四十話
家の明かりをつけたまま、俺たちは銃を片手に待機していた。俺と久世、そして十二番分隊の六名の八人体制で待つ。隊員の一人が時計を見て舌打ちをする。
「チッ! 予定時間を過ぎてるぞ。警察に通報されるリスクが高まるぞ」
家の明かりは点いているのに、先程から生活音が一切しない上に二度も掛かってきた電話を無視している状況に、周囲の家が異変を察知して警察に通報するかもしれないのだ。
苛立ちを隠せなくなってきた隊員が、二階に潜む連中に撤収の可能性について相談してくると、階段を上がっていく。
そして上がった悲鳴に俺たちは銃を構えた。
「俺が見てくる」
俺は迷い無く久世と猛、そして二人の隊員に告げると、右手に黒いベレッタM9と、左手は腰に備えた刀の柄を握る。
暗い階段の先に銃口を向けながら、ゆっくりとクリアリングしながら死角を確認し、二階へ上がると立ち込める鉄錆びの匂いに眉をひそめる。
肌寒さを感じながら、半開きの扉へ銃口を向けながら、音を立てずに近づくと、中からゴリゴリと固い物を咀嚼するような音が聞こえた。
扉をゆっくりと開き、勢い良く中を覗けば、開かれた窓から吹き込む風が真っ赤なカーテンをヒラヒラと靡かせ、ベッドに勉強机、ゲーム機にテレビが置かれた普通の部屋の壁を、ペンキをひっくり返したように赤黒く染め、床には無惨に食い千切られた肢体が転がっていた。
「た、助けてくれ……」
呻き声のような悲痛な言葉を発しながら、カーペットをズルズルと這う、先程二階に上がった男だったが、その上半身は真っ赤に染まり、あるべき下半身が無かった。
「ニク……ニク……」
部屋の中央には、カンガルーのような発達した足に、不釣り合いなゴリラのような筋骨隆々の腕、鳥のように毛並みが豊かな胸に真っ黒な羽根を生やした背中──そして眼鏡を掛けた人間の男の顔がついていた。
呟くように言葉を発する男の目には、猛禽類のように鋭い瞳の虹彩に赤い光が纏っている。
「お前……掵生レイだな……」
銃口を向けながら、会話ができるとは思っていないが、その正体を探ろうとすると、掵生はあっさりと首を縦に振った。
暗い部屋にマズルフラッシュの瞬きが3つ。
だがその全ては、背後の窓ガラスを割り、壁と跳弾した床へ突き刺さる。俺は死体を蹴って飛び上がり、刀を抜くがそれより早く丸太のように太い腕が振るわれた。
「がはっ!」
ベニヤとコンクリートで出来た壁をぶち抜き、久しぶりの強烈な衝撃を受ける。
騒ぎを聞きつけた久世たちが、階段を登り、シテススペクトラの火線が目の前を掠めた。
大きな羽根に当たるが、カンガルーのような足は、一瞬で弾丸を避けて部屋へ戻る。
「恭一くん大丈夫!」
激しい銃声の中、耳鳴りが響く俺の肩を揺らす久世のおかげで、意識が途切れずに済んだ。
部屋へ逃げ込み、飛び去ろうとする掵生へ鎖を繋げるイメージをしながら視界の端に白い光が浮かび上がる。
「ぐっ! 逃がすか《縁》」
血を吐きながら、M9と刀を拾いながら、窓ガラスを突き破って飛ぶ掵生の足になんとか鎖を繋げた。
夜の空に響く銃声、耳元を掠める銃弾に、真っ黒な羽根が月を目指して羽ばたく。
ホルスターへ銃を仕舞い、片手に繋がる鎖を血だらけの手で握りしめる。このまま意識を切らせば鎖が立ち消え、掵生を完全に見失う。
「ぐ……逃がすかクソ野郎……」
掵生の体重と、俺と武器の重量は相当な筈なのに、コンドルのように力強い羽ばたきは留まる事を知らず。夜闇に浮かぶ月が照らす街は、徐々に遠退いていく。
「ニク……ニク……」
まだ訳の分からない言葉を呟きながら、今度は急降下していく、俺はジェットコースターに乗せられたような気分で(人生で一度も乗ったことがない)スリル満点な速度で、アスファルトへ叩きつけられた。
***
少し気を失っていたのか、血だらけの顔を起こし、頭を振って身体を起こすと、何故か学生服に眼鏡を掛けた男が、赤い光を纏う目で俺を見ていた。
「うお! は、掵生レイ……」
見失ったと焦った相手が、コクコクと頷きながら目の前に居た。
「ニク……ニク……」
先程人間を食べたであろう男は、俺を食おうとしているのか犬のようにハッハッと、口を開きながら鋭い牙を剥き出しにしてヨダレを垂らしている。
俺は腰の刀に手を伸ばし、鞘から引き抜こうとするが、ふと疑問に思う。
こいつなんで俺の前に居るんだと、明らかに銃を向けた敵に対して、食べたいからかは知らんが、起きるまで待っていたのかと。
「ニク……ニク……」
俺は眉を潜めながら、二振りの直刀を引き抜いた。
***
「ニク!! ニク!! 」
明るい店内に不釣り合い、血だらけの姿をした俺と掵生は、何故かファストフード店で、向かい合いながらハンバーガーの山を眺めていた。
「どうしてこうなった……」




