私は嫉妬なんてしない
「……あと二つまでは絞りこめましたね」
「そうね」
最後に残ったのは、花の刺繍が特徴的な紫が差し色に使われた白いドレスと、全体に施された星の刺繍が目を惹く水色のドレスだった。
「私がアドバイス出来るのはここまでです。ご健闘をお祈りします」
「……ふん。あなたのアドバイス、まぁまぁだったわ」
「ローズさん、まぁまぁだなんて褒めているようには聞こえないかもしれませんが、ラピス様的には最上級の褒め方なんですよ」
「トール!?あんた何言ってるの!?」
わたしはトールを睨む。
トールは素知らぬフリでにこにこしていた。
「そうなのですか?ありがとうございます、ラヴァニア様」
「……別に」
わたしは否定も肯定もせずローズから目をそらす。
本当は「は?何言ってるのそんな訳ないじゃない。まぁまぁっていうのはそのままの意味よ、そこまで大した事はなかったって事」ぐらいいってやりたかった。
だが、そんな言葉は言う気分にならなかった。
わたしのドレス選びは大変時間がかかり、ローズには他にも仕事があるだろうに拘束し続けてしまったのだ。そんな状況でローズに罵声をあびせる事はやりにくかった。
とりあえず後で余計な事をいったトールは絞めようと思った。
でも、今はドレス選びだ。
わたしは気持ちを切り替え、ドレスを交互に見る。
「……う~ん」
選べない。全然選べない。
どちらを選んだ方がよいのか、全くピンとこなかった。わたしはこんなにも優柔不断だったのか。
「……ラヴァニア様、ラヴァニア様」
「なに、ローズ」
ローズがこそこそとわたしに耳打ちしてきた。
「どうしても選べないようでしたら、トーヴァ様がより好みそうな服を選ぶといいのではないですか?」
「トールが……」
「では、頑張ってください!」
ローズはそういってわたしから離れた。
トールはそんなわたし達をみて、首をかしげていた。
「どうかなされたのですか?」
「何もないわよ」
「僕に聞かれたら困る話でもされていたのですか?」
「別にそんな事ないわよ」
実際はトールはわたしの好みで服を選ぶ事を重視していたので、最後はトールの好みで選ぶなどと聞いたら恐らく反対するだろうから、まぁ聞かれたら困る話ではある。
別にトールの好みのドレスを着たいなんて気持ちはさらさらない。
だが、決められない二択を迫られた今、判断材料の一つにするのにはいいのかもしれないと思えた。
わたしの脳裏にはトールの元婚約者であり、好きな相手であろうミツカの事が思い浮かんだ。
ミツカはどんなドレスを着ていただろうと必死に思い出す。それにトールの好みが出ている気がした。
ミツカは確か、レースが強く主張しない程度についている可憐な服を好んでいたっけ。
そういえば、トールが買ったという自室のクローゼットの中に入った服もレースはついていないけど、可憐な服ばかりだった。
わたしに似合う云々言ってたけど、そういう元婚約者がいつも着ていたような可憐なドレスが好きだったからこそのそういうチョイスだったのではないだろうか。
何故か心が少し痛んだ気がした。……知らない、どうでもいい、こんな痛みなんて。
わたしは二着を見比べる。この服達のどちらがトールの好みかといったら、レースがさりげなくついており、可憐な印象をあたえるこちらの方だろう。
「こちらにするわ」
わたしは花の刺繍のついた白いドレスを選んだ。
「なるほど~、そちらの方をお選びに!どちらもお似合いになられていましたが、よりラヴァニア様の可憐さが引き出される方をお選びになりましたね!」
「ラピス様、そちらにお決めになったんですね」
「ええそうよ。何か文句ある?」
「とても可愛らしいドレスだと思います。ですが、水色の方のドレスに未練はないのですか?」
「ないわよ。これでいいの」
「そうですか……ラピス様がお選びになっていた努力を台無しにしてしまいそうですが、何なら白いドレスと水色のドレスを両方買ってもいいんですよ?」
「アーゲンスト家は質素倹約がモットーなんでしょ?無駄な買い物はしない方がいいわ」
何でわたしがトールがしがちな優等生発言をしてトールを諌めてるんだ。普段は逆なのに。
「無駄ではありませんよ。今後ラピス様は何回もパーティーに出られるんですから、それ用のドレスを何着か買っておくのはいい事です」
「最初は一着じゃないといけないみたいな話だったのに、言ってる事が違うじゃない」
「うっ……それはそうなのですが」
「どうしたのですか、トーヴァ様。何かご心境の変化でも?」
ローズの問いかけにトールは決まり悪げに答えた。
「……星の刺繍のドレスを着たラピス様が、大人びた魅力がありつつも大変お可愛らしかったので、ここで買わないのはもったいないと思ってしまったからです」
「ふーん、そう。……なら白いドレスじゃなくて水色のドレスを買えばいいんじゃないの?」
「ラピス様がお好みなのは花の刺繍のドレスの方なのでしょう?なら、そちらも買いたいです。それに白いドレスを着たラピス様も大変お可愛らしかったですし」
「……あっそう」
「ラピス様……両方買わせてもらえませんか?」
「あんたがそうしたいならそうすれば?あんたが金を出すんだし」
「いいんですか!?」
「いいわよ。でも、そういう事はわたしがどちらにするか考え始める前にいってよ。悩んでた時間が無駄になったわ」
「申し訳ございません、ラピス様」
トールはしゅんと落ち込んだ。こいつは常にニコニコしてるので、こういう表情をみるのは珍しい。
「では、ローズさん、ドレスはこの二つを買わせて頂きます。会計を済ませてきますので、ラピス様はここでお待ちください」
「ふん、わたしを待たせるんだから、早くしなさいよね」
わたしはその辺で待つ事にした。
……少しぼんやりしていたせいで、わたしに接近する影の姿には全く気づけなかった。




