自称魔法使いふたたび
「ラヴィニアさ・ま!いかがお過ごしですか~?」
謎の声の主に後ろからぎゅっと抱きしめられた。わたしは体をばたつかせ、離れろアピールをする。声の主は全く動じなかったが。
「は?……ちょ、あんた、何でこんな所にいるの!?」
「えへへー、学校の方が長期休暇に入ったので、ちょっとコンチネンタル領まで遊びにきちゃいましたー!」
「来るな!」
「そんな事いわれても。僕、一人旅が趣味なんですよ~」
謎の声の主……それはサーシャだった。
王子にモーションをかけていたアンネをいじめたわたしから、アンネを守っていた反吐がでるような友達思い。それでいて、わたしに「魔法を使える」と囁いた夢見がちな所もある女子。
「離れなさい、サーシャ。悪目立ちしてるし鬱陶しいわ」
「しょうがないなー。僕としても目立つのは困りますしね!」
そういってサーシャはパッとわたしから離れた。
意外とあっさり離れたなとわたしは思っていた。
ーシャはいつも通りの二つ結びにした髪をなびかせ、わたしに問いかけた。
「ラヴィニア様……魔法に興味はありませんか?」
「……ないわよ」
「そうですか! ではぜひ、僕に弟子入りして魔法使いになりましょう!」
わたしはポカンとした。
サーシャの目は真剣そのもので、本気でそんな事をいっているのだと確信してしまう。
何故かわたしがはっきり拒否したのにも関わらず、魔法使いになりたいと言ってるように扱われるのは不快だったが、それより突っ込みたい事があった。
「あなた、わたしがアンネを苛めた事を反省しないと魔法を教えないっていってたじゃない。わたしは今でも反省なんてしてないわよ」
「いやぁ、それはそうなのですけども。ラヴィニア様に今まで悪い事をしていたのがはっきりしたので、きちんとお詫びをしないと駄目だと思ったのです」
「……悪い事?何よそれ」
「ラヴィニア様は今まで、好きで赤ドレスを着ていた訳でもないのに、あなたの事を性悪赤ドレスなんていう失礼な呼び方をしてしまっていた事です」
「……もしかして、さっきのトールとわたしの会話を聞いていたの?」
「ええ、ばっちり。てっきり赤ドレスがお好きで着ているのとばかり思っていたので、ああいう悪意とからかいをこめたあだ名ができたんですけど……あんなどうしようもない事情があったなんて」
あの時は確かに大声を出してしまっていたし、店内にいる人間には聞こえてしまっていたかもとは思っていたけど、こうしてその事実を突きつけられらと、動揺はする。
だが、それが悟られないよう、わたしはいつも通り憎まれ口をたたいた。
「好きで着ていたのだとしても、とんだ失礼なあだ名だと思うわよ」
「それはそうですけども……ラヴィニア様はアンネに酷い事をしてたので、その罪と相殺されてるしいいかなと。でも、あんな事情があって赤ドレスを着ていたのなら、この僕の罵倒は相殺しきりません。僕はラヴィニア様に悪い事をしました」
だから魔法を教えてさしあげます、とサーシャは続けた。
「わたしに同情でもした?だから魔法を教えてあげる?はっ、人の事を馬鹿にするのも大概にしてほしいわ」
わたしは同情なんていう薄気味悪い感情を紡いだ口で、子供もいわないような冗談みたいな事を真剣な顔でいわれ、不快な気分になる。
「やっぱり、そう思いますよね。散々性悪赤ドレスっていってたのに今さらこんな事……僕がトーヴァ様に嫌われていたのも分かります、ラヴィニア様にこんな失礼な事をしていたんですもんね」
「トーヴァは滅多に人の事を嫌いにならないから、あなたも別に嫌いではないと思うわ」
「突っ込みいれるのそこですか!?ラヴィニア様、トーヴァ様の事が本当にお好きですよね」
「は!?あんなクソ善人別に好きでもなんともないわ!」
わたしはワンピースの裾をぎゅっと握りしめる。
別にトールの事なんて、幼馴染みではあるし、立場上妻だけど、何とも思っていない。……本当の本当に何とも思っていないったら!
