四十二話
夜の街を走る二人の影。
俺は荒い息を吐きながら、腕を掴んでいた掵生を離すと捲し立てる。
「どういうつもりだ! 相手は警官だぞ。いや警官じゃなくても、敵意の無い相手を殺すなんて……」
人殺しが殺人を語るなんてと考えてしまい、それ以上の言葉を止めた。
「コロシテナイ……トモダチ」
瞳孔が縦に割れ、常に虹彩に光を帯びる掵生が、俺の言葉を否定した。
「なら、いいんだ……」
それにしても、あの時誤魔化すつもりで言った友達発言を未だに擦ってくるコイツは何なんだ。
「俺とお前は敵だ……少なくとも、お前を連れ戻す義務がある」
この仕事をしくじれば、久世や猛の所属する十二番分隊は、仲間をコイツに殺された上に任務失敗と、悪ければ裏切り者のレッテルを貼られる。
そして目の前のコイツを逃がせば、一ノ瀬を追っている俺は間違えなく裏切り者扱いで、一ノ瀬を組織へ連れ戻すどころではなくなる。
「モドラナイ……トモダチ」
俺は冷徹に見下ろし、震える手で刀を握ろうとした瞬間、背後に立つ殺気に鳥肌がたった。
咄嗟に振り返ると、防御した腕に突き刺さるスローイングナイフの鈍い刃、顔を狙い、運が良ければ視界を奪えると踏んだ牽制だ。
そして黒い影がこちらへ静かに駆けてき、その姿に本能的な嫌悪を感じてしまう。
腕に突き刺さったナイフの痛みに、僅かに顔をしかめながら両脇から二振りの直刀を引き抜いた時、影は間近に迫っていた。
「何のつもりだ」
闇に溶け込むような、黒い長袖のセーターに、黒いスラックス、黒く短い髪に澄んだブラックオニキスのような瞳。
そしてなにより、女のような顔立ちにひどい既視感を覚える。
俺だ。目の前に、俺と瓜二つな顔をした人間。間違えなくコイツは俺と同じ人間をベースに作られたクローン……人造人間だ。
「お前こそなんつもりだよ」
「僕の仕事は、掵生を始末することだ。邪魔をするな!!」
一歩引いた男が、再び上腕に装備したナイフを投げ、腰からナイフの柄を取り出す。
折り畳み式かと思えば、大型のサバイバルナイフに匹敵する大きさの刀身が現れ、いわゆるロールアップヒルトナイフだと分かる。
携行性を重視したそのナイフは、俺を一撃で致命傷を負わすには足りない武器だと考えていると、磨かれた鏡のような刀身に、ヌラヌラと塗られた物を確認した。
「チッ……毒か!」
ナイフに塗られた毒は、恐らく即効性の高い毒だろう。致死性については不明だが、神経毒なら筋肉が麻痺するので、マトモに戦えなくなる。
目の前で空を切る切っ先を避け、チラと空いた方の手を見ると、その手に銃が握られていた。ナイフはフェイクか!?
2インチ程の短い銃身に、異様に長い回転弾倉、親指が撃鉄を起こし、目の前にライフリングが切られた大口径の銃口が向けられ、咄嗟に腕で庇った。
けたたましい音と、炸裂する閃光、腕だけ出なく全身に降り注ぐ激痛の正体はショットシェルだ。
「法執行官が護身用に持つ、リボルバー型のショットガンだ。僕のように正しい人間に相応しい」
再び引き金が引かれ、今度は下腹部に激痛が走る。
中遠距離で絶大な効果を発する拳銃の中でも、極めて特異な超至近距離で効果を発揮するショットガン──タウロスジャッジ──はアイリスの持つリボルバーと同じメーカーの物だ。
だがそんな歪な銃には欠点がある。ショットガンの威力を高める集弾性が乏しい点だ。
そして小粒な弾丸は、22LR弾よりも弱く、俺の着る防弾性のコートを貫通する程の威力がない。
「お前が正しい? ふざけんなよ。人殺しに正しいも正しくないもあるかよ!」
俺が直刀を握り、目の前の男を叩き切ろうと刃を振り下ろすが、虚しく空を切り、男はヒラリと回避して見せた。
「龍一の言った通り、野蛮な男だな13番。僕の仕事を邪魔するのも、彼の想定内だよ」
そして男は名乗った自分は篠塚 時志だと──そしてその名前から、俺の脳内に残る記憶を探ると、紐付くのは8番目のクローン『暗殺者』だということだ。
「僕はキミと違って、親友の彼を裏切ったりしない。キミは人としても間違っているな」
篠塚も俺と同じで、龍一を親友か何かだと記憶をいじられているのか。
「ハッ! 人としてだぁ? 俺たちはただの使い捨ての兵器だろ。そんな物が人間なんて語るなよ」
「フッ何を言っている。僕は人間だよ」
自信に満ちた声、俺は今一度記憶を掘り返すが、篠塚も俺も間違えなくクローンだ。
「お前……自分が産まれた時の記憶はあるか? 両親から寵愛を受けて、小学校、中学校と勉強を重ねて、友人や恋人たちの記憶は?」
俺の問いに篠塚は一瞬、ハッとような表情を浮かべるが、すぐに眠たげに目を伏せる。
「…………そんなことどうでもいいだろう」
俺が相場に記憶を戻される前と同じだ。本来人としてある筈の記憶を探ろうとすると、思考にフィルターが掛かったように曖昧になり、それ以上考えないようになる。
これはクローンによる反乱を防ぐために、用意されたフィルターなのだろう。人間として過ごし、両親が居ると設定されて一般社会に溶け込んでいるクローンの記憶に、僅かでも齟齬を生ませない為だ。
「覚悟しろ裏切者……キミを始末した後は、後ろのケモノの番だ!」
篠塚がナイフを逆手に握り直し、回転式拳銃の撃鉄を起こす。




