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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第一章
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四十四話【幕間】

 クリスマスムード一色の街にはカップルが溢れ、倉庫街から外れたビル群を突き抜けるホテル『七浜グランドホテル』はクリスマスイブを2日前に控えた今日も、予約でいっぱいだ。


 正装で溢れ返るロビーに横付けされたタクシーから一人の壮年男性が降りる。


 毒々しいバイオレットの光沢がある高級スーツにベスト、そして爪先の尖った蛇革靴。


 ムスクの香りを漂わせる男の名は本郷(ほんごう) 允人(まさと)、人情派で知られる長尾組の下『長尾の龍』と呼ばれる男は、肩で風を切りながらロビーへ入っていく。


 一目でヤクザと分かる一般客は、当然のように道を開ける。


 そして当の允人本人も、待つつもりもないと言った様子で遮る人波をかき分け、時に暴力を振るいながらカウンターまでくると、怯える受付嬢に向けて口を開く。


「待ち合わせている鈴木(・・)だ」


「す、鈴木様ですね! 少々お待ち下さい!」


 鈴木という偽名を名乗った允人を案内するのは、支配人を名乗る壮年の小綺麗な男が先導する。


「意外に無口なのですね。本郷様は……」


 エレベーターに二人で乗り込んだタイミングで、支配人が声を掛けると允人は咄嗟にスーツの内側へ手を伸ばす。


「どういう意味だ? 俺様がベラベラと話をすれば、赤髪は喜ぶっていうのか?」


「いえいえ滅相もありません。むしろ彼らは口が硬い方がお好みでしょう」


「そうだろうな。俺様もそう思うぜ」


 允人の脳裏に数年前、息子が拐われた日の事が思い出される。


 小学校から帰ってこない息子を案じ、妻が警察に通報したところ駆けつけたのは制服の警官ではなく、高校生くらいの赤髪だった。


 その赤髪に連れてこられた少年──恭助(きょうすけ)を息子として育てる事が、拐った允人の息子──(たける)の解放条件である。


 ただし赤髪は少年を育てる際にいくつかの条件を出した。


 一つは地獄とも呼べる劣悪な環境で育てる事。


 二つ、愛情を一切注がない事。


 允人にとって上記二つの内容は、容易に実現できる。一つ目は允人本人ですら味わった事の無い、劣悪な環境を与えるのに自分の部下を使い、允人本人が悪役を演じればいい。


 二つ目は当然、自分の血を分けていない存在に愛情などあるわけもなく、それを隠すこと無く接すればいいのだ。


 だが年端もいかない恭助相手に妻は心を壊しそうになり、二つの条件を守れず恭助を庇ってしまった。


 そのせいで、赤髪に狙われることを恐れた允人が、ここ『七浜グランドホテル』に部下を護衛に付けて軟禁している。


 允人にすれば、ここへ呼び出された内容について、妻が関係しているであろう事を考えると冷や汗が止まらない。


 必死で平静を装いながらも、允人は懐に入ったルガーを手放せず正面に立つ支配人の背中を睨みながら、赤髪に対しての言い訳を模索している。


「お待たせしました鈴木様。つきました」


 支配人の言葉通り目的の階層へ到着したエレベーターは、静かに扉を開く。


 允人がエレベーターを降りると同時に扉は閉まり、支配人はエレベーターへ残って下層へ降りていった。


 懐に突っ込んでいた手を取り出し、允人は襟を整えるとVIP御用達のスイートルームへと足を運ぶ。


+++


 允人が赤髪と会う際に共を連れないのは、赤髪と交わした解放条件の一つだが、これに関しては赤髪も同じなのだ。


 スイートルームへ入るとソファーに寝そべる漆黒のロングコートを着た赤髪こと──赤井(あかい) 龍一(りゅういち)が居た。


「ん? おぉ! 来たか!」


 勢いよく起き上がった赤井が允人に手招きすると、室内へ入る允人が机を挟んで赤井の正面に立つ。


「お久しぶりです」


 允人が挨拶すると赤井はつまらなそうに頬をポリポリ掻きながら、タバコに火を点ける。


「ふぅ~他人行儀だなぁ~俺たちは協力者だぜ? もっと気楽に行こうぜ!」


 赤井がニカッと笑うが、実の息子を拐った首謀者を前に──なにより妻を軟禁していた部屋へ呼び出された允人が気楽に出来るはずもなく。


