謎のおばあさん
わたし達はカレーとやらを食べ終わると、その足でアーゲンスト家御用達なのらしい服屋へと向かった……のだが、途中で変な客引きに捕まっていた。
「お嬢ちゃん、その腕時計、綺麗だね~。うちに売ってくれれば王都まで三回ぐらい旅行出来る所にお釣りが出るくらいの金にしてあげられるよ!」
「この腕時計は売るつもりはないわ。勝手にいってなさい」
どうやら、わたし達が捕まった客引きは質屋によるものらしい。
わたしとトールは無視し、歩き続けていた。
「ちぇっ、残念だな~。あ、そうだ、今話題のユーカ・チェリノスキーの一番はじめに出した初回限定版のレコードもお付けするっていったら?」
「……ユーカ・チェリノスキー?」
わたしは聞き覚えがある名前に足を止めた。
「おっ、お嬢ちゃん、ファンかい?若い子はやっぱり好きだね、あの謎の覆面歌手ユーカ・チェリノスキーの事!」
「ラピス、知ってたの?」
トールはわたしに問いかける。
わたしはまさかの呼び捨てタメ口に目を見開いた。どうしたのだ、急に。
でも、今その事を指摘するのはまずい気がした。
「……わたしが想像している子と、同一人物ならね」
声に動揺を滲ませてしまいつつ、わたしは答えた。
「ふぅん、そう」
トールはそれ以上は突っ込んでこなかった。
「ユーカの初回限定版はこれだよ!みてみて!」
そういって質屋はわたしにユーカ・チェリノスキーのレコードを見せびらかしてきた。
レコードの表紙には仮面を被った人間の姿があった。……本当に仮面を被ってデビューしたのね、と笑ってしまった。
「……別に初回限定版じゃなくてもいいのだけど、ユーカのレコードはほしいわね」
そして確かめたい事があった。
「おお!買ってくかい?ユーカのレコードは各種取り揃えてあるよ」
「ラピス、レコード屋で買った方が安いから、買うとしてもそこにしよう?」
「へぇ、そうなの」
わたし達は質屋を振り向きもせず、後にした。
「えぇ、そりゃないよ、お客さん! うちの質屋は朝の10時から夜の23時まで開いてるから、売りたいもの買いたいものがあったらよろしくね!」
質屋は最後までうるさかった。
「ラピス様、ユーカのレコードを買えてよかったですね」
「これが最後の一枚だったなんて、びっくりしたわ」
「本当に幸運でしたね」
わたし達はそんな風に会話しつつ、レコード屋を後にする。
あれからトールは敬語様付けに戻っていた。別にどちらでもいいのだが、何であの時だけタメ口呼び捨てだったのか、気になってしまう。
でも、それを聞くのは何となく癪だった。
「ラピス様は他に気になる所はありますか?」
「別に」
「では、そろそろ服屋に向かいましょうか」
「やっぱり気になるものがあるわ、あれ」
わたしは気まぐれに謎の物体を売っている屋台を指さした。
トールに対するもやもやをトールを振り回す事で晴らしたかったのだ。
「かしこまりました。あそこに向かいましょう」
「あんただけで買いに行ってきて。わたしはここのベンチで待ってるから」
わたしはそういってベンチに座った。
「でもラピス様も来てくださらないと、ラピス様のお好きな味が買えませんよ?」
「あれ食べ物なの?」
「え……それも知らないのにほしいって……あぁ」
トールは「察した」といいたげな顔になった。
わたしがただ単にトールを振り回したくていっただけという事が分かったのかもしれない。
「では、美味しそうなものを適当に買ってきますね」
トールは苦笑しながら、屋台に向かった。
トールは分かっていて敢えて、わたしに振り回される事を選ぶ所がある。大人ぶりやがっているのだ。
「お嬢様、従者さんとのお出かけは楽しいかい?」
「は?」
気づいたら、隣のベンチにお婆さんが座っていた。
わたしとトールの関係をお忍びのお嬢様と従者だとでも思ってるのかもしれない。実際は次期侯爵とその妻だけど。
「お嬢様なのに「は?」って、お口が悪いねぇ」
ふぇふぇふぇとお婆さんは独特の笑い方をした。
「別にいいの、わたしはクソ善人じゃないから」
「クソ善人……ふぇふぇふぇ。お嬢様は善人が嫌いなのかい?」
「……ムカつくのよね、そういう人間をみると。よくやるわと思うわ」
「ふぇふぇふぇ。お嬢様がしらないだけで、お嬢様が「クソ善人」と思っている人間も内心では何を考えてるか分かんないよ?本当は善人とは到底いえないものを抱えているのかもしれない」
「……お説教?うっとおしい」
「お説教というより、忠告だがね」
「はっ、どちらもわたしはいらないわ」
わたし達の関係も見抜けないような人間の忠告なんて、聞いても仕方ないと思った。
「そうかい、後で痛い目をみるのはお嬢様だよ」
「ご心配どうもありがとう、あなたから聞いた忠告やらなんて、きっと1日もしない内に忘れるでしょうけど」
「かわいくない事をいうお嬢様だねぇ。外見は可愛いけどね」
「ラピスさ……ラピス、水飴買ってきたよ。プレーン味といちご味、どちらがいい?」
トールはいつのまにかこちらにきていたらしい。
トールはまた何故かタメ口呼び捨てでわたしに話しかけてきていた。
……もしかしてトール、誰かと会話している時だけタメ口呼び捨てになってる?敬語様づけだといかにもお忍びできてますって事がバレるから?
そう考えるとふに落ちるものがあった。
どうせそんな事するなら、町にいる間はタメ口呼び捨てで通せばいいのに。それ以外の場面ではトールは敬語様づけだから、このお婆さんみたいに察されてしまう事もあるのだから。
「プレーン味がいいわ」
「了解、はいどうぞ」
わたしはトールから水飴とやらを受け取った。
トールには本当はもう一つぐらい使いっぱしりをしてもらおうと思っていたのだけど、このお婆さんと二人きりで話し続けるのはごめんだったので、わたしはやめる事にした。
「これ、歩き食いできるの?」
「出来るよ」
「じゃあそうするわ。そろそろ服屋にいきましょう」
わたしは立ち上がった。
「お嬢様、町は楽しいかい?」
お婆さんはわたしに最後にそう呼びかけてきた。
「……色々見る所が多くて、つまらなくはないわね」
「そうかい。素直じゃない言い方だけど、楽しんでるとみたよ。……それは、一緒にきてる人がその従者くんとだからかもねぇ」
「は?」
「大事な相手との外出は、楽しいもんさ」
それってわたしにとってトールが大切な相手だといいたいの?
わたしに大切な相手なんてもういない、とんだ妄言だ……そう思いたい筈なのに、お婆さんの言葉が頭にこびりつく。
「……別に、そんなんじゃないわよ」
わたしはそういって早足で歩いた。トールもそれについてくる。
「ふぇふぇふぇ。もう少し素直にならないと、大切なものを取り逃しちゃうよ~」
分かったような口を叩かないで。
わたしはそうやって生きていても、大切なものを取り逃す時は取り逃す事をしっていた……お母様の事みたいに。
「ラピス様、あのご老人のいう事はあまりお気になさらないでくださいね」
「……気にしてないわよ」
「それならよかった」
嘘をついたかもしれないな、とわたしは思った。




