二十七話
一ノ瀬が居なくなり一時的に仕事を中断しているせいで、俺たちは暇をもて余していたが、一ノ瀬に裏切りの疑惑が出ている以上、俺たち隊員は迂闊に外へ出られないようになっていた。
師走も下旬に差し掛かり年の瀬が近くなってきたせいか、本部が慌ただしくなってきたある日、俺は一ノ瀬 氷華に呼び出され医務室に招かれる。
一度来たことのある医務室には、野戦病院のような忙しさに加えて所々、微かに聴こえてくるうめき声のせいで気分が沈みそうだ。
そして呼びつけた当の氷華は、のんびりと手持ちの試験管に入った液体を眺めていた。
「雪子が行方不明、なんて笑えない冗談が良く耳に入るのだけど?」
「つい2日くらい前に、夜中に寝惚けて外へ出たきり戻ってない」
相変わらず死んだ魚の目をした氷華は、俺に目を向けず試験管を眺めていた。
「雪子は組織のやり方に盲目的に従っていたし、裏切る理由も素振りも無かったのよ? それが突然、音信不通なんて異常事態じゃないかしら?」
「まぁたしかに……誰かに殺されたかも……」
「それは無いわね」
キッパリと断言された。
「その心は?」
氷華は静かに白衣の内側に試験管を仕舞い、変わりに懐から一枚の写真を出してきた。
「誰だこれ?」
やけに豪華なスーツで仕立てられた見知らぬ中年の男だ。
「次は知っているでしょう?」
次に出されたのはその中年の男に負けず劣らず豪華なスーツを着た──こちらは馬子にも衣装って感じだが──新羅 譲。
そしてその隣には見覚えのある少女が、あどけない笑顔を向けていた。
「なんで一ノ瀬があの新羅と居るんだよ……」
「それは此方が聴きたいのだけど?」
氷華を見ると怒りを孕んだ目を向けられていたが、俺にもどうなっているのかサッパリだ……
だが新羅に関して一つだけ違和感があったことを思い出した。
「氷華……今さらなんだが聞きたい事がある」
「今、雪子の話を聞きたいのは私よ?」
「一ノ瀬に関わる話かもしれないんだ……」
俺の言葉に黙る氷華が腕を組み、無言で話すよう促してくる。
そして俺は異能を行使し、左手の小指と親指を鎖が繋がるようにイメージした。
すると視界の端にはいつものように青白い光が現れ、俺はこの光を指して氷華へ質問を投げる。
「今まで気にしてなかったが、この光って何なんだ」
「本当に今さらな質問ね。諸説が色々あって形而上学的ではあるけれど、クオリア素子と呼ばれていて簡単に言えば能力者同士は、それらを互いに知覚でき、逆に非能力は知覚できないとされているわ」
かなり小難しい言い方をされたが、要はこの光を『クオリア素子』と呼び『異能者には光が見えて』逆に『異能を持たない人間には見えない』という事らしい。
「なら話が早い。そのバカ息子……新羅 譲は異能を持っていたんだ」
その力が何かは分からないが、奴は確実に何かの能力を発動させていた。
「つまりその男の能力の影響で、雪子は姿を行方を眩ませたというわけね」
「行方は掴めているだろ? この写真があるんだから」
トントンと机に張り付いた写真を叩く。
「いいえ。その写真を納めた情報部の人間は、雪子に殺されたわ」
「は?」
今まで楽観的に考えていたが、組織に所属する人間を故意に殺害したとなれば、それは確実に組織への裏切り行為じゃないか。
「たとえ異能者の影響下にあった為に起きた事でも、非能力者がほとんどの組織では、離反として見られているわ」
氷華は眉間にシワを寄せながら、小さなため息混じりに頭を抱える。
この組織の裏切り者への処罰は厳しい、それは俺が身を持って知っていた。
「組織のトップに直接掛け合えば、この状況を伝えられるだろ。氷華は創設メンバーなんだからパイプはあるんだろ?」
「ここに事実上のトップは居ないわ。まぁ末端の人間には1番目のクローンが、組織を統括している事になっているわね」
あの大男がこの組織のトップとは、お世辞にも頭が回るタイプではなく、どちらかと言えば脳ミソまで筋肉なゴリラだ。
「じゃあ氷華が下知を取れば……」
「私は一度組織を裏切ったのよ? 貴方もだけれど、そんな人間に組織内で発言力があるわけ無いわ」
よりにもよって失踪直前まで一ノ瀬の側に居たのは、この間抜けな俺と来れば盛大なため息しか出ない。
最も一ノ瀬の助けになるはずの人間が、組織での発言力皆無。
「こうなったらもう手立ては一つだろ……」
「その心は?」
力無い言葉と死んだ魚のような目だが、心なしか言葉の端に高揚を感じた。
もう一度組織を裏切るような結果になっても構わない。俺は俺の意思と独断で、一ノ瀬を取り戻す。
「力づくで一ノ瀬を連れ戻す!」




