四十一話 【幕間】
『七浜グランドホテル』最上階の一室の前で談笑を交わしながら二人の女性が立っていた。
一人は筋肉質な肢体、綺麗に染められた黄金色の短髪は、日本のヤクザたちには異質に見えるだろう。
アメリカ人のアイリス・レイアーチは、周りの男たちを汚物でも見るような目で睨みながら、腰に携えた大型回転銃──トーラス・レイジングブルを撫でる。
もう一方はまだまだあどけなさが残る15歳の少女。
絹のように艶やかな緑髪は、動きやすさ重視のショートボブで、豊満な双丘で挟む防刃布で覆われた日本刀は姉譲りのモノだ。
一ノ瀬 雪子は周りの目など気にせず、窓の外に見える景色を堪能していた。
すると部屋の中から突然銃声が聴こえた。アイリスは頭を抱え、一ノ瀬は静かに防刃布のほどき目を解く。
ヤクザたちはしばらく固まっていたが、状況が理解できたのかスカーフェイスのヤクザを先頭に部屋へ飛び込んでいった。
「はぁ……アイツはなにやってんのよ」
アイリスがため息混じりにダウンジャケットの内側から、グロッグ17Cを引き抜き、慣れた手つきでカービンキットを組み上げる。
簡素なサプレッサーに、フォアグリップとマイクロドットサイトに折り畳み式ストックが付いた小型のカービンキットに拳銃を装着し、ロングマガジンを差し込むとボルトを引いて初弾を送る。
まるでMP7のような形状になったグロッグを構え、廊下に残る数人のヤクザへ銃口を向けた。
「妙な真似したら撃つわよ」
鋭い口調で威圧するが、相手は女二人と侮ったヤクザたちは銘々に日本刀や青龍刀、小太刀に拳銃を引き抜く──っとアイリスの脇を小さな影がすり抜けた。
「状況開始……」
フードを被った一ノ瀬の言葉に弾かれたよう、アイリスはトリガーへ指を掛ける。
そしてそれよりも早く一ノ瀬の袈裟斬りが、ヤクザの腕を斬り飛ばして開戦の狼煙を上げた。
アイリスの銃弾は敵の眼前で斬り合う一ノ瀬の援護に専念され、一ノ瀬はまるで背中に目でもあるかのように、アイリスの射線から外れるよう踊るように人を切る。
「抜けた……」
一ノ瀬の小さな呟きは、銃声と怒号のなかでもハッキリ聴こえるほど洗練された美声だ。
アイリスはすぐさま日本刀を持った男に照準を合わせ、胴体に三発の銃弾を撃ち込む。
一ノ瀬が一人、二人と首を斬り飛ばすが僅かな返り血を浴びる程度で傷一つ負わない。
そして二人の戦闘は始まって数分で終わった。
「大丈夫? 怪我はない?」
「…………うん」
アイリスの問いかけに、しばらく自分の体をペタペタ触った一ノ瀬は小さく頷く。
その声は普段のあどけなく朗らかな印象は一切無く、冷血な暗殺者のモノだ。
構えこそしていないが、警戒を緩める気配が無い一ノ瀬は怒号と銃声と悲鳴が飛び交う部屋を遠巻きに眺めている。
「こっちは数人しか残ってないからいいけど、キョウは何十人相手にしてるんでしょうね。手を貸した方がいいんじゃない?」
アイリスの問いに一ノ瀬は小さく頭を振る。
「どのみち……あの人数を相手に生きて帰れないです……」
あまりにも希薄な言葉にアイリスはため息を吐いた。
「いつか使い潰すつもりだったんでしょ?」
「……はい。利用できるところまで……No.=2にも、どのように利用するかは私に一任されていますから……」
「はぁ~ジュンの時みたいに使うって事よね。シヴェールとクリスティーナ、それにリヒャルドだって……雪子のそういうとこ反対してたの知ってるでしょ?」
「うぅ……でも、お仕事ですから……」
かつて死んでいった仲間の名前に、一ノ瀬は項垂れ『仕事』と言い聞かせて己を押し殺す。
かつての仲間の名を出したアイリスも、胸中では快く思っていなかった。
ここ最近の話は専ら、日向 恭一の話ばかりを聞かされていたからだ。
暗殺者として類い稀な気質を持つ天才──一ノ瀬にとって初めて出来た同年の友人。
それは普通を享受してきたアイリスには、かけがえの無い存在だと、痛いほどにその存在の大きさを理解しているからこそ、一ノ瀬の合理的な考え方を嫌っている。
「た、助けてくれぇ!」
アイリスが気を抜いていると、部屋から血相変えながら転げ出したヤクザたちの先頭が、一ノ瀬の一太刀で両足を斬る。
踊るように舞う一ノ瀬が男たちの腕を首を斬り落とし、アイリスが心臓を顳顬を撃ち抜く。
日向が動物的に戦うのに対して、一ノ瀬は機械的に処理していく姿に、味方であるアイリスは少しだけ恐怖を抱いた。
正確無比な殺人ロボットが動きを止めたのは、自分達の息以外に聴こえなくなった頃だ。
「ふぅ~状況しゅうりょ~♪」
間延びした朗らかかな笑顔を向ける一ノ瀬に、ため息混じりにアイリスが「OK」と答える。
「もうマガジンは空よ。これ以上の増援はかなり不味いわ」
「うぅ~そうだねぇ~日向くんの様子を見てから、すぐに撤収しよ!」
「お~!」っと一ノ瀬だけが拳を突き上げた動作の中で、死体の首に刀を突き立てる。
アイリスもそれに倣って弾の無くなったグロッグを分解して懐へ仕舞い、ヒップホルスターから大口のリボルバーを引き抜く。
大口のリボルバー──トーラス・レイジングブルに元から装填されていた.454カスール弾の325グレインのバッファローボアを取り出し、ダウンジャケットのポケットから同じ.454カスール弾の240グレイン弾丸を取り出す。
前者がフルメタルジャケットに対して後者はフランジブルである。
火薬量が減った弾を使い死体を撃つが、フランジブル弾でもまるでヒグマに抉られたように、肉が爆ぜ骨が飛び散った。
そうして二人が血の匂いが濃厚に漂う部屋へと入ると、死体の山の頂点で左胸に刺さった短刀に、爆ぜた片腕をあてがい項垂れる少年が一人。
「脈を計るまでもなく死んでるでしょうね」
アイリスの冷静な指摘に、一ノ瀬は小さく唇を噛んでいる。
利用するためと言っていた一ノ瀬だが、言葉とは裏腹に血塗れの少年──日向 恭一の胸に刺さった短刀を引き抜き、優しくその場へ寝かせた。
「睫毛反射なし……やっぱり死んじゃってるね」
一ノ瀬はまつ毛に触れていた手で優しく瞼を降ろすと膝の上に頭を置いて、アイリスへと声をかけた。
「死体の回収はどうするの?」
「No.=2は……もし日向くんが死亡した場合、報告だけして死体を放置して欲しいって言ってたよ」
「そう……じゃあ本郷 恵の死体と所持品を回収したらさっさと撤収しましょ」
「うん……そだね……さようなら日向くん」
アイリスがエドゥアルドへ連絡をしている間。一ノ瀬は最後に切り落とされた耳の穴へ向けて、小さく別れを告げると立ち上がる。