「気遣いありがとうございます……」


 睨みながらそう答えるだけだった。


「今日、お前を呼び出したのは他でもねぇ。お前の息子(・・)に関してだ」


 ヘラヘラと笑いながら話す赤井に、不快感を示しながらも允人には確かめないといけない事がある。


「どちらの、息子でしょうか」


「どちらって……決まってんだろ? お前を殺したいほど恨んでる方の息子だよ」


 赤井と交わした条件の三つ目──恭助に殺しの動機を作らせるために、憎まれ役を買うことだ。


 つまり最終的には息子として育てた恭助に『殺されろ』という事。


「そうですか……──」


 允人は心の奥底で微笑んだ。一矢報いるつもりで、数日前に偶然を装って恭助を殺した。


 その事に関して、允人を殺しに来たのだろうと、そして妻を見せしめにでもするつもりで、この部屋を指定したのであろうと。


 允人はヤクザとして裏社会で名を馳せた男であり、妻も長尾組の長の娘であり気丈な女性だ。


 帰らない息子を待ち、息子と対して年の変わらない子供を苦しめることに耐えかねた二人の夫婦の決断は──殺される事だった。


 ただし最後に憎き赤髪への報復として、なにかの計画の一端を破壊すること、そして長尾組の全力の抵抗が些細な反撃になることを信じて。


「──恭助を殺したのは俺様だ! お前らの好きにさせてたまるかっ!」


 懐のルガーへ手を伸ばし、金色の銃口を向けようとした瞬間、正面のソファーに座っていた赤井が飛び上がり、允人が銃を抜ききるより先に赤井の二挺のガバメントが頭と腹に構えられた。


「大した反骨精神だ! 蛇の生殺しは人を噛む……だったか?」


 赤井は得意のことわざを諳じ、允人の持つルガーを弾いた。


「くっ! 俺様の妻をどうした! 赤髪ぃ!」


 食って掛かる允人に対し、赤井は距離を取りながらも銃口を向け続け左手のガバメントをヒップホルスターへ納める。


「あぁ? 聞いてねぇの? お前の奥さん殺したの、恭助だぞ」


 赤井が弾いたルガーを拾い上げる姿を見ながら、允人は赤井の言葉の意味を理解するのに精一杯だった。


「どういう意味だ……俺様が恭助を殺したんだぞ」


「いやいやなに言っちゃってんだよ! キョウなら生きてるつーか、お前の奥さん殺して死にかけた所をさっき生き返ったんだぞ?」


 赤井が拾い上げたルガーを平然と允人へ返す。


「なんで人間が死んだり生き返ったりしてるんだ!」


「むしろ俺が聞きてぇつーの!」


 ため息混じりにタバコの煙を吐き出すと、赤井はガバメント机に腰かける。


「まぁなんだ。キョウは人間じゃねぇし別に不思議じゃないんだけど……ってそんな事より!」


 赤井がタバコを吐き捨て、ブーツの靴底で火種を踏み潰す。


「キョウが明日ここの屋上でお前を殺す。お前は全力でそれに応えろよ……獅子は我が子を千尋の谷へ落とす」


 赤井がガバメントを仕舞うと「じゃあな」と部屋を出ようとしたところ、慌てて允人は渡されたルガーの銃口を向けて制止する。


「待て! 俺達の息子はどうなっている! 約束は!?」


「お前の息子? あぁ~たしか今は孤児院に居るんだったか……いや死んだか? 忘れたなハハッ!」


「クソヤロウがぁ!!!」


 ゲラゲラと笑う赤井に怒りを覚えた允人は迷い無く、引き金を引くと赤井の背後の証明が砕ける。


 外した訳ではない、赤井が真っ赤な髪を振りながら平気で避けたのだ。


「俺はクソ野郎かもしんねぇーけど、そもそもお前も死ぬんだから、息子が生きてようが死んでようが関係ねぇだろ……」


 吐き捨てるような言葉と共にため息を吐きながら、疲れた様子で部屋を出る赤井に対し、允人は追いかける事もなくその場で項垂れた。


 妻は殺され、実の息子の安否も分からない、かといって赤井を殺せるほどの技量は自分にない。


 地面に拳を突き立て、自分の不甲斐なさを呪うように独りごちる。


 赤井 龍一にとって本郷 允人はただの一コマに過ぎない。だから允人がどのような行動を取ろうとも、赤井は嘲笑いながら允人を苦しめるだろう。


 允人が姿を隠していたことも、戦争を笠に関西の羽籠を頼って七浜に武器を集め、赤井に対抗しようとした事も、恭助を殺そうとした事も、全てが水泡に帰した。


 允人に残された手立ては何もなく、ただ言われた通りに道化をこなすのみであった。


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