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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第二章
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十話

 目の前に立つ悲愴な肉塊、そこに埋もれた赤ん坊は目元に皺を寄せて泣いていた。


 その泣き声が止んだ瞬間、ギョロりとすべての赤ん坊の目がこちらを睨む。


「頭がおかしくなりそうだ……」


 右手に持った電動チェーンソーのハンドルを強く握り、スイッチを押し込むとけたたましい音を上げて、勢いよく刃回転を始める。


 そしてある程度チェーンスピードが乗った時、眼前の肉塊へ刃を向けてハンドルを力強く握り、赤ん坊の顔を貫いた。


 ブチブチと肉が裂け、血飛沫が止めどなく吹き出すと肉塊から白い小さな歯がむき出しになり、警報装置のベルのように鳴き始める。


 幼児の泣き声は心理的に不安を煽るとは良く言う、目の前で敵意むき出しで肉塊が巨大な腕を振り上げているというに、俺に罪悪感のような物が芽生えた。


「私タチノ子供ヨ……ドウシテ?」


 目の前の肉塊は赤ん坊、そしてその背後に居るバケモノのような異様な女の言葉はまるで純粋な疑問を投げ掛ける子供ようだった。


 そして振り上げられた拳の事も忘れていた、俺の頭を砕かんばかりの勢いで振り下ろされリノリウムの床へ叩きつけられる。


「がぁ!」


 強烈な痛みと衝撃に加えて、割れた床の破片が身体中に刺さった。


 痛みのせいか意識がハッキリしている。


 頭上で再び巨大な腕が振り上げられる音が聞こえ、慌てて立ち上がり腰に携えた二振りの刀を引き抜くが、眼前に聳えていた肉塊は音もなく消えていた。


 まるで最初から何も居なかったかのよう。かわりに異様な女が黒い歯を向けてヘラヘラと笑っている。


「ヒヒッ……ズット一緒ヨ──アナタ」


 低い女の声が廊下に響き、瞳に宿った粒子がひときわ濃く発光すると、背後から赤ん坊の泣き声が聞こえ、振り返った瞬間──激痛と衝撃を伴って俺の身体は宙を浮いていた。


 メキメキと骨が軋み、ブチブチと皮膚が破れる。


 天井の石膏ボードに叩きつけられ、蛍光灯の破片が身体に突き刺さった。


 この攻撃を普通の人間が受ければ、内臓が潰れて骨が粉々に砕かれていただろう。


「ぐっ……めちゃくちゃ痛い!」


 いつの間にか口を切っていたのか、口を開いた時にドパッと血が漏れた。


 手から離れた直刀を異能『(えにし)』で手繰り寄せてから立ち上がり、深々とチェーンソーが突き刺さる肉塊へ斬りかかる。


 赤ん坊の目を抉るように刃紋が目玉を裂けば、痛みのあまり赤ん坊が泣き出す。


 構わず切っ先を突き立てようとすると、背後の女がなにかを叫び眼前の肉塊の姿がかき消えた。


「ドウシテ……ドウシテ……」


 なにかブツブツ呟いている女を無視して、直刀についた血を肘窩で脱ぐって鞘に戻すと一目散に逃げ出した。


 この異常な空間であれだけ落ち着いた態度に、異様な言動、あの女がこの事態に関わり深いだろうが、今の俺には対抗する手立てがない。


 あのまま瞬間移動する赤ん坊を相手にしていたら、いくら頑丈が取り柄の俺でも持たないだろう。


 正直いまこうして走っていても、身体中の痛みで倒れそうだ。


 コンクリートとガラス片を引き抜きながら、ようやく見えた廊下の突き当たりを曲がり、階下へと続く真っ暗な階段を降りる。


 すると何処かから女の話し声が聴こえてき、それと同時に身震いするほどの寒さを覚えた。


 見ればエントランスらしき場所で、青い薔薇が刺繍された白いロングコートを着た一ノ瀬(いちのせ)が、鋭利な日本刀──冰刀を構えている。


「答えて……どうして組織(・・)を裏切ったの……」


 いつものふざけた様子ではなく、低く重い声音で問う相手は氷華先生だ。


「止めなさい雪子、貴女は組織(あいつら)に利用されているだけよ」


 氷華先生は非常に落ち着いた声音だが、一歩ずつ一ノ瀬から距離を取っている事を見れば、望んだ再会ではないことは明らかだ。


「そうだとしても……仲間を殺したお姉ちゃんより、信用できるから……」


「仲間ね……私も少しは後悔しているわ。でも、貴女を守る為には仕方なかったの」


「いつまでも子供扱いしないで!」


 敵を前にしてあれだけ取り乱す一ノ瀬を初めて見た。


 蒼い瞳に涙を浮かべ、睨むように氷華先生を捉える一ノ瀬が動き、大きく斬りかかった。


「私はもう! ずっとお姉ちゃんの後ろに居た、昔の私じゃない!」


「癇癪は止めなさい……」


 相変わらずしんた死んだ魚のような目で、一ノ瀬の斬撃を軽々と避けて懐から試験管を取り出す。


「お姉ちゃんが組織へ戻らないなら! ここで私は一人でも戦えるって証明する。お姉ちゃんを殺して、私がお姉ちゃんの分も組織へ貢献するから!」


 完全に冷静さを掻いているのか、氷華先生が放った試験管を叩き切った瞬間、試験管の中に入っていた鉄片が爆発する。


 小さな炎が上がり一ノ瀬は慌てて飛び退くが、腕には軽い焦げ目とガラスの破片が刺さっていた。


 恐らくあの試験管に入っていた鉄片は『金属ナトリウム』だったのだろう。


 灯油に入れて保存する金属ナトリウムが割れて飛び出たところを、一ノ瀬の刀が切り、断面に氷華先生が異能で空気中の水分を付着させたことで反応、爆発したってところか。


「貴女の決意は分かったけれど、私にも成すべき事があるわ。悪いけれど、昔のようにわざと負けてあげれない……」


 そう言うと気温が一気に下がり始め、身体中の血液が凍るのではないかと錯覚するほど寒くなってきた。


「いつまでも子供扱いしないで……」


 負けじと一ノ瀬も冰刀を構え直し、鋭い眼光で相手を睨む。

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