが、別に出来ない事もないのでは?わたしとアーサー様の婚約や、トールとミツカの婚約もあっさり破棄に出来ていましたし」

「結婚と婚約では違うでしょう。そもそもそれらの婚約も本当ならそう簡単になかった事には出来ないのですよ。だからこそ、トーヴァとミツカ嬢の婚約破棄で今面倒な事になっているのに」

「やっぱり両方の家の関係悪化で、アーゲンスト家やコンチネンタル領とミツカの家との商談が滅茶苦茶になっているんじゃ……」

「当たらずとも遠からずです」

「じゃあやっぱり、ミツカとトールの婚約を認めるべきよ!」


 わたしは激昂し、思わず口調が乱れてしまった。

 だが、あくまでお義父様は冷静だった。


「そういう訳にはいきません。確かにミツカとトーヴァの婚約破棄は我が家やコンチネンタル領、ひいてはソティス家に不利益をもたらしました。それでもです」

「何でですか!?」

「……さっきも言ったでしょう、結婚はそう簡単になかった事には出来ないと」

「でも、家同士が結びついた婚約ならまだしも、わたしはソティス家から捨てられ、アーゲンスト家に拾われた、立場があやふやな身です。離婚するのも簡単では?」

「そんな状態のラヴィニア様とトーヴァが離婚するというのは、ラヴィニア様に行くあてがなくなるのを意味します。こちらとしてはそちらの方が余計別れづらいとはお考えにならないのですか?」

「……そうでしたね、あなた達アーゲンスト家の方は困るぐらいに善人でした」


 わたしはため息をついた。

 お義父様もトールも厄介な事にどうしょうもないぐらいクソ善人だ。わたしへの同情なんていう下らない事で正しい判断を見誤りかねない所がある。

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