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どうしてこうなった

「ラピス様が寝ていらっしゃる内に、僕たちは結婚したんですよ。式は輿入れの事情が事情ですから、開かない予定ですが」


「は?わたしはまだ許可していないのに、いつのまに結婚……!?」

「ラピス様にとっては悪夢のようなものかもしれないですね。……僕のような何の取り柄もない平々凡々を絵に描いたような男と結婚だなんて」

「いや、トールは頭はいいし、そこそこ出来がいい……いえ、何でもないわ」

「え?今、なんておっしゃいました?」

「何でもないといってるでしょう」

「かしこまりました、深く追及はしません」


 トールはそういって一礼した。

 助かった。トールにはとてもじゃないけれど、聞かれたくない言葉を口走ってしまっていたし。


「話を元に戻しますが、僕とラピス様は結婚し、馬車でコンチネンタル領に帰還しました。ここもコンチネンタル領のアーゲンスト家の屋敷です」

「……どうりで見た事ない筈ね」

「ここはラピス様の部屋です。急な事だったので、まだ家具などは買ってませんが、お気にめしましたか?」

「最悪ね。こんな部屋に住むなんて論外だわ」


 広さも壁紙や絨毯もそこそこいい、まぁ悪くない部屋だと思ったが、そんな事いうにはなれない。薬を嗅がせて連れ込まれたのであろう屋敷の事なんて褒めたくなかった。


「そうですか。ラピス様のお好みにあわせたつもりでしたが、失敗でしたね。でも、きっと月日がたてば愛着もわいてきますよ」

「ちょっとあんた、わたしの話ちゃんと聞いた?」

「僕がラピス様のお話を聞き漏らすなんてするとお思いですか?」

「すると思うわ」

「酷いですね、僕はあなたが思われてる何倍もあなたの事を想っているというのに」

「ふん、調子がいいわね」

「はい、ラピス様と新婚生活一日目の僕は最高に絶好調です」

「そういう意味でいったんじゃないわよ!」


 わたしはため息をついた。

 トールはにこにこと幸せそうに笑っていた。呑気なものだ。


「……結婚なんて破棄よ、破棄。わたしはいざとなったら市井に放り出されても生きていけるもの」


 わたしは縫い物が売り物レベルでできるという特技があったので、そういう方面で食べていけるという自信があった。

 それに、他の貴族令嬢よりも身の回りの事ができる自信もあった。わたしが住んでいたソティス家の離れはあまり使用人が寄りつかなかったから、自分の事は自分でやるしかない時もあったのだ。一応お付きのメイドはいたけれど。


「……いくら普通より苦労をしてきたと言っても、公爵家のお嬢様だったあなたが?」

「何か言った?」

「……旦那様があなたにそんな苦労をさせたくなかったのでしょう、と言いました」

「はっ、あの人がそんな父親みたいな事思う訳ないじゃない」

「ですが、ラピス様。この婚姻はソティス家にとって、わざわざ我が家に借りをつくるようなものです。ラピス様の事を想ってなければ選択肢にものぼらなかったでしょう」


「……でも、あなたと結婚だなんて嫌がらせみたいなものじゃない」

「ラピス様、そうおっしゃいますが、この婚姻はあなたにとってもメリットがあるものですよ」

「へぇ。どんなメリットか、きかせなさいよ」


 トールは優しく私に言い聞かせるように微笑んだ。


「それは、あなたを陥れた犯人を見つけ、復讐できるかもしれないというメリットです」

「……!」


 わたしはアンネへのいじめの件は、確かに誰かに陥れられたものだろう。その犯人を忌々しく思っていたのは事実だ。復讐できるものならしたい。

 でも、疑問が残る。わたしはそれを問いかけた。


「何であなたに嫁げば犯人をみつけられると思ったの?」

「あなたが修道院や市井に身をおとす事になったら、犯人の捜索などできる力などない筈です。アーゲンスト家はソティス家に比べれば小さい家ですが、一応貴族です。犯人探しのために人を動かす事もできます」

「他人の力を借りて犯人を探すなんてつもりはない。……わたしは自分の力で探すわ」

「ご自分の力で犯人を探されるとしても、貴族の人間としてのあなたと、権力を失ったあなたではできる事が全然違うでしょう。それに、もしあなたを陥れた相手が貴族だったら、貴族という身分を保ったままの方が接触もしやすい筈です」

「……」


 それはそうかもしれないと思った。

 本当に復讐を望むのだったら、このままアーゲンスト家の人間として生きた方がいい。

 でも、トールと結婚するという事が、元婚約者を想う人間と結婚する事が、どうしても抵抗感がある。そんな事をするぐらいなら、修道院でも、市井にでもどこにでもいってやると思うぐらいには。


 そもそも、私はアーサー様に婚約破棄された事より、トールと婚約する事の方が嫌だった。

 だから、こんな取り引きは成立しないのだ。

 確かにアンネに対して遺恨はあるし、アーサー様に怒りもあるけど、現状が現状すぎて、そんな感情に囚われている余裕はなかった。


「ラピス様は自分のせいで僕とミツカさんの婚約が消えてしまったとお思いですか? そして、その負い目から僕との結婚に踏み出せないのではないですか?」


 ミツカとはトールと両思いであるトールの元婚約者の名前だ。

 アーゲンスト家に訪れた時に何回か見かけ、言葉を交わした事もあった。愛らしく目を惹く美少女で、トールとはクソ善人同士お似合いだとわたしは思っていた。


「はっ、わたしがそんな事を気にする殊勝な人間だとでも?」

「ラピス様はお優しいですから」

「わたしが優しくみえるだなんて、馬鹿じゃないの?」

「これでもテストの成績は常に5位以内です」

「学校の成績じゃなくて人間的に馬鹿って意味でいったのよ。それも分からないだなんて、本当に馬鹿ね」

「なるほど。確かにその通りかもしれませんね。ラピス様のお言葉、しかと肝に銘じます」


 ……嫌みをいってるのにこの反応。従者根性が染み付いてて気持ちが悪いと思った。


 こんなのではわたしと結婚しても、トールはわたしにヘコヘコしてばっかりで夫として振る舞う事が出来るのかと呆れてしまう。ソティス家から勘当され、公爵令嬢としての立場を失ったわたしの方がアーゲンスト家の御曹司なトールよりも、低い立場にいるというのに。


 まぁ、トールは割という時はいうから大丈夫か。

 ……いつの間にか、トールとの婚約を受け入れる事を前提で考えていた。違うわ、私はトールと結婚なんてあり得ないんだから。


「話が逸れましたね。もしラピス様がミツカさんの事で遠慮されてるのなら、その必要はないという事をいいたかったのです。もうミツカさんとの婚約は白紙になり、二度とお互いの婚約者となのる事はありませんから、ラピス様がもし僕との結婚を拒んだとしても、僕とミツカさんがこれから先結婚するなんて事はありえません。僕とミツカさんの婚約破棄は、過ぎた事なのです」

「……気にしなくていいって、いくら気にしてももうトールとミツカの婚約がなかった事になったのは変わらないからって意味なの?」

「ええ、その通りです。もし負い目に思われているのでしたら、僕とミツカさんの婚約をなかった事にした責任をとって、僕と結婚してください」


 そういってトールはわたしの手をぎゅっと握りしめた。

 字面と声音に脅しのようなニュアンスを含ませた言葉に、わたしは動揺してしまっていた。


 気づけば普段のわたしなら聞かないような事をトールに言っていた。

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