二十八話 【幕間】
12月25日──一ノ瀬 雪子は誕生日を迎え16歳になり、その記念すべき日を共に祝うのは彼女の幼馴染であり恋人の新羅 譲。
「16歳の誕生日おめでとう」
細長いシャンパングラスを静かに掲げ、祝いの言葉を口にする新羅に頬を赤らめ光悦の笑みを浮かべる一ノ瀬が嬉しそうに頷く。
「ありがとう譲くん。二人きりで祝ってくれて嬉しいよ」
都内の一流レストランで、VIP御用達の広く落ち着いた一室で美しい夜景を一望しながら未成年ながら、シャンパンを呷り料理を楽しむ。
「でも……私たち未成年なのに、お酒なんていいのかな?」
「ハハッなんだよ。雪子はホント真面目だな昔から……年に一度の大切な日だぞ? 無礼講だよ」
「フフッそうだね。逆に譲くんは、昔から不真面目だよね」
ほのかに頬を赤らめながら、シャンパンの気泡をゆっくり流し込み、存在しなかった過去を懐かしむ。
そしてコース料理のメインディッシュを楽しんだ後、残すデザートが運ばれた時におもむろに一ノ瀬が口を開く。
「なにか悩みでもあるの?」
新羅は驚いた様子で一瞬瞠目するが、すぐに参ったという芝居がかった所作を見せた。
「あぁ雪子には隠し事できないな……」
「当たり前でしょ? 何年の付き合いだと思っているの?」
「そうだな。俺たちの将来に、小さな不安があるんだ」
そう言ってシャンパングラスを優しく持つ、白く華奢な指へ新羅自身の指を絡める。
「何人か邪魔な連中がいるんだ」
「うん……」
一ノ瀬は頬を紅潮させうっとりとした表情で頷く。
「まずは俺の親父『新羅カンパニー』の現総帥とその側近」
「え? 譲くんのお父さん?」
新羅の口から出た人物の名前に動揺する一ノ瀬。
「親父って言っても顔なんてほとんど合わさないし、両親の仲なんて最悪だった。互いに愛人と過ごしてるんだ。家族の情なんてほとんど無い……」
「そうなんだ……でも私たち二人の将来の為なら仕方ないよね? 私は孤児だから分からないけど……──」
自分が孤児ある事実を反芻するように蒼く澄んだ瞳は、夜景に向けられるが、その視線の先は美しい景色ではなく遠い過去に向いていた。
「私、孤児なんだよね……10歳になった頃、組織から声を掛けられて……」
考えを巡らせ混乱している様子の一ノ瀬、それを見た新羅は慌てて頭を振るとダークブラウンの瞳に赤い『クオリア素子』が集結していく。
新羅 譲は異能者である。
その力に目覚めたのはつい最近であったが、異能という力の性質上──自身の願望や欲望を具現化するため──能力の使い方はすぐに理解できた。
新羅の異能は『記憶操作』他者の記憶を操作、つまりは改竄や消去し新たな記憶を捏造する事も可能だ。
上記だけならば、まさに強力な能力者でありそうだが、能力には多くの縛りやデメリットがある。
能力を発動した時に日向 恭一に影響を与えなかったのは、記憶を操作する対象が一人までであること。
あの時点で一ノ瀬を能力の対象に選んでいた為、日向やその他の人間に影響がなかった。
「組織ってなんの事だ? 俺たち二人は幼馴染で雪子は、産まれ持った才能を生かして俺の恋人兼ボディーガードをやっていただろ?」
「そ、そうだったっけ? ううん。そうだった……ごめんね。最近記憶があやふやで……」
次のデメリットは異能に覚醒して日が浅く、能力の使い方にムラがある。
今のように対象者の記憶はちぐはぐになりやすく、その都度嘘で塗り固めるよう、事実を消して新たな記憶を植え付けた。
これらデメリットだけではなく、メリットもあり、それは記憶を操作する対象の記憶を覗けるのだ。
「気にするなよ。昔から雪子は『ストレスが貯まると記憶が曖昧になる』って言ってただろ?」
「フフッそんな昔に言ったこと、覚えてくれてるんだ……」
もちろんこれを言った相手は新羅ではない別人だが、一ノ瀬のとっては懐かしい思い出にすり替わっている。
***
そして翌日の12月26日、日向達が慌てて奔走している最中、一ノ瀬は新羅と共に父親を食事に招くと新羅の父親とその側近たちを、一ノ瀬と自身の兵隊の一部を使用し殺害した。
あらかじめ全てが仕組まれていた暗殺計画により、新羅は秘密裏に処理されたが、新羅自身が知らぬ出来事が一つ。
それは父親の側近一人が組織に内通する情報部の人間だった点だ。
今際の際に送られた二枚の画像のおかげで、新羅は組織に狙われる事になった。




