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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第二章
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三十三話

 二人の刺客の武器を奪い、俺は二人を両肩に抱えながら真っ暗な洋館を進んでいた。


「なんで止めたんだ。コイツら、殺せばこんな手間も無くなるのに……」


 不満を込めた視線を、アルヴァスの背中へ向けながら苦言を呈す。


「死体を片す手間を惜しんで、止めたわけじゃないよ」


 柔らかい笑みを浮かべるアルヴァスが振り返って言った。


「あぁ? じゃあなんでだよ」


「フフッ……簡単なことだ。人殺しは良くないことなんだ。例えそれが悪人相手であろうとね」


 アルヴァスの言葉に、一瞬頭が真っ白になってポカンとした表情を浮かべてしまった。


「お前、頭にウジでも沸いてんのか?」


 とても正気ではない発言に、怒りや呆れを通り越して、憐れみを覚えるが、当の本人は快活に笑う。


「アハハ! セレナや龍一にも、いつも同じ事を言われるよ! でも殺したくないんだ。」


 そう言って笑いながら、アルヴァスはおもむろに自身の生い立ちについて語る。


 アルヴァス(・・・・・)はもちろん偽名であり、出身としてる中国は、拳法の師と過ごした思い出の地であり、龍一を通じて組織(・・)に勧誘された国らしい。


 元々、アルヴァスは欧州(ヨーロッパ)の出身(はなからアジア人には見えてない)で、両親は世界的に有名な貿易商。


 アルヴァス自身も商売をしていたが、世界最大の貿易大国──中国で、拳法を学び、心技体を鍛え抜いた末に体得した武術は、一子相伝であり師を自らの手で殺めた。


 それ以来、アルヴァスは人の命に対して過敏に反応してしまうらしい。


「それで、あのアベックはどうした?」


 重い荷物(人間二人)を下ろし、裏口から出ると気になっていた質問をした。


「うん、実はね……突然消えたんだよ」


「は?」


 あの暗闇の中で、一般人が音もなく消えられるとは思えないのだが、もしやあのカップルは特殊な訓練を受けていたのか?


 というかそもそも、この遊園地、こんなに霧が濃かったか?


 僅かにミストを発しているエリアもあった筈だが、数メートル先も見えないような濃霧が発生しているとは。


「…………異常事態だね」


 アルヴァスは真剣な表情で呟く。


「前にも似たような事があったな……」


 つい数日前の出来事。


 病院で出会った異能者が、使っていた能力に『異界(いかい)』と呼ばれるものがあった。


 異能(・・)の中でも特別な存在で、能力とは別で固有の結界のようなモノを無意識に作り出せるという。


 あの異能者は、特定の人間だけを中へ招く能力だった。そして目の前の能力も似たような特性を持っている。


 先程置いた二人の男が、血痕も残さず忽然(こつぜん)と消えていた。


「あぁ病院の時だね。つまり彼女がここに居ると?」


 そういえば、アルヴァスもあの場に居たんだっけ。


「いや、あの時確実に首を折った……それにあの女の能力に、蘇生を行えるような効果は無かった」


 蘇生させる能力があるのなら、死んだ我が子を蘇らせていたはずだ。


 これも異能という、人間の願望を歪んだ形で発露させるという特性なのだろう。


「夢の国へようこそ!!」


 園内に響き渡るのではないかと思うほど、大きな声が聞こえる方を向く。


 真っ白な霧に人影が掛かり、よく見れば子供くらいの影を連れていた。


「キミたちは夢の国を汚したのデス! 私の理想を、暴力というバイオレンスな行為で!」


 怒りを孕んだ大きな声を発する男。


 中年の中肉中贅、髪はオールバックで固められ、英国紳士のよう整えられたチョビヒゲの男は、手を引く灰色のネズミと共に現れた。


 どこかで見た顔……創設者──ウォルト・D・ニール。


 この遊園地の入り口にあった銅像の人物であり、灰色のネズミは直視する事を拒む、えもいわれぬオーラがあった。


 まるで世界的有名なキャラクター──ミッ……いや、きっと他人のそら似だ。


 そういえば何処と無く、創設者の名も聞き覚えがあるような気がするが、きっと気のせいだろう。


 額に滲む脂汗を、上着の袖で拭い、臨戦態勢の構えをとる。


「ノー! また暴力デスか!? ここは私の理想を詰め込んだ『夢の国』キミたちの好きにはさせまセン!」


 瞳に宿る光の粒子が、一段と眩く輝くと、辺りの霧が徐々に晴れていく。


 そこには、さきほどまであった喧騒が甦り、老若男女の楽しそうな笑い声が響いていた。


 空には晴天が広がり、美しい虹がかかり、人々は笑顔でアトラクションに興じている。


 笑顔、笑顔、笑顔、どこを向いても、どこを見ても、どんな人間でも、そこには笑顔の人々しか(・・)いなかった。


 特定の人間を招く特性……だが、招かれた人間は、否応なしにこの隔絶された世界から抜け出すことは出来ない。


「お前……無関係な人間を巻き込んでいるのか……」


「……人々を笑顔にする事……それが私の望みデス。その望みを()は聞き入れ、敬虔な私に特別な(ちから)を与えたのデス!! 『夢の国』! この永久(とわ)に終わることの無い、幸福な夢を多くの人々と過ごすのデス!」


 頭がおかしい。


 目の前のチョビヒゲは、両手を広げてご満悦で演説をし終え、困惑する俺の隣から何故か拍手が聞こえた。


 隣を見れば、いつも冷静な美丈夫(びじょうぶ)のアルヴァスが感激した様子で、笑顔のまま手を叩いていた。


「素晴らしい……」


 そして周りからも、チョビヒゲを称える拍手喝采が沸き上がる。


「さすがウォルト氏」

「素敵です!」

「素晴らしい!!」


 アウェイなのは俺だけ、皆チョビヒゲを囲むように称賛している。


 俺はすぐに傍らのアルヴァスの頬を殴った。


「目を覚ませアルヴァス! コイツ能力者だ! 一般人を操って喜ぶ変態だ!!!」


 笑顔を張り付けたアルヴァスをもう一発殴るが、その頬は変わらず、痛みどころか腫れてすらいなかった。


 これはどう見てもチョビヒゲの異能による影響だ。


 この遊園地内では、ダメージを与えられないのか?


「ノー! ノットバイオレンス! なぜ、キミは私の理想を聞いても理解できないのデス!」


「アホか……頭のおかしいオッサンの演説を、理解できるはずねぇだろ!」 


 今度は同じ異能ならばと、チョビヒゲへ向けて駈けながら拳を握る。


 周囲の人々は邪魔をするわけでもなく、笑顔のままで、不気味さを覚えながら俺は小さく呟く。


(えにし)……」


 呟いた時、視界の端に青白い光が映り、両腕に鉄の鎖が巻き付き、ガントレットのように腕を覆った。


 チョビヒゲの眼前へ迫り、右手の拳が顔面を捉える──その時、ビタリと体が硬直する。


「ストップだ…………」

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