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ドレス選びでここまで揉めるなんて

 それからミズアメを食べるのに苦戦したり(味はまぁ悪くなかった)、トールが逆ナンされかかったりと色々あったが、無事服屋についた。


「あら、トーヴァ様!女性をつれてるなんて珍しい!もしかして、その方がラヴィニア様ですか?」


 わたしがトールの嫁になった事はそれなりに知られてるんのだろうか。そうじゃないと、こんな言葉は出てこないだろう。


「あぁ、そうだよ。今日はこの方のパーティー用のドレスを買いにきたんだ。ラピス様、こちらは店長のローズさんです。この店は我がアーゲンスト家が懇意にしている店なんですよ」

「ふーん、そう」


 わたしは関心がなさそうな声を出しつつ、心のメモ帳に、入り口の看板にあったこの店の名前を書いておいた。アーゲンスト家の次期当主の妻としては覚えておかなければならない。


「ラヴァニア様、噂に違わず美人さんですねぇ!赤いドレスがお好きなんですよね?」

「いいえ、嫌いだわ」


 わたしが赤いドレスを常に着ていた話はどこまで広がっているのだろうと辟易としてしまった。


「……そうなんですね~!それではドレスだと、どういう色がお好みですか?」


 ローズは評判と違った事をわたしが言っても、平然と対応していた。

 だが、当のわたしはローズに言われた事に動揺していた。

 

 ……好きなドレスの色。そんなもの、考えた事がない。わたしにドレスを選ぶ権利なんてなかったから。


 わたしは公爵家にいた頃、ハンナお姉様からのお下がりの赤いドレスしかまともに着た事がなかった。

 自分でドレスを買える(または買ってもらえる)環境じゃなかったし、忌々しい事にお母様から譲り受けた色とりどりのドレス達も全てハンナお姉様に燃やされ、破られ、捨てられていたのだ。


「……トールが決めていいわよ、わたしのドレス。妻のドレスを選ぶのも、夫の役割じゃない?」


 わたしは自分で自分がどんなドレスを好きかなんて分からなかったから、人に決めさせた方が楽だろう。

 トールはあんなにわたしのドレスを選ぶ事を喜んでいたんだし、断らないだろう。そう思っていた。

 

 だが、トールが発したのは、予想とは正反対の言葉だった。


「……駄目ですよ、あなたが選ばなくては」

「え?」

「ローズさん、片っ端からラピス様にドレスを着せてあげて。赤いもの以外で、ラピス様に似合いそうなものも、似合わなそうなものも。その中から一番ラピス様がお好きだと思ったものを買うよ」

「はぁ!?」


 わたしはトールの言い出した事に目を丸くした。


「かしこまりました、トーヴァ様。ラヴァニア様、ぜひあなたのお好みにあうドレスを見つけましょう!」

「い、嫌よ!」

「ラピス様は抵抗されると思うから、無理矢理試着室につれていってくれないかな」

「は!?なに、人の人権丸無視した事言ってるのよ!?」

「すみません、ラピス様。健闘を祈ります」


 わたしはさっと現れた二人の店員にずるずると引きずられるようにして試着室に連れ込まれた。


 そこからは怒涛だった。

 もう数えるのもめんどくさくなるぐらい何着もドレスを着替えさせられた。 

 幾何学模様の生地から作られたドレス、ふんわりとした薄桃色のドレス、体のラインが強調される紫色のドレス……本当に片っ端から色々なドレスを着た。


 この中からお気に入りを選べといわれても、たくさんありすぎて混乱してしまう。これじゃあ本末転倒なのではないだろうか。


「どれもお似合いでしたよ、ラピス様」


 この着せ替えショーをトールはこの服屋に置いてあった本片手に楽しげに鑑賞していた。

 よくうんざりしてこないわね、とわたしは呆れてトールをみる。


「さて、どれかお気に召したドレスはありませんでしたか?」

「色々着すぎて何が何だか分からなくなったわよ……!」

「そうですか。僕の失策でしたね、残念だ」


 トールはそういって苦笑いをした。


「ラヴァニア様、あえていうならこれが好みだった……といえるようなドレスはおありですか?」


 ローズが助け船を出した。

 わたしは色々着たドレスの中でも、これは悪くなかったと思えそうなものを、わたしが着てきたドレスを見つめつつ考える。


「まぁ、これと、これと、これと、これと、これと、これね」


 わたしはいいなと思ったドレスを指さす。


「たくさんありますね」

「かなりの量を着せ替えさせられたのだもの、当然よ」

「全部買ってさしあげたい所なんですけど、我が家のモットーは質素倹約。この中から一着に絞りこんでいただきたいのです」

「質素倹約といってるけど、要するにケチなのね。妻がほしいドレスを全部買うだけの甲斐性もないと」

「あはは、あなたに我が家が傾けられる事はないという事ですよ」


 トールはわたしの嫌みをさらりと流した。トールの癖に生意気だ。

 店員はわたしがさっき指さしたドレス以外をいつのまにか片付けていた。仕事が早いわね。


 でも、この中から一着選ぶなんて、わたしにとっては難易度が高そうだった。

 正直自分の好きなものを選ぶという事を苦痛にさえ感じる。何せ、わたしはそういう事に全く馴れていないのだから。


「私も選ぶお手伝いをしましょうか?この中からラヴァニア様に特にお似合いのものをお探しいたしましょう」

「いや、その必要はないよ。あくまでラピス様が選ばなければ意味がないんだ」


 トールはわたしがドレスを選ぶという事にあくまでこだわっているようだった。


 この普段のトールから考えても頑固な姿勢はもしかして、わたしが今までハンナお姉様のお下がりの赤いドレスしか着れなかった事を知っているの?

