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ある日、俺は殺し屋になった。  作者: タスク
第一章
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三十二話

 SMルームに入って数分。


 涼子は浅くベッドに腰掛け、警戒した様子で部屋の中に視線を巡らせ、チャラチャラとわざとらしく音を立てながら拘束具を確認していた俺と目が合った。


「それで、カメラでも回すつもり?」


 もはや侮蔑や嫌悪感を隠そうともしていない。


「そんな事はしない。それよりも聞かせてくれ──」


 学生鞄から取り出した小型自動拳銃──ベレッタPx4『ストーム』──のマニュアルセーフティを上げて、スライドを引くと僅かにバレルが下がり初弾がエジェクションポートに納まった。


「──お前と長尾組の関係……中島ケイタとかいう男の事を」


 銃口を向けられた涼子が瞠目し、ベッドから立ち上がろとするところを足元を一発撃つ。


「きゃあ!」


「座ってろ……」


 最近はリボルバーばかりだったせいか、マズルジャンプの反動で狙った箇所より少し逸れてしまった。


 涼子が震えながらベッドへ戻ると同時に、未だ白煙がくゆる銃口を向けながらゆっくりと近づく。


 ドン!


 突然扉を叩く強烈な音が室内に響き、反射的に身を低くしてブレザーのポケットから折り畳み式のフォールディングナイフを取り出し左手に構える。


 当然CQCの訓練なんて受けてないが、簡単な格闘術やマーシャルアーツはかじり始めていた為の構えだ。


 ドン!!


 今度はより一層音が大きく、扉の蝶番が弾けた音がした。


 遮蔽物が少ないため、今扉を破ろうとしている者が敵だった場合、こちらは非常に不利だ。


 辺りを見回し、壁に接したソファーを引きずり出すとかなり心許ないが簡単な遮蔽を作る。


 ドン!!!


 最後の蝶番を留めていたネジが弾け飛び、ドタドタと中に入ってきたの三人の男。


 見るからに若く、スーツ姿の者もいればカジュアルな格好をした者、それにジャージ姿の男たちだ。


「涼子ちゃん! 変態男に乱暴されたんだって!?」


 いやに芝居臭いスーツの男が、慌てた様子で涼子を抱える。


「ま、待ってください。アイツ拳銃を……」


 涼子が震えた声で、遮蔽物に身を隠す俺を指して手の内をバラす。


 美人局を警戒したが、実際にするつもりだったとは恐れ入った。たしかに金が無くて身売りした金でクスリを買うより。


 脅して奪えばタダで手に入る。何より涼子と出会って二度も「サイテー」と言われているんだ、心証が良いはずがない。


「オモチャのハジキだろ? 最近はカタギでも買えるし……」


 こっちを改造拳銃だと思ってくれているのはありがたいが、連中が何者か分からないのが痛い。


 確率として長尾組か、良くて半グレなんだが。大きなミスを犯した。


 一ノ瀬と俺とで情報の擦り合わせをしていないせいで、連中の誰か、特に今涼子を介抱しているスーツの男が中島ケイタかもしれないという疑念が沸く。


 そうした場合、捕える事が先決だが、俺には捕縛に関する知恵も経験もない。


 ならば取るべき行動は、また同じだ。


 スーツの男が心配している風を装い、涼子を介抱しながら部屋を出ていこうとした──その時、俺はソファーから飛び出して真正面のジャージの男に刃を向ける。


「うっ!」


 鉄パイプを持ったジャージの男が、突然の出来事に動揺したその隙に至近距離まで詰めると、脇腹に左のニーキックを見舞う。


 ジャージの男の体はくの字に折れ、俺は続けて男の喉を薄く切り付けた。


「ひぃうっ!!」


 予想以上にドバドバと喉から溢れる血に混乱した男は、鉄パイプを振るうが、少し格闘技をかじった程度の俺でも簡単に避けられるほど弱々しい。


 次にカジュアルな男が消防用の斧を構え、ベッドに足を掛けて乱入を図ろうとする姿が見え、右手に構えた拳銃(ストーム)の銃口をカジュアルな男の肩口を狙い発射した。


「うぉ!」


「チッ、外したか」


 恨み言を口にするが、乱入を阻止できた。


 正面のジャージの男が空いた手で喉を押さえているため、がら空きの太腿へ右のローキックを一発、二発目を加えたところで、男が振り払うように鉄パイプで応戦するが、上体を逸らすだけでそれを避ける。


 上体の戻り際にフォールディングナイフの持ち手を、人差し指を起点に半回転して逆手に持ち直すと、体勢の崩れかけた男の右手の甲をナイフの柄で殴った。


 カラカラと乾いた音を立てて鉄パイプが床に落ち、ジャージの男の涙が滲んだ右目にナイフを突き立てる。


「ギャァァアア!!!」


 男の絶叫が室内にこだまする。


 スーツの男が振り返り、カジュアルな男が後退った。


 廊下からは涼子の悲鳴が聞こえ、ようやく正確に狙いを定められるようになった機を逃さず、左手を添えて拳銃(ストーム)をカジュアルな格好の男へ向け、斧を持つ右肩を撃ち抜く。


 ベッドを挟んで数メートル、マトモにリアサイトを覗く時間も無かったが、肩に命中した次は足を狙いもう一発。


「ひぃ! た、助けてくれ!」


 スーツの男が脱兎の如く逃げ出そうとし、すぐさま狙いをつけて一発撃ったが、流石に走る的に当てることは叶わず、俺も慌てて廊下へ躍り出た。


 腰が抜けたのか、スカートの裾を濡らす涼子と走っていくスーツの男を見比べ、どちらが上質な情報をもたらすか思案していると、スーツの男の背中は小さくなっていく。


「クソッ!!」


 自分の判断能力のなさ、身体能力、そして今さら思い出された己の異能。


 様々な失敗が頭を過り、溢れた言葉に息を吐き、額に流れた汗を拭う。


 手の平には真っ赤な血がべっとりとついており、思わず何処かを怪我したのかと身体を見る。


 そしてその血の正体が、返り血であることに気がつくと自然と笑いが込み上げてきた。


「ハハッ……正気じゃないな。」


 眼下で踞る涼子の襟首を掴み、壊れた扉を跨ぎながら室内へ無理やり戻すと、嗚咽を漏らしながら顔を覆っている。


「おい……──」


 俺が一声掛けるだけで肩をビクリと震わせた。


「──涼子、お前の彼氏とやらはこの二人なのか?」


 顔を覆う手を退かすと、アイラインが涙で落ち、黒い線が頬に一筋の線を描いている顔に少し気圧された。


 まずは左目にナイフが刺さるジャージの男を指して問うが、涼子は小さく首を横に振る。


「そうか……違うなら生かしておく理由がないな」


「えっ……ま──」


 涼子とジャージの男がなにか言い掛けた瞬間、9mmの弾丸が男の頭蓋骨を穿ち、もう一発を心臓へ撃ち込む。


 涼子の悲鳴が耳を劈く。


 頭を撃って胸にも一発撃つのは、今朝一ノ瀬が見せたモノで、理由としては確実な死の為だ。


「次は……」


 カジュアルな男の持っていた消防用の斧を拾い上げる。


「ま、待ってくれ! 俺はヤクザの仲間じゃない! 金で雇われただけだ!」


「そうか……なら、生かす価値がないな」


 油汗を撒き散らしながら頭を振るカジュアルな男、その喉元へ斧の切っ先を当て、狙いを定めると大きく振りかぶる。


 両腕に目一杯力を込めて、何かを必死に訴える男の太い首を根元から切り飛ばした。


 壁を床をベッドを、悲鳴を上げて崩れる涼子に真っ赤な血潮の雨が降り、鉄錆びに似た強烈な匂いが充満する。

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