四十話
たった一発の誤射で、母親は死んだ。
俺の感覚が麻痺していたせいか、普通の人間にとってはそれが致命傷になることを忘れていた。
俺が母の瞼を落とすとヤクザ共が入ってくる。
ヤクザ共が何か喚いている中、俺は血塗れのベレッタM9を拾い上げ、トレンチコートの袖で血を拭う。
「親殺しは俺たちの世界じゃ、最も罪が重い……ましてや肉親ならな!」
怒鳴るスカーフェイスのヤクザを睨みながら、コッペンセイターの着いた銃口を向ける。
「黙れ…………」
青筋立った顔面に二発の弾丸を撃ち込むと、膝から崩れ落ちる。
銃の反動を受けただけで、刺された下っ腹から血が吹き出す。
そこからは一触即発の殺し合いだ。俺を刺した短刀を拾い、ゼロ距離射撃と致命傷を狙った短刀で斬り刺す。
昨日の刀傷が癒えていないにも関わらず、また背中を斬られ胸を裂かれ、全身に銃弾を浴びる。
俺が血だらけで奮闘する中、廊下から阿鼻叫喚の声が聞こえてくる。恐らく一ノ瀬たちが応戦しているのだろう。
最初に指の何本かが折れて、千切れているのに気がついた。目を撃たれて片目が見えない、背中を数回斬られた時なのか耳が無くなっている。
「殺す……殺す殺す殺す殺す! 殺す! コ゛ロ゛ス゛!!」
怒りに身を震わせ、唾液混じりの血を吐きながら叫んだ。
斬られたらイラつき斬り返す。撃たれたら憤慨し撃ち返す。
そんな事を何度も繰り返していくうち、目の前で男たちは伏していく。そんな屍の上を躍りながら、さらにヤクザ共を殺す。
潰された片目と、血が入って真っ赤に染まる視界には、まだ数人のヤクザが残っているが、こちらに飛びかかってこない。
チャンスと思い、ホールドオープンした銃のマガジンを抜こうと、親指でマガジンキャッチボタンを探すが手応えがない。見ると俺の親指が無くなっていた。
「チッ! ウザってぇんだよ!」
正面にいたヤクザへM9を投げつけ、弓なりに右腕を引き上腕、前腕に力を入れる奥歯を噛み締めるとブチブチと何かが千切れるような音がした。
──アンリミテッド──
何処からか聴こえてきた女の声を幻聴だと言い聞かせ、ヤクザの顔面目掛けて渾身の一撃を見舞う。
指のひしゃげた拳で、鼻を折り皮膚を破り骨を砕く音がする。
怒りを込めた拳とヤクザの顔面は無惨に爆ぜた。
「がぁぁあああ!!」
斬られ撃たれ刺された痛みが一気に駆け上がってくる。
右手の指はヤクザの顔面にめり込んだまま、右腕に残るのは真っ赤な骨に筋肉が絡み付いた「腕だった」ものだ。
「ぐぁぁ……お前らぁ全員殺すぅ!!」
尚もおさまらない怒りを向けられたヤクザ共は、小さな悲鳴を上げて数人、部屋を飛び出した。
残ったのは二人、一人は腰が抜けたのかその場にへたり込み、もう一人はガクガク震えながら刀を構えている……ように見える。
実は物音や声でおおよその位置を確認しているだけで、目に見えているのは大小の黒い影がチラついているのみ。
ほとんどが赤黒い海に呑まれて見えていない。
「ば、ばけもの……」
震えながら刀を構えるヤクザの呟きが聴こえ、瞬時に跳んだ。
「捕まえたぞ!!!」
激痛に耐えながら伸ばした左手が、ヤクザの顔面を捉えていたらしく、目玉を潰して指を押し込むと耳障りな絶叫が聞こえる。
悲鳴なんて何人目か数えることすら止めてしまった。
俺が痛みに耐えているのにコイツらと来たら、斬られて「痛い」撃たれて「助けて」だ。
このふてぶてしいヤクザもんは、他人を平気で傷つけるくせにいざ自分の死が近づくと生意気にも命を乞う。
「いでぇ、いでぇよぉ! 助けて……死にたくない」
ボーリングの玉のように二本の指で顔面を挟み込み、死体だらけの地面へ向けて叩きつけると、小さな水跳ね音に紛れて頭蓋骨が砕ける。
「どこだぁ! クソヤロウがぁ! 全員殺すっつっただろぉ!!」
腰が抜けたヤクザを探すが、自分の心臓の音と廊下から聞こえる銃声に掻き消されてまったく探せない。
周囲を窺っていると胸に激痛が走った。
「いっづぇぇぇえええ!!!」
左胸の痛みに耐えかねて声を上げると、正面数センチのところで小さな悲鳴が聞こえた。
「がぁぁあああ!!」
そこへ目掛けて左手を振り上げる。
──アンリミテッド──
また女の声が聞こえたと思ったら、何かが爆発するような音ともに左腕の感覚が消え失せた。
口から唾液が、鼻から鼻水がひっきりなしに溢れてくる。
顔を拭おうとしたが、体が言うことを聞かずドロドロで粘着質な水溜まりへ突っ伏した。
***
『あれ? さっき直したばっかりなのに、また死にかけてる』
聞き慣れた少年の声──相場 龍の声だ。
『キミの理解者、相場龍だよ。さて死にたがりのキミは、このままだと数秒後に死ぬ』
そうか。
『随分生に執着がないんだね。あーそういえば、今のキミは死をさほど重く捉えていなかった……失うものが無かったから、だったかな?』
それで死ぬ寸前の俺に何か用なのか? 時間を止められてても痛いんだ。
『それはすまない。さっきは頭を撃たれてて意識が無かったから、痛みは無かったんだよね』
さっきって……やっぱり昨日、アイツに撃たれたのは夢じゃなかったのか。
『昨日……になるのか。僕には数秒前の出来事だったけど、キミにとってはそうなんだ』
独り言のように呟く相場を無視して、思考を続けた。
それでこれはお前の異能ってやつなのか?
『ん? 話して無かったかな? 僕の異能は『時間操作』厳密には時間に関する全ての事象を操作できるんだけどね』
なんだよそれ、最強の能力じゃねぇか。
『最強……かな? あくまで他の能力者の中では強い方って程度だよ。まぁ僕の話はこれくらいにして、キミの話だ』
そう言われて意識とは無関係に体が起こされ、突然眼前に灰色の世界が映る。
『今は両目が見えた方が良さそうだから直しておくね』
礼を言った方がいいのか?
『いや大丈夫だよ。片目を直すだけで、今度は死ぬより痛い事になるんだから』
相場の砂嵐の掛かった顔には、表情とよばれるモノは無い。だがその言葉の端に喜悦を感じた。
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