三話【幕間】
青空が広く、葉は落ち尽くし、鈴懸すずかけが木に褐色かっしょくの実を乾かす12月22日の昼。
白い息を吐きながら左頬に細い指を当てる女性──久世 千佳は呟く。
「はぁ~二日後だよぉ」
ワンポイントスリングに掛かったシテススペクトラを手放し、その場で膝を折ると傍らに居たトライバルタトゥーの男性──佐野 純也が呟き返す。
「あぁ~そういや明後日は友也の命日か……」
「うぅ~んそっちじゃなくてぇ」
今は亡き親友を想う佐野とは、まったく別の事を考えていた久世はやんわりと否定する。
「ユキちゃんの誕生日、明後日でしょ?」
久世の言う一ノ瀬 雪子の誕生日は天涯孤独の孤児である彼女が知り得た情報ではなく、姉に伝えられたものだ。
「えっマジかよ……ユキちゃんの誕生日なんて初耳だぜ?」
佐野は去年の今頃、現在の本郷 恭助のように任務において利用されたものの、特殊技能と戦闘技術を買われて今も【第十四番特殊分隊】に所属している。
そのために初耳だったことを告白すると、久世も小さくため息を吐いた。
「私は出会った頃から誕生日知ってたけど、ユキちゃんには誕生日を祝う習慣が無かったの……」
佐野より遡ること三年前、久世と一ノ瀬はウガンダの戦地で出会った。
「出会った頃のユキちゃんって、まったく感情を表に出さなかったし……今でこそ学校に通うからって、一般常識もある程度分かるように漫画とか貸してたんだけど……」
「あぁ~そうらしいな。俺が出会った頃は今のユキちゃんって感じだけどな?」
紫煙を吐き佐野が答えると、二人に歩み寄る足音が一つ。
「ユキ姉がどーしたんすっか?」
M-16を持った黒髪に黒い瞳の少年が一人──本名を本郷 猛と言う、ハームフルコーポレーションの孤児院で育った生意気そうな少年だ。
「あ、タケルくん! ユキちゃんの弟ならプレゼントしたら喜びそうな物も分かるよね!?」
目を爛々と輝かせながら立ち上がる久世に気圧される猛。
「え、あ……ゆ、ユキ姉の喜ぶものっすか~うーん……」
頭を悩ませる二人を前に、佐野はあっけらかんと言い放す。
「新品の銃とかどーよ? ユキちゃんはガキの頃からおんなじ銃使ってんだろ?」
一ノ瀬が使う愛銃『グロッグ42』は彼女が幼少の頃より使っていたグロッグシリーズ最小のモデル。
「いやぁ~そりゃまずいっすよ佐野さん」
「そうそう! ユキちゃん銃嫌いだもん。この前の南米での任務も、エドさんとアイリスさんが説得してようやくKAC持ってくれたんだから」
二人に諭され佐野が「だったら何にすんだよ」と投げ掛けると、またも長い沈黙で場が静まりテトラポットに打ち付ける波の音だけが聞こえる。
「私たちユキちゃんの好きなもの、何も知らないね」
火傷痕を撫でながら苦笑する久世に、猛が首を振って否定する。
「ユキ姉は元々、必要以上に自分のこと話す人じゃないっす。久世さんや佐野さんのせいじゃないっすよ」
「弟分のタケルが知らないのも問題なんじゃねぇーの?」
「ハハッ面目無いっす……」
一頻り談笑を終えた三人が立ち上がると、各々が自動小銃や軽機関銃を手に持ち直す。
「さぁ~とりあえず、ユキちゃんの誕生日パーティーは盛大にやる! その前にこの仕事さっさと終わらせましょう♪」
「あぁ、そういやアイツ死んだらしいな」
「アイツ?」
猛が小首を傾げると、佐野は「あ~」っと名前が出てこない様子だ。
「本郷 恭助くん……だよジュン」
「そうそう! そんな名前だったな……」
猛がうつむき小さく「本郷……」と呟くと、久世が顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「あぁいや、なんでも無いっす! なんか聞き覚えがあるよーな無いよーなって……」
「そりゃあたぶんアレだろ。ユキちゃんが話してたんだろ?」
「かもしんないっすね!」
「そのユキちゃんも心配なんだよねぇ~」
久世が火傷痕を撫でながら思案した様子を見せると、佐野は疑問符を浮かべる。
「は? 何が心配なんだよ? いつも通りのユキちゃんだろ」
「アレのどこがいつも通りなのぉ~! 完全に落ち込んでるでしょ!」
ここ数日の一ノ瀬は、学校での出来事など普通の女子高生として青春を謳歌している様子で、日々の話を聞いている久世だからこそ、心境の変化がつぶさに分かる。
そしてその変化とは、毎日のように恭助の話をしていた一ノ瀬が、ある日を境にパッタリ話さなくなったことだ。
「私はシヴェールさん、ルートビヒさんとクリスさんを殺した後のユキちゃんを知ってるから、今回もそれに近いって感じなの」
「ほーん、でも仕事に失敗はないし、支障ないだろ」
佐野の失言を咎めるよう、久世がジト目で佐野の顔を覗き込む。
「支障おおあり!」
「佐野さん……ユキ姉って過度にストレス掛かると記憶が飛ぶんっすよ……」
「はぁ!?」
衝撃の事実に佐野が瞠目する。
「それだけじゃないよぉ! 只でさえトラウマのせいで、手の震えが止まらないのに、これ以上負担掛けると取り返しつかないかも……」
久世の語る真実に佐野は驚愕し、猛は深いため息を吐く。
自分たちも人殺しを生業としているため、一ノ瀬が抱える重圧の一端に共感する部分も多い。
仲間の死が軽い筈がなく、だが気丈に振る舞ってみせる一ノ瀬の姿を想像する三人の脳裏には、少しでも重圧を軽くするために毎年うやむやになる誕生日を、今年こそ開催しようと考えていた。