 だから、わたしにドレスを選んでほしいと思ってるのだろうか?


 ……だとしたら……それは……それは、ものすごく苛々するわね。


 クソ善人にそうやって哀れまれるのが、どれだけ屈辱的な気分にさせられるのか、トールは分かってないのだろう。


「……トール、わたしがずっと姉のお下がりの赤いドレスしか着れてないのを哀れんで、わたしに無理にでもドレスを選ばせようとしてるの?」


 思いの外大きな声が出た。周りの他のドレスを選んでいた貴族達や、手頃な価格の服を選んでいた庶民達の視線がわたしに集中する。

 ……不快な視線だ。でも悪目立ちをする事なんてわたしは慣れきっている。

 だから平気よ。


「確かにその事を僕は知っていますが、別にあなたを哀れんだ訳ではありません。ただ、あなたに好きなドレスを選んで、着てほしかっただけで」

「それがあんたのエゴだっていうのよ!わたしは別に自分で選んだ好きなドレスを着たいだなんて言ってないわ!むしろ選ぶなんて苦痛よ、そんなのした事なんてないんだから!」


 ……失言した、と後悔した。こんなのわたしは惨めだと叫んでいるようなものだ、言うんじゃなかった。


 トールの顔がくしゃりと歪むのが視界に入る。まるでわたしを哀れむかのように。

 自分の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。


「もういい、しらない。パーティーには持ってるドレスを着るわ。普段使い用でもいいんじゃない?アーゲンスト家は質素倹約がモットーなんでしょ?」

「ラピス様、そんな事おっしゃらないで……!」


 焦るトールをみて、わたしは内心せせら笑った。


「わたしはもうドレスを選びません。ローズ、ここにあるドレスは全部片付けて」

「しかし……」

「片付けて」

「は、はい。かしこまりました」


 ローズはわたしに逆らえず、ドレスを片付けはじめる。


「もう用はすんだわね、トール。帰りましょう」

「……ラピス様の意志は分かりました」


 トールはにっこりと笑顔をみせる。それは何故か怖いと感じてしまう表情だった。


「ローズさん、お願いがあります」

「な、なんでしょう、トーヴァ様」


「ラピス様がさっき選んだドレスを全部買わせてください」


「……は!?」

「……え!?」


 わたしとローズは声が見事に合ってしまった。

 何いってるんだコイツみたいな空気がこの場に広がっていっている気がする。

 いやいや、さっき「全部は買えません」っていってたわよね!?


 さっきまで感じていた苛々がトールの突拍子もない発言のせいで吹っ飛んだ。


「さっきといってる事違うじゃない!」

「そうですね、でもラピス様がどうしても選べないのであれば仕方がありません」

「お金はどうするの、このドレス達、それなりに高いんでしょう」

「僕の貯金から出しましょう。アーゲンスト家の財政はラピス様に傾けられる訳にはいきませんが、僕の貯金がラピス様に傾けられるのはいくらでも大歓迎ですから」

「あんた今相当頭わいてる事いってるのに気づいてる!? 気づいてないわよね!?」

「ラピス様、お静かに。皆さんの買い物の邪魔になっていますよ」


 トールがそういうと、こちらに集まっていた視線が一気にそっぽを向いた。

 でも、こちらの事を気にしているのは大分伝わってきた。


「じゃあローズさん、会計の方をお願いします」

「本当にいいんですか?」

「ええ、もちろん」

「いい訳あるか!」


 わたしは思いっきり突っ込みをいれた。

 仕方ない。何だかトールの思惑にのせられてるみたいで腹が立つけど、そんな無茶な買い物をさせる訳にはいかないとわたしは思った。


「さっき選んだ服からちゃんと一つに絞りこむわよ!トールはそこで待ってて」

「ラピス様がそれでよいとおっしゃるのなら、そうしましょう。本を読んでますから、どれだけ悩まれても大丈夫です」

「あっそ……ローズ、またさっき選んだドレスを出して」

「かしこまりました、ラヴァニア様」


 ローズは文句一ついわず、さっき仕舞っていたドレスを出した。


「トーヴァ様、ご提案があります」

「なに?」


 ローズがトールに話しかける。


「ラヴァニア様のお洋服についてですが、やはり私の方でアドバイスをさせていただいてよろしいですか?」

「……何で?」

「服を選ぶ事に慣れていらっしゃらないというラヴァニア様には、手助けが必要かと思います。いきなり選べといわれても、難しいのではないですか?もちろん、トーヴァ様があくまで純粋にラヴァニア様の意志だけでドレスを選んでほしいのだというお気持ちも理解できるのですが」


 ローズにまでわたしの惨めな過去がバレてしまった。この様子でいくと、ここの店にいた人間の耳にも入っているのかもしれない。

 だが、アドバイスは正直もらいたい所だった。理由は大変遺憾だが、ローズが話している通りだ。


「……ローズがアドバイスしたいっていうなら、させてあげてもいいわ」

「ラピス様がそうおっしゃるのなら。お願いできますか、ローズさん」

「もちろんです!」


 そして、わたしとローズはドレスを選び始めた。

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