三十八話
次の日、当然のように俺の前に現れた久世 千佳。
以前から着ていた【リベレーター】時代の防弾繊維でできた制服ではなく、桜陵学園指定の黒を基調とした伝統的なセーラー服。
そして完璧なメイクのおかげで、左頬から首筋に掛かる大きな火傷痕は、すっかり消えており、自己紹介を終えて微笑む久世が、一瞬左えくぼが痙攣したのは、彼女を知る俺にしか理解できないだろう。
肩に掛かる茶髪を靡かせ、甘い香水の匂いを振り撒きながら、俺とは大違いな歓迎ムードが漂っていた。
休み時間になると、久世は男子生徒の興味を一身に受け、女子からは遠巻きに敬遠されている。
久世の男受けするような高い声は、女子生徒からは人気がないんだろう。
俺は喧騒から離れるように教室を出て、久世とは逆に女子生徒から超人気のセドリック・ユールを見つける。
短く絹のように柔らかな金髪に、見るものを魅了する青い瞳、高い鼻梁と優しい微笑が、女子生徒たちを興奮させていた。
どちらにも任務があるのだが、俺の情報を共有したい所なのに……っと考えていると、ポケットが震えた。
白い色のスマートフォン(一ノ瀬のスマホ)を取り出すと、発信者を確認すると『りょうこちゃん』と表示されていた。
時々気になっていたのだが、一ノ瀬はスマホを持っているのに、基本的な連絡を佐野の作った無線機をたよっていたのだ。
これは発信者の情報や、盗聴防止だとかで説明がつくんだが、友達などからの私的な内容でも、スマホに連絡が来るとオロオロしていたのを思い出した。
変換すらできないなんて……さては一ノ瀬、機械オンチってやつか? などと考えながら、必死に受信ボタンを探した……俺も機械オンチなのか?
『あ、やっとでた! 恭一、どう言うことなのよ! 何度も無視するなんて!!』
スピーカーモードとやらにしてなくても、怒鳴り声が聴こえてくる。
「あぁ~スマホとやらを初めて触ってな。どうやって電話を取るのか分からなかった」
本当なのだ。というか、俺の人生でスマホやら電話やらが必要無かったのだ。
『はぁ……まぁ今日、声聞けたのに免じて許してあげるわ』
涼子はしばらく話さなかった鬱憤を晴らすように、電話口から止めどなく言葉が溢れ、俺はただ壊れた人形のように相槌を打ち続ける。
『それに突然転校するなんて……なんであたしに相談は無いわけ?』
「仕事、そう言えば納得してくれるか? 一ノ瀬を探すために転校したんだ」
『あぁなるほどね。じゃああたしから言えるのは一言だよ。雪ちゃんの家で待ってるから、早く二人で帰ってきてね』
涼子と話すようになって一月弱くらいか。涼子のこんな優しい言葉は初めてだ。
「まぁ期待せずに待っててくれ」
それだけを伝えると、ふと廊下をすれ違う男子生徒が目に入った。
数日前に本部を出る際に、氷華へ質問した事を思い出す。
「涼子切るぞ……」
スマホの通話を止めて、通りすぎた男子生徒、眼鏡の奥にある瞳の虹彩に浮かぶ赤色の粒子が確かに見えた。
クオリア素子……能力者同士にしか見えない……掵生 レイ!?
「おい、ちょっとアンタ!」
振り返ったが、そこには誰も居なかった。
すれ違った男子生徒は、久世に見せて貰った資料と人相が違いすぎる。まさか同じ場所に別の能力者が居たのか?
***
夕日が沈みかける屋上で、俺は一人鉄柵を掴みながら人を待った。
ガチャリと重厚な音を立てて扉が開き、一人の女子生徒がスカートを押さえながらキョロキョロと辺りを見回し、俺を見つけると駆け寄ってくる。
「はぁはぁお待たせぇ~」
大した距離を走ったわけでもないのに、息を切らせる素振りをしながら白息を吐き、上気した桜色の頬を見せて笑う。
「あぁ少し待ったな……」
女子生徒が一瞬ムッとするが、すぐに気を取り直す。
「こ、こんなところに呼び出してどうしたの? ま、まさか!? こ・く・は・く?」
茶髪の髪を靡かせながら、甘い香水の匂いを漂わせながら目の前にいる久世は変な事を言い出した。
「呼んだのはお前だろ……真冬の屋上に来る奴なんか居ないからって……」
スマホを開いてメールボックスを確認しようと、悴んだ指を動かす。
「もぉ! 雰囲気台無しだよ! 恭一くんは変なところ真面目だよねぇ~」
唇を尖らせる久世に、俺は昼間見た男子生徒について説明する。
「能力者同士にしか見えない光……そんな重要な話を私にしちゃって大丈夫なの?」
「能力者の間ではわりと常識らしいからな。それより奴に心当たりはあるのか?」
久世が「ちょっと待って」と言って、タブレットからファイルを開いていく、在籍している生徒証の一覧のようだ。
一つ、二つ、確認させるように俺に見せる。察するに、この中で俺が見掛けた生徒を見つけろと言うことだ。
眼鏡の男子生徒……必死に昼間の記憶を手繰り、照合していくこと数分。
「あ、こいつだ」
まるで一ヵ月前の自分を見たような、眼鏡を掛け、短い黒髪に何の取り柄も無さそうな男だ。
「田井中くんだね。ずっとクラスカーストが低くて、軽いいじめみたいなのに遭ってたみたいだけど、最近は別人みたいになったって……」
「そいつが能力者なら、既に頭角を現してるだろうしな……やはり考えられるのは、こいつが掵生レイに、その姿を奪われたってところか?」
掵生レイが『獣化』の異能を使ったとすれば、こいつに成り代わる条件は分からないが、可能かもしれない。
少なくとも、異能を常時発動してるのなんて、相場以外に出会った事がないのだ。普通なことではないのだろう。
それに……掵生レイは、村での生活に飽いていた。研究所を抜け出して、学生としての隠れ蓑を被るのは、おかしくないと思える。
「それにしても寒い……次からはもっとマシなところで、待ち合わせさせてくれ」
「フフッ、青春ドッキドキの恭一くんを見たかった。私の乙女心だよ!」
化粧に隠れた火傷のあとを擦りながら、彼女は引き吊ったようなぎこちない笑顔を見せた。