「そうやってめちゃくちゃ慌てる所が怪しいんだよなぁ~!」
「さっきまで「僕が悪かったです」みたいな顔してたくせに、楽しそうに人の事いじるのやめなさいよ!」
「え、えへへ、ついつい……でも、トーヴァ様の事がお好きなら、魔法なんて必要ないかもしれませんね。トーヴァ様と結婚できてる……つまり、好きな人と結婚できてる訳なんですから」
「わたしがよくてもあいつが嫌でしょ……せっかく好きな人と結婚出来る筈だったのに、それを潰されたのだから」
トールの好きな人はミツカなのだ。
その事は自分の中の感情の何かを刺激したが、その感情をわたしは無視した。直視したら、気づきたくない事に気づかされる気がしたから。
「それに、ミツカの家は有力な商人だわ。ミツカとの婚約がこちらの一方的な事情で破談となり、アーゲンスト家ひいてはソティス家とミツカの家の関係が悪くなってたとしたら、コンチネンタル領の経営にまで影響は及びかねない」
わたしは手をぎゅっと握りしめる。爪が当たって痛みを感じる。
「トールの幸せな結婚を潰すわ、コンチネンタル領が傾く可能性があるわなんて、わたしとトールの結婚はろくなものではないでしかないわ。でも、もうそんな現実を覆す事なんて出来ない。だから、こんな現実を変えられるのなら、魔法にも縋るかもしれないわね」
「ラヴィニア様……」
「ま、魔法なんてものはないのだから、ただの戯れ言なのだけど」
サーシャはわたしの事を意外なものをみるような目でみていた。
「ラヴィニア様って性悪まっしぐら人かと思ってたんですけど、意外と良心的な所もあるんですね」
「あなたの目は節穴?わたしにいい子ちゃんな所なんてないわよ」
「いや、この件についてはラヴィニア様の目が節穴です。まぁ今までラヴィニア様のそういう所に気づけなかった僕の目も節穴でしたけど。そして、ますますラヴィニア様の為に魔法を使いたくなってきちゃいました」
「あっそ。なら今使えば?」
出来もしないくせに、とわたしは鼻で笑う。
「う~んでも、僕があなたの為に魔法を使うのなら、僕の眷属になってもらわないと」
「ケンゾク?何だか嫌な感じのする言葉ね」
「僕の力の一部を貸して、僕の使う魔法を分け与える事が出来るようになるんですよ!イイコトバッカリデスヨ!」
「最後の方、棒読みに聞こえたけど気のせいかしら?」
「キノセイデスヨ!でも、僕の眷属になる儀式をするにはちょっと時間がかかるんですよ。今はそんな時間ないですよね」
サーシャは紙とペンを鞄から取り出すと、さらさらと何かを書き、わたしに無理矢理わたした。
「これ、僕の宿にしている場所と部屋の場所の地図です。僕の力を貸してほしくなったらいつでも来てくださいね」
「ふん、いらないわこんなもの」
「そういわず、受け取って、受け取って!」
サーシャはわたしに無理矢理紙をわたした。
「じゃ、僕はこれで!トーヴァ様に見つかったら面倒な事になりそうですしとっとと離れます!」
そういってサーシャは平民向けの服が集まっているであろう売り場へと去っていった。
はぁ、捨てようかしら、こんな紙。
……一応取っておくか。
わたしはワンピースのポケットに紙を突っ込んだ。
「ラピス様、お待たせしました。購入したドレスは後で屋敷に運んでもらえるようです」
「あっそ。そんな事よりわたし、そろそろ昼ごはんが食べたいわ」
「そうですね。随分時間がすぎちゃいましたけど、行きましょう」
トールはわたしとサーシャが話していた事に全く気づいていないようだった。
よかった、こいつには聞かれたくない話もしていたから。
わたしは店の出口へとトールの前をずんずん歩く。
「ラピス様」
「なに?」
「ラピス様にはずっと、お好きなドレスを着ていただきたいと思っていました。それが叶ってよかったです」
「……あっそ」
わたしも自分の好きなドレスが着れるのは何だかんだいって悪い気はしないわ、とは口には出さずに思った。
「僕の着てほしい服を着てもらえる夢も叶いました。今着てくださってる服も、今屋敷にあるドレスも、そうです」
「……ふん」
「ラピス様は僕の望みをこんなにも叶えてくれる。やはりあなたは、僕の幸運です」
「僕の不幸、じゃなくて?」
小さな声で呟く。
わたしがトールから奪ったものを考えれば、わたしはトールの幸運なんかじゃない。不幸でしかなかった。
「ラピス様、今なんとおっしゃいました?」
「……なんでもないわよ」
こいつは言動だけみれば、わたしに好意的だ。
でも、実際わたしの事をどう思ってるかは分からなかった。
……その事が少し、怖かった。




