デートのはじまり
髪よし、化粧よし、服装よし、とわたしは鏡の前で確認をしていた。
今は朝9時。コンコン、と部屋がノックされる。
「トーヴァです。昨日の夕食で話した通り、お迎えにあがりました」
約束通りの時間にトールはやってきた。
「入っていいわよ」
わたしはクローゼットの奥の方にしまわれていた白いレースと緑の裏地が映えるワンピースを着ていた。
「町に行くのはお忍びで行くので、平民に混じれるような服装で来てくださいね」とトールにいわれていた故のチョイスだ。
前から何で悪くないデザインではあるけど、こんな庶民が着そうなものまで用意されてるの、と思っていたのだが、こういう時の為だったのだろう。丈が短いが、制服でそういう服には慣れているので問題ない。……まぁ制服でもここまで丈が短くはなかったけど。
「よくお似合いです、ラピス様。服がラピス様の愛らしい顔立ちをよく引き立たせていますね」
「愛らしい?お世辞の中でも初めていわれたわ」
「お世辞じゃありません。それと、ラピス様は鮮やかな化粧とドレスが目をひいていたので、かわいい系か綺麗系だとしたら、綺麗系といわれる事が多かったんじゃないでしょうか」
鮮やかな化粧とドレス……言い換えればケバい化粧と濃すぎる配色の赤ドレスだ。
「もちろん、あれはあれでお美しかったですよ。でも、素の顔立ちはかわいい系なのだと思います」
「……あっそ。だからこのクローゼットの服もそういうチョイスだったのね」
やけに可憐な服が多いと思っていた。
「ええ。僕が選びました」
「えぇ、この服達って、あんたが選んでたの……?」
「もちろん。一回ラピス様の服を選んでみたくて」
「着づらくなるような事実を聞きたくなかったわ」
「そうですか……そうだ、僕の服をラピス様が選ぶ事でおあいことしましょう」
「恥かきたいなら選んであげるわ。思いっきりトンチキな服を着せてやるから」
「やった、約束ですよ!」
トールは満面の笑みだった。自分の服を選んでもらう約束をして喜ぶ男性だなんて初めて見た。しかも変な服を選んでやるっていってるのに。
「じゃあ参りましょうか、僕の奥さん」
そういってトールはわたしに手をさしのべた。
僕の奥さんか。慣れない呼び方をされ、わたしは憎まれ口をたたきたくなった。
「ちゃんとエスコートしないと、途中で帰ってやるから」
「あはは、王子程見事にエスコートは出来ませんけど、僕なりに頑張ります」
トールは楽しげに笑っていた。
「ハァハァ……町はまだなの?」
「そろそろですよ」
いつもはそこそこ距離がある場所には馬車で移動するのに、今日は歩きで向かっていた。
腕時計をみると、もう三十分は歩いているようだった。
朝ごはんは町で食べるという話なのに、このままでは時間的にブランチになってしまう。
「ラピス様、お疲れですか?」
「悪かったわね、体力がなくて」
わたしは馬車を使って移動している事が多かったから、正直いって体力がなかった。
トールはバスケ部に入っていたし、体力はわたしよりはありそうだった……ちなみにトールにどうしてもといわれ、一回だけ試合を見に行った事があるけど、まぁ特にエース級の活躍とかをしている訳でもなく普通だった。
トールは基本そういうつまらない男である。
「すみません、いつも僕は歩きで向かっていたので、ついそうしてしまいました。帰りは馬車で帰りますか」
「ふん、今の時点でエスコートは赤点コースね。レディをデートの目的地につく前にくたくたにさせるなんて」
「そんな!?まさかこのままお帰りになるなんていわれませんよね……!?」
トールの焦り顔をみていたら、大分溜飲が下がったので、意地悪はいわないであげる事にした。
「このまま帰ったら、ここまで苦労して歩いてきたのが無駄になるじゃない。そんな事はしないわ」
「よ、よかった…」
トールは心底ほっとしたようだった。
それにしても、今歩いているのは家ばかりが立ち並ぶエリアで、全く目的の町につく気配がない。いつになったらつくのやらだ。
「でも、さっきは流しちゃいましたけど、まさかラピス様が僕と出かけるのをデートと呼んでくださるだなんて……嬉しいです」
「は?もう一回それを言ったらやっぱり帰るわよ」
「ラピス様!? 生意気いってすみませんでした!」
そういってトールは直角に礼をした。
わたしはふふんとトールの素直な反応にいい気分になった。




