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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第二章
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二十四話

 梶元を乗せた最後の車が出て取り残された岸本をエドゥアルドに任せ俺は慌てて、穴だらけのセダンへ駆け寄った。


 所々から変な液体が漏れており、慎重に後部座席の扉を開けると座席に突っ伏したままピクリとも動かない涼子の姿がある。


「嘘だろ! まさか流れ弾で……──」


 焦燥しきった俺は頭を掻きむしり、恐る恐る涼子の肩を掴んで顔を見ると、突然起き上がった涼子に組みつかれた。


「──何してるんだ……」


「一人置き去りにされて怖かった……」


「それは悪かったな。だがあの場で一番安全なのは、鉄板に守られた車内だったんだよ」


 流れ弾に当たって死んだ訳じゃなくて安心したが、感情の起伏の激しさに困惑してしまう。


 涼子を抱えて車を脱出すると、トランクルームから紙袋を取り出す一ノ瀬と目があった。


「えへへ~♪ 涼子ちゃんもお洋服も無事だねぇ~」


「まぁ奇跡的にな。あれ以上弾丸を受けてたら、流石に無事とはいかなかっただろ」


 それもこれも皆殺しにしようと考えていたオレとは違い、一ノ瀬が無力化してくれたおかげだ。


「無事でなによりですね。そろそろ私を解放していただけると助かります。何しろ仕事が山積みですから」


 嫌味たっぷり言い放つ岸本を見、そういえばまだ居たのかと思い出す。


 一ノ瀬が荷物を残された一台の車へ詰め、俺は涼子を再び後部座席へ押し込める。


 一ノ瀬が助手席へ乗り、俺も倣って後部座席へ乗り込むと、最後に岸本へ銃を向けていたエドゥアルドが運転席に座る。


「ふぅ~では私は人質から解放されるという訳ですね」


 終始飄々とした態度を見せる岸本を一人、埠頭に残して車は静かに発進する。


***


 車が出て数分、しばらくの静寂が車内を支配していたが、一ノ瀬はおもむろに口を開いた。


「どうしてこんな事になったのか、説明してくれるよね? 日向くん」


「|七浜ランドマークタワー《あそこ》で同級生と会って、絡まれたのでボコボコにした」


「それで私たちは命の危険に晒された……ってことかな?」


 いつものおどけた様子ではなく、まるで上司が説教をする前段階のような緊張感がある。


「勝手な行動をしたな。すまん」


 平謝りをすると一ノ瀬がゆっくりとこちらを向き、蒼く澄んだ瞳でジッと俺を睨む。


「勝手な行動を取るのは、何も日向くんだけじゃないけど……任務と関係なく暴れた挙げ句に、仲間を危険に晒すのは、無為な人的損失を被ったとして組織(・・)への裏切り行為と捉えられてもおかしくないよ?」


 一度組織(・・)を裏切った俺への不信感を含んだ警告なのだろうか。


「俺は一度、氷華側に付いた裏切り者かもしれない……信じてくれとは言わないが、今回の浅慮は故意じゃないことだけは主張させてもらう──」


 俺一人が引っ掻き回した挙げ句に死ぬのなら、何の悔いもないんだが、その結果に一ノ瀬や涼子が道ずれになるのは俺の望む事じゃない。


「──すまなかった……」


 ここにいる他の三人は、目的のために作られた俺のような安い命ではない筈だ。


 神なんて高尚(こうしょう)な偶像を崇めた事はないが、三人の(せい)には何か意味があると思いたい。


 両膝に手の平を突き立てて一ノ瀬へ頭を下げ数秒のつかの間、一ノ瀬からそれ以上許否(きょひ)の声が上がらず、俺は静かに頭を上げた。


「涼子ちゃんを連れて組織へは戻れないから、今日は私の家に戻るね」


 一方的な報告をすると、俺の返事を待たずに運転中のエドゥアルドへ英語で話し掛ける。


 俺は硬いシートに背を預け、イルミネーションに彩られる町並みを眺め、涼子は俺の膝の上へ頭を乗せた。


「雪ちゃんに怒られちゃったね? 後悔してる?」


 セダンの走行音に掻き消されるほどの小声で話す涼子だが、そんな小声でも恐らく一ノ瀬には聞こえているのか、ルームミラー越しに一瞬目が合った。


「いいや。涼子に手を貸した事に後悔はしてない……ただ、あの状況を俺だけでは誰も救えなかった──」


 心の安寧を求めるよう、自然と膝に置かれた涼子の金髪を()きながら、耳たぶにつけられたピアスを軽く撫でた。


「──俺だけが死ぬんなら何の問題も無いんだがな……ハハッ」


 いつの日か始種(シード)に言われた『自分の産まれた意味も目的も覚えていないお前は欠陥品』だと。


 奴に言われるのは癪だが、まさにその通りだろう。あまつさえ敵と言える『相場(あいば) (りゅう)』に何度も助けられるという始末だ。


「それは違うよ──」


 一ノ瀬がそう呟いた。


「──出来る事なら、誰も死なない方がいいかな。私も日向(ひなた)くん、涼子ちゃんもエドさんもね♪」


 いつものおどけた調子に戻った一ノ瀬が、俺たちへウィンクをした。


「私も雪ちゃんに賛成~恭助には死んでほしくない」


 あどけない笑顔を向け、涼子は笑いながら俺の手を優しく包む。


 よく見ればここ数日で随分と傷ついてしまった拳に、細く暖かい指が傷跡をなぞる。

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