三十五話
隠れていた涼子の肩を借りて、一ノ瀬の住むタワーマンションの下まで来た。
最近は入り浸る事が多くなったおかげで、一ノ瀬から合鍵の電子カードキーを借りている。
エントランスで血のついた指でタッチパネルに、上階の一ノ瀬の部屋の番号を打ち込み電子キーを翳すと、正面の防護ガラスのスライドドアが開き、4基あるうちの一基に乗り込む。
「傷いたむ?」
両肩に脇腹と下っ腹、この中でも特に左肩が痛い。
肩甲骨で斬撃を防ぎ、傷が腋窩動脈にまで達していないとは言え、出血は相当なものだ。
「ぐっ……なんだよ。心配してくれんのか?」
「は、はぁ!? なんで私がアンタの心配なんてするのよ!」
「ハハッ……そりゃそうだよな」
戦闘の熱が引いてきた今、気を抜けば倒れてしまいそうだ。
油汗がダラダラと額から流れるが、拭うために腕に力を入れれば激痛に苛まれる。
「恭助が死んだら、私を守る人がいないじゃん……」
「そんなこと無い……俺が死ねば誰かが役目を引き継ぐ……」
恐らく一ノ瀬あたりが……っと思ったが、一ノ瀬の本質は生粋の暗殺者だ。利用価値が無ければ見捨てる確率が高い。
エレベーターが目的の階層につき、夜景が美しいガラス張りの廊下を二人でゆっくりと進み、表札の無い部屋へ着くと電子キーを翳してロックを解除する。
これで一ノ瀬のスマホか何かに、俺が入った事が報告されるはずだ。
後はここで簡単な応急措置を施して再び戦闘に備える。あれだけノロノロとここまで来たんだ。
長尾組の連中に追跡されている可能性が、無くはない。
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約一時間後、俺は部屋にあった救急キットを使って、久世の見よう見まねで弾丸の摘出と化膿止め、止血を行う。
涼子の手伝いもあってかなり素早く終わり、涼子はソファーに座らせ、俺は部屋中の明かりを消して月明かりだけで銃のメンテナンスを行っていた。
「なぁ涼子はなんでクスリなんて手を出した……」
聞いたところで凡庸な返事しか得られそうに無いと知っていたが、沈黙に耐えられなかった。
「べつに普通だよ。家出した先で今の彼氏……ケイくんに会って勧められたから始めたら、嫌なことスッキリ忘れられるから今もずっと……って感じ──」
やはり大方の予想の域を出ない。未成年でクスリの味を知る入口は大抵、大人に漬け込まれることだ。
「──逆になんで人殺しなんて……」
純粋に疑問に思ったのだろう。俺の表情を窺いながら慎重に言葉を選んだようだ。
「そんなに怖がるなって……言ったところで無理な話しか」
銃身にシリコンスプレーふって銃口のススを取り除くと、組み立て直して動作を確認する。
「やっぱりお父さんが関係してるとか? ヤクザだからとか?」
言葉を選んだようだがかなり、どストレートに聞いてくるもんだ。
「強いて言うなら前者だ。さっき言った通り、俺は自分の身の安全の変わりに殺し屋になった」
予備のマガジンに入れ換えて、誰が置いていったのか──恐らく佐野が酔って忘れた──柔らかい合成皮でできたショルダーホルスターを装着する。
「嫌にならないの?」
「なんだそれ。好きも嫌いも無いだろ。俺たちは他人を殺さないと生きていけないんだよ」
「俺たち?」
涼子の言葉を制して玄関口で聞こえた電子ロックの解除音に警戒する。
十中八九、一ノ瀬が帰って来たんだろうが油断は出来ない。
「涼子は奥の部屋に隠れてろ……」
小声で耳打ちすると涼子は驚くほど素直に頷き、静かに寝室へと隠れていった。
自動拳銃のセーフティを上げてトリガーに指を掛けると、曇りガラスの扉の脇へ走る。
壁にピッタリと引っ付き耳を澄ませるが、全く物音がしない。
気のせいかと浅い息を吐いた瞬間──
「ドーン!」
間延びした声と共に扉が勢いよく開かれ、慌てて銃口を向けるが細く白い指が、銃のスライドに触れて軽く引かれる。
ハンマーがハーフコックへ入ったことで、トリガーのセーフティが掛かり弾が発射されない──っと理解したところで軽々とフローリングに背中から叩きつけられた。
「いってぇ!!」
叩きつけられた衝撃で傷口が開いた。
「ご、ごめんなさい!!」
慌てて駆け寄ってきたのは一ノ瀬だ。
前に見た事がある青い薔薇の刺繍が入った白いロングコートを着てい、防刃布に包まれた日本刀が脇に置かれた。
「あぁ一ノ瀬が帰って来たと思ってたから、大丈夫だ」
そう言いつつも包帯に滲んだ血は隠せない、一ノ瀬がわざとらしく唇を尖らせながら俺の左肩をつつく。
「むぅ~また怪我してるし……なにがあったの?」
「見ての通り襲われた。全員殺したはずだが、追っ手はいなかったか?」
「う~ん、怪しい人は居なかったよ!」
「そうか」とだけ言うと一ノ瀬の肩を借りて立ち上がると、部屋に隠れていたはずの涼子が、驚いた様子で扉の隙間からこちらを窺っていた。




