二十話
偶然鉢合わせたバカ息子こと新羅 譲と愉快でクズな仲間たちに囲まれ、一ノ瀬の財布を奪われた挙げ句、勝手に盗んだと勘違いして俺の胸ぐらを掴んでくる。
正直このまま両手のホットココアとホットコーヒーを、取り巻きの顔にぶちまけて目の前のバカ息子をぶっ飛ばしたいところだが、最悪な事に周りの目が多すぎた。
すでに騒ぎになりかけており、それに気付いたのか取り巻きの二人が新羅を制する。
「譲くん、ここじゃマズそうだから……」
「チッ! おいオタク野郎、ちょっとツラ貸せ」
なんてコテコテな誘い文句だとため息を吐きながら、拒否権など無いとばかりに、取り巻き二人が無理矢理肩を組んでトイレの前まで来ると、追加の取り巻きのギャル二人が出てきたところだった。
「譲ぅ~なにそいつ?」
「あぁ、コイツ同級生の財布盗んでやがったから、ちょっとシメてやろうと思ってな」
「ヤッバ~ちょ~キモい」
ゲラゲラと下品に笑う二人のギャルから遅れて女子トイレから出てきたのは、つい昨日会った濱田 涼子だ。
だがその目は虚ろで、俺や新羅たちを捉えていないよう、壁に体重を預けるようにして出てきた。
そんな三人を尻目に俺たちは男子トイレへ入っていき、中に居た先客を脅して外へ追いやると、後の女三人もスマホ片手にゲラゲラ笑いながら男子トイレへ入ってくる。
「あのな何か勘違いして──」
俺が言い掛けたその時、先を行っていた新羅が突然振り返り、素人特有の力任せの右ストレートが避けられない顔面を捉え、続いて下腹部をニーキックが突き刺さる。
思わず両手に持っていた飲み物を床へぶちまけ、背後の女たちがゲラゲラと笑いながらパシャパシャと写真を撮り始めた。
俺が組織に入る前、何度も受けたリンチだ。痛み以上の屈辱が押し寄せてくる。
「俺のユキちゃんに、てめぇみたいなキモいオタクが触れて良いわけねぇだろ!!」
新羅の理不尽な暴力は加熱し、支えていた取り巻きの二人も面白がって転がる俺を蹴る。
「クッ……フフッ」
『俺のユキちゃん』なんて恥ずかしい台詞、よく言えたもんだと切れた口の端を吊り上げて笑っていると、不意に取り巻きの足が止まった。
「おいオタク野郎、何が可笑しい?」
「フフッ……いや、勘違い野郎ってのは見てて滑稽だなって……お前の話を一ノ瀬の口から聞いたことが無くてな」
「あぁ? てめぇみたいなオタクが、ユキちゃんと話すわけ無いだろ。勘違い野郎はてめぇだ!」
俺の髪を掴んで無理矢理立たせてき、狂気すら感じる眼光の鋭さに気圧され、また無様に顔面を殴られ笑いが起きた。
新羅の狂気の瞳に宿った赤い光の粒子が、淡く揺らめいている。
「チッ……めんどくせぇ……」
俺の人生というやつはどうしても、戦いを避けられない運命を背負っているようだ。
軽く痛む節々を擦りながら立ち上がり、口の端の血を拭うと両手に唾を吐き目元に掛かる前髪を、無造作に掻き上げる。
「手加減しないからな……おまえら」
「あぁ? どの口が言ってんだ?」
新羅の怒りに満ちた目が鋭く俺を射ぬくが、そこに殺意とやらは感じない。
ヘラヘラと笑いながら二人の取り巻きが『俺たちに殺らせてくれ』と新羅を制すると、新羅よりも洗練された左ジャブが飛んできた。
軽く上体を後ろへ反らし、二度のジャブやり過ごした時、背中が取り巻きのギャルにぶつかった。
「いたっ! キモオタなにすんのよ!」
ギャルの一人に非難され、背中を強く押された瞬間、眼前に迫る男の右ストレートを顔を反らす事で避けると、背後に居たギャルに当たった。
「あっ! ご、ごめ──」
顔面にクリーンヒットした仲間を労る男の顎を、拳底で突き上げると、泡を吹き出しながらタイルへ仰向けに倒れた。
背後のギャルが『痛い痛い』と鼻から血を流し訴えているので、後ろ蹴りで黙らせると突っ込んでくるもう一人の男に一発殴られるが、襟と腰のベルトを掴み持ち上げると鏡に叩きつけた。
もう一人のギャルは一睨みすると涼子のスカートにしがみつきながら、その場にへたり込むとスカートの裾から黄色い尿を漏らす。
失禁したギャルを無視して、最後に残る新羅へ向き直ると露骨な動揺の色が見える。
「グッ! オタク野郎! お、俺に手を出せば俺の親父『新羅カンパニー』の総帥が黙ってねぇーんだぞ!」
目の前にいるコイツが『例の光』を目に宿している以上、異能者であるに違いないのだろうが、ここまで来ても能力を見せる様子がない。
一発小突いてみるが、俺の身体に変化はない事を見ると、新羅は能力の使い方を知らないのかもしれない。
新羅の取り巻きの一人が持っていた一ノ瀬の財布を取り返すと、改めて一つの質問をバカ息子へ投げた。
「涼子はなんでお前らと一緒にいる?」
「そ、その中毒者なら俺からスピードを買ってラリってんだよ。コイツ中学の時は俺らから買ってたから……」
一発小突いたことでペラペラと話す姿に、矮小な小物にしか見えなくなってしまい、戦う気が削がれてしまった。
それに元々コイツらターゲットでもなんでもない、半グレにもなれないただの不良だ。
床にぶちまけた飲み物を一瞥し、涼子を連れて男子トイレを後にする。




