ある国の少子化対策
20XX年、少子高齢化及び人口の減少が問題視されてから数十年が経過した。
合計特殊出生率、つまり女性一人が一生のうちに産む子供の数は平均1.2。
女性の生涯未婚率は19.4%、つまり約5人のうち一人が結婚しないまま一生を終える。
性の多様化が進んだ時代は、LGBTに対して「生産性が無い」等と発言した政治家が批判されたらしい。
国民の多くは未だに権利や自由ばかりを主張しているが、このままでは国が衰退していく。
子育てしやすい社会づくりは今後も継続して取り組むとして、他に即効性がある対策が必要だった。
そこで刑法に新たな条文が追加された。
懲役十年以下の刑に処された心身共に健康な成人女性に限り、その者の意思により定められた方法で妊娠及び出産をした場合、その刑を免除する
2 前項の規定は、妊娠及び出産ができる肉体を有していない者には適用しない
つまり、子供を産めば懲役刑を免除する。
建前上妊娠及び出産の目的の一つは刑の執行と同じく犯罪者(刑を免除するため”受刑者”ではない)の社会復帰とされた。
よって、新条文発表会見の質疑応答では次の文言が繰り返し使用された。
「犯罪者の母性の目覚めに期待する」
───
「母性の目覚め、ねえ」
図書館の中で古い新聞記事に目を通し、希は馬鹿にするように鼻を鳴らす。
児童養護施設で育ち、中学最後の誕生日と同時に自分を産んだ人間が犯罪者だと施設職員から告げられたのは僅か3日前。
その直後こそ動揺したものの、希は事実を冷静に受け止めていた。
児童養護施設の入所者は皆、乳児の頃に入所して親の顔を知らずに育つと思っている人もいるだろう。
しかし、それは昔の話であって近年は保護された被虐待児が入所者の65%を超える。
彼らが再び親と一緒に暮らすようになるケースは稀だが、親が時々彼らの顔を見に来たり一緒に出かけたりするケースは多い。
つまり、実際は乳児の頃に入所して親の顔を全く知らないまま育つ入所者の方が少ないのだ。
そして、少数派の彼らが入所する理由は限られている。
乳児を保護する目的で設置された赤ちゃんポスト、生きたまま発見されるのは或る意味幸運なコインロッカー、刑を免除された犯罪者が出産した場合。
親が犯罪者と告げられた直後はコインロッカーベイビーの方がマシだと思った希だったが、時間が経つにつれて考え方が変わっていく。
そもそもコインロッカーに子供を棄てる時点で犯罪者だから、捕まるのが出産前か出産後かだけで、ほとんど同じだろう、と。
施設職員の心配を余所に、希は翌日から何事も無かったかのように登校した。
週末になるのを待って希は図書館へ向かった。
元々読書家ではないため初めて訪れた図書館で彷徨いながら調べた結果、自分の出生に関わる法律をようやく見つけたのだった。
十分とは言えないが一先ず目的を達成した途端、静かな空間で希のお腹から大きな音が鳴り空腹を知らせた。